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研究最前線 2024年1月9日

アトピー性皮膚炎の個別化医療を目指す

症状が千差万別で、個人差が大きいアトピー性皮膚炎。これまでひとくくりにされてきたこの疾患ですが、遺伝子の発現パターンを調べた結果、症状によって分子レベルで違いがあることが明らかになりました。体質や症状に合わせた効果的な治療の実現に向け、6年をかけて得た成果です。

古関 明彦チームリーダーと関田 愛子研究員の写真

生命医科学研究センター 免疫器官形成研究チーム
(左)古関 明彦(コセキ・ハルヒコ)チームリーダー
(右)関田 愛子(セキタ・アイコ)研究員

治療を難しくする多様な症状

アトピー性皮膚炎は、主にかゆみや赤みを伴う湿疹が生じる皮膚疾患で、皮膚機能や免疫システムの異常によって引き起こされる。人によって発症や症状悪化の原因が異なり、さらに遺伝的な特徴や生活習慣など、さまざまな要因が複雑に絡み合っていることも分かってきた。近年では病態に関わる特定の物質だけに作用する分子標的薬の開発が進み、治療の効果が期待されている。

「アトピー性皮膚炎の難しさは、同じ治療をしても効果の現れ方が患者ごとに異なることです」と関田 愛子 研究員。それは、症状や要因があまりにも多様なため、どの患者にどのような治療が効果的なのかを見極めるのが難しいことに起因する。個別化医療を進めるには、まず疾患のタイプを分類することが必要なのだ。

「アトピー性皮膚炎の症状は皮膚の病気とされるものの、皮膚に起きている変化だけで病態を説明することはできません。人の体内では多様な臓器が互いにコミュニケーションをとっており、そうした臓器間相互作用が存在する中でアトピー性皮膚炎のような多因子疾患あるいは慢性疾患の病態がつくられます」と関田 研究員。「そこで、臓器間ネットワークのハブとしての役割を持つ血液の遺伝子発現と皮膚組織の遺伝子発現を同時に調べることにしたのです」

症状で異なる遺伝子発現

関田 研究員らはアトピー性皮膚炎の特徴的な皮膚症状である、炎症が起こって皮膚が赤く見える「紅斑(こうはん)」と小さなぶつぶつができて皮膚が盛り上がった「丘疹(きゅうしん)」に着目。患者115人と健常者14人の皮膚組織と血液について、遺伝子発現を調べた。その結果、二つの症状においてそれぞれ違う細胞群の遺伝子発現が関連していること、それによりそれぞれ異なる分子経路が働いていることが示された(図1)。

「また、30人の患者さんの皮膚や血液のサンプルを1年にわたって定期的に解析したところ、異なる遺伝子発現の変動パターンを持つグループに分類されました。この分類が、病勢の変動パターン(重症・ぶり返し・軽症)や免疫抑制剤の服用などの治療歴を反映していることも示されました」

皮膚症状で異なる遺伝子発現パターンの図

図1 皮膚症状で異なる遺伝子発現パターン

遺伝子発現と臨床検査の結果から推定されたネットワーク解析の結果。紅斑と丘疹では異なる遺伝子群の発現が関与していた。

さらに幅広いデータで個別化医療の実現を

このように2種類の皮膚症状は分子レベルで違っていることが明らかになった。「複雑な病態の解明に向けて、一歩を踏み出すことができました。個別化医療の実現にはより幅広いデータを解析することが必要ですが、少しでも前に進むことができてうれしいです」

当初はデータ解析の初心者だったという関田 研究員。予期せぬ皮膚検体特有の効果に出くわすなど苦労も多かったが、「複雑なデータを扱ったことが良い経験になりました。多くの方の支えがあったおかげで臨床とデータサイエンスを連携させ新しい知見を得ることができました」と振り返る。根気のいる解析にずっと伴走してきた古関 明彦 チームリーダーも「モデル動物のデータに比べ、ヒトのデータは非常に複雑。遺伝子レベルのデータだけではなく医療現場からの臨床データなども合わせて検討するため、それらの関係性をつかむのは容易ではありません。長い道のりですがより良い治療の実現に向けて研究の成果を積み重ねていきたい」と今後の抱負を語った。

(取材・構成:佐藤 成美/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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