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私の科学道 2024年6月3日

「レーザーの無限の可能性」に導かれて

人工的につくり出され、単一波長で直進する光「レーザー」。微細加工や通信、顕微鏡観察などその応用範囲は広く、最近でも2018年、2023年には関連の発明がノーベル物理学賞を受賞するなど重要な科学技術の一つです。光量子工学研究センターの緑川 克美 センター長は、競争の激しいこの分野で、世界最高出力の「アト秒パルスレーザー」を開発するなど、大きな成果を上げてきました。

緑川 克美の写真

緑川 克美(ミドリカワ・カツミ)

光量子工学研究センター センター長

レーザーとの出会い

40年ほど前、大学院生だった私は、次世代のエネルギーとされていた核融合を起こす手段としてレーザーの研究を始めました。卒業後はレーザー技術を生かして理研のウラン濃縮プロジェクトに参加し、プロジェクトの目標達成を機に「X線レーザーをつくりたい」と申し出て、以来、この思いを貫いてきました。

発見に次ぐ発見で不可能が可能に

1980年代初め、レーザー界は「次はX線だ」という機運に沸いていました。しかし、強力な励起が必要なX線レーザーを発生させるには巨大な励起用レーザーが必要で、当時の理研ではつくれませんでした。どうするか考えていたころ、レーザー強度を飛躍的に上げる「チャープパルス増幅」(2018年ノーベル物理学賞)という画期的な方法が発明され、卓上サイズの装置でも可能性があると思いつきました。

ところが、いざ装置の開発を始めると、X線のミラーがないため位相(波の山や谷の位置)を揃えて増幅できないことが問題になりました。その頃、これも後にノーベル物理学賞(2023年)をとる「高次高調波」という現象が発見され、出力は微弱ながら位相の整った状態で波長を短くできることが分かったのです。この現象を利用して、2002年、X線波長領域で高出力の「アト秒パルスレーザー」の開発に成功しました。開発した手法は、今では高出力の高次高調波を発生させる国際標準になっています。

ノーベル賞級の研究成果に裏付けられた装置開発でしたが、実際につくるのは大変でした。強度が出ずに悩んでいた時のことですが、レーザー光を閉じ込めるための中空ファイバーをたまたま外してしまったら、なんとその問題が解決されたという幸運もありました。

アト秒レーザーが世界を変えた

やりたかったことの一つが、「アト秒パルスの時間幅の計測」でした。高次高調波が櫛の歯状のスペクトルになっているのを見れば、そこではアト秒領域の時間幅のパルスが列をなしていることが容易に想像できます。しかし、可視域とは違って光学素子がほとんどないX線領域でのパルス幅の計測は容易にはできません。

世界中の研究者がこの問題に挑む中、私たちはアト秒パルスレーザーのパルスを2分割して双子パルスをつくり、それらを干渉させる装置を開発しパルスの時間幅を計測しました。2005年、世界で初めてアト秒パルス同士でのアト秒時間計測に成功したのです。アトとは100京分の1(10-18)のことで、電子の動きが測れる短さです。全く違った時間軸でモノを観察できるようになり、「アト秒科学」という分野が誕生しました。

私の研究の集大成とも言えるこれらの成果に、若手たちの活躍が続いていくのが楽しみです。とはいえ、私自身もレーザーへの興味は尽きません。かつてノーベル賞を受賞した著名な研究者の「レーザーに限界はない」という言葉に、ますます共感を覚えています。

(取材・構成:池田 亜希子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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