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研究最前線 2024年5月13日

肝がんの再発予防を実現するバイオマーカーの発見

肝がん(肝臓がん)は再発率の高いがんです。再発予防の候補薬としてビタミンAの類縁化合物である「非環式レチノイド」が期待されていますが、患者によってその効果が大きく異なるなどの課題があり、まだ実用化されていません。秦 咸陽 上級研究員はこの有効性を患者ごとに予測できるバイオマーカーを発見しました。予防薬の実現とともに、個人に合わせた最適な医療を提供する個別化医療の実現に繋がる研究成果です。

秦 咸陽の写真

秦 咸陽(シン・カンヨウ/Qin Xian-Yang)

生命医科学研究センター 細胞機能変換技術研究チーム
上級研究員

再発率の高い肝がんをターゲットに

肝がんは、世界的に見ると患者数、死亡者数とも増えているがんである。日本では患者数はやや減少傾向にあるものの、年間2万人以上が肝がんにより死亡している。再発率が高いのが特徴で、早期に発見して治療をしても、5年後には患者の7割以上が再発すると報告されている。発症した時点で肝臓組織にはがんの元となるがん幹細胞が存在しており、がんを切除しても、こうした幹細胞から再発すると考えられている。そのため、肝がんでは治療後の再発予防が重要だ。

薬などの影響の受け方や病気のかかりやすさは人によって違う。このことに興味を持っていた秦 上級研究員は、2007年から環境化学物質のヒトへの影響について日本で研究を始め、理研の大学院生リサーチ・アソシエイトとなった2012年からはそれを発展させた形でがんの個別化医療の関する研究に取り組んでいる。個別化医療とは、個人の体質や疾患のタイプに合わせた治療法のことだ。

栄養補助剤から見いだされた予防薬の可能性

肝臓にはビタミンA(レチノール)を貯蔵する役割があり、慢性肝疾患の病態進行に伴ってビタミンA不足に陥ることで肝発がんの温床となる。他臓器のがんでも、血中ビタミンA濃度が高いほど罹患率が低いことや、ビタミンA欠乏でがんが発生しやすくなることが古くから知られており、その投与(補充)により発がんを抑制しようとする試みが行われてきた。そこで、ビタミンAの類縁化合物である「非環式レチノイド」を開発し、肝がん治療後の患者に投与したところ、2年目以降の肝がんの再発が抑制されることが明らかになった。「一般的な創薬研究と違って、先に臨床現場の効果が示されたため、基礎研究としての知見がありませんでした。そこで、この非環式レチノイドがどのように作用しているかを調べることにしたのです」

非環式レチノイドは異常細胞の増殖シグナルを抑制することなどが知られていた。だが、その作用にどんな分子が関わるのかは分かっていなかった。そこで2018年、ゲノム情報を基に標的となる生体分子を網羅的に解析した結果、見つかったのがMYCN(ミックエヌ)というがん遺伝子だ。肝がん腫瘍組織の中ではMYCN遺伝子の発現が高いことや、MYCN遺伝子の発現が高いほど再発率が高いことが分かった。さらに、非環式レチノイドは正常な肝細胞には影響を与えることなく、MYCNを発現する肝がん細胞と肝がん幹細胞だけを選択的に死滅させることも明らかになった。

非環式レチノイドの作用を解明したことで、正式な肝がんへの治療薬として治験が進んだものの、大きな壁が立ちはだかった。「この薬は、実用化に向けて大規模な最終段階の試験がすでに2回も行われています。しかし、まだ承認には至っていません。その理由は、"ノンレスポンダー"の存在です」。薬を同じように投与しても、効果のある人(レスポンダー)と効果のない人(ノンレスポンダー)がいる。投与前にその効果を予測できる指標(バイオマーカー)が必要だ。

予後が予測できるバイオマーカーを

秦 上級研究員は血液中のMYCNタンパク質の量に着目した。「肝がん細胞では、MYCN遺伝子からつくられるMYCNタンパク質を検出できること、またMYCN遺伝子の発現が高いとMYCNタンパク質の量も増えることが分かりました。そこで血液中のMYCNタンパク質の量が非環式レチノイドの効果を評価するバイオマーカーとして使えると考えました」。血液中のMYCNタンパク質の定量法を確立して調べたところ、肝がん患者はMYCNタンパク質の濃度が健常者に比べて高いこと、肝がん腫瘍を外科的に切除すると血液中のMYCNタンパク質の濃度が減少することが分かった。さらに、非環式レチノイドの第Ⅲ相臨床試験に参加した患者の血清検体を用いて、血中MYCNタンパク質の倍率変化(1.3倍上下の発現変動)と非環式レチノイドを投与後の肝がん再発を調べた。その結果、非環式レチノイドを投与後に血中MYCNタンパク質の量が増加しない患者は、非環式レチノイドのレスポンダーであることが示唆された(図1)。

血中MYCNタンパク質量倍率変化と非環式レチノイドの治療効果との関連の図

図1 血中MYCNタンパク質量倍率変化と非環式レチノイドの治療効果との関連

  • (左)プラセボ投与前と4週間後の血中MYCNタンパク質量の倍率変化が1.3以上(8症例、赤)と1.3以下(27症例、青)の患者の間に、投与後肝がん再発には有意な差がなかった。
  • (右)非環式レチノイド投与前と4週間投与後の血中MYCNタンパク質量の倍率変化が1.3以上(6症例、赤)の患者の再発率は、倍率変化が1.3以下(27症例、青)の患者より有意に高かった。

次に、共同研究者の協力により肝がん患者などから多くの検体を集め、血液中のMYCNタンパク質の量を測定し、解析した。「すでに一般的に使われている肝がん腫瘍マーカーのAFP(アルファ・フェト・プロテイン)量も測定してMYCNタンパク質の量と比較しました。すると、肝がん再発リスクとの興味深い関係が見えてきたのです」

AFPは肝がんになると血液中に増加するため、肝がんを見つけるためのスクリーニング検査に用いられている。血液中のAFP量を調べたところ、治療後4年以上経った患者では再発との関連性は見られなかった。ところが、血液中のMYCNタンパク質の量が多い患者は長期にわたって再発率が高いままだった。MYCNタンパク質の量と肝予備能の低下や線維化(肝臓が硬くなること)との関連も示され、MYCNタンパク質そのものががん治療後の長期再発リスク因子であると考えられた(図2)。

血中MYCNタンパク質の量と肝がん再発との関連の図

図2 血中MYCNタンパク質の量と肝がん再発との関連

血中 AFP量は腫瘍ステージの進行とともに増加したが、血中濃度と治療後4年以上の長期再発リスクの間に関連は見られなかった。術後、血中 MYCNタンパク質量が多い患者の長期肝がん再発リスクは、血中 MYCN タンパク質量が少ない患者に比べて高かった。「肝予備能」も低かった。肝予備能は肝臓の機能がどのくらい保たれているかを表し、治療法を決める上で重要な指標となる。

肝がん再発予防薬の実現を目指す

こうして、血中MYCNタンパク質の量は非環式レチノイドの有効性を予測するバイオマーカーになることが示された。血中MYCNタンパク質の量を測定すれば、非環式レチノイドが有効かどうかを識別でき、効果のない人は別の治療法にするなど、患者にとって最適な治療法の選択が可能になる。

「MYCNタンパク質をバイオマーカーとして確立させ、非環式レチノイドの実用化に繋げたい。レチノイドには、肝がんだけでなく、ほかの悪性腫瘍や神経疾患などへの効果が示唆され、いろいろな可能性のある分子です。研究を発展させ、さまざまな機能も明らかにしたい」と秦 上級研究員は締めくくった。

(取材・構成:佐藤 成美/撮影:古末 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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