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研究最前線 2024年6月11日

分化の視点から植物代謝の謎に迫る

暖かくなると、公園や街角の花壇などで見かけるニチニチソウ。そんな身近な植物の葉から抽出される成分(化合物)が、抗がん剤として使われています。この化合物はとても複雑な構造をしているため、いまだに人工的に合成することはできません。植物はいったいどのようにしてつくり出しているのでしょうか。鵜崎 真妃 基礎科学特別研究員は「代謝的分化」という視点で、その謎に迫ります。

鵜崎 真妃の写真

鵜崎 真妃(ウザキ・マイ)

環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム 基礎科学特別研究員

ニチニチソウの代謝の"場"に注目

代謝とは生体内で行われる化学反応のこと。全ての生物の体内で、生存や成長に必要なさまざまな物質が、代謝によって絶え間なくつくられている。代謝の仕組みは非常に緻密で、つくられる代謝物の構造も複雑なものが多い。そのため、化学合成技術が発達した今日でも、人工的につくることができない代謝物が数多くある。「人間にはつくることができないものを、生物はどうやってつくっているんだろう?」と高校時代から興味を持っていた鵜崎 基礎科学特別研究員は、大学で植物の研究室に入った。

研究対象として選んだのはニチニチソウだ。ニチニチソウがつくるアルカロイドという種類の代謝物は、抗がん剤などに広く使われている。ニチニチソウのアルカロイドは非常に複雑な構造をしているため、いまだに実用に至るほどの人工合成技術は開発されておらず、ニチニチソウからの抽出に頼っている。「ニチニチソウがアルカロイドをつくる代謝の経路、つまり化学反応の研究は盛んに行われていますが、代謝の場となっている細胞の環境に着目した研究はほとんど行われていません。私は、細胞に何が起こって代謝が行われるようになるのか、それを明らかにしたいと思っています」

世界で自分しか知らないものを発見!

以前から、ニチニチソウのアルカロイドは葉でつくられることが知られている。ニチニチソウの葉におけるアルカロイドの合成経路は複雑で、複数の異なる細胞を横断しながら、いくつもの化学反応を経て、最終的に「乳管細胞」や「異形細胞」と呼ばれる細胞内に蓄積される。つまり、アルカロイドの合成は細胞ごとに"分業"して行われているのだ。

鵜崎 基礎科学特別研究員は2018年、ニチニチソウの種子胚にも乳管細胞が存在し、そこにアルカロイドが蓄積されていることを発見した(図1)。「ニチニチソウに蓄積するアルカロイドの一つは蛍光物質であるため、紫外線を当てると青く光ります。顕微鏡で、光っている乳管細胞を見つけたときは、本当にきれいで感動しました。これは今、世界で私しか知らないんだ!とワクワクしました」と振り返る。

発芽後のニチニチソウ種子から取り出した胚の図

図1 発芽後のニチニチソウ種子から取り出した胚

胚に紫外線を照射して蛍光顕微鏡で観察した様子。乳管細胞が光って見える(矢印で示した辺りの筋状の部分)。

発芽直後にアルカロイドがつくられる不思議

成長した植物の葉でつくられると考えられていたアルカロイドが、発芽直後の種子胚でもつくられる。この事実は、これまでの代謝の捉え方を覆すものだった。呼吸や光合成など成長や生存に必須の"一次代謝"に対し、毒性や生理活性など生存に必ずしも直結しない特性のあるアルカロイド等の生合成は、植物が成熟してから機能する"二次代謝"とされてきたからだ。

生物の身体は、一つの細胞が分裂を繰り返し、数を増やすとともに、それぞれの細胞が特定の形態や機能を持つように分化することで形づくられる。細胞の形態的な分化は、モデル植物のシロイヌナズナなどでよく研究されているが、代謝的な分化、つまり代謝を行うために必要な機能を細胞がどう獲得するのかはこれまであまり注目されてこなかった。「代謝に必要な機能や代謝の場がいつ整うのか、そして、それは何によって制御されているのかをすごく知りたいと思いました」。そこで、このような「代謝的分化」の過程や仕組みの解明に取り組むことにした。

前例のない研究、サンプルの準備から苦戦

代謝的分化が始まるタイミングを知るために、ニチニチソウの種子を用いて発芽過程の変化を追うことにした。しかし、サンプルを用意するところから壁にぶつかった。「数十の種子を一斉に発芽させて、発芽12時間後、24時間後の種子胚を取り出し、発芽過程のアルカロイドの生合成の様子を調べようとしました。しかし、ニチニチソウの種子発芽過程を詳細に追った研究は誰もしていなかったので、発芽のタイミングをそろえる方法すら分かっていません。効率を上げようと試行錯誤したものの、結局1回に240粒くらいまいた種子を2時間ごとに確認し、発芽しかけたものを別のプレートに取り分け、発芽がそろった種子を集めるという方法に落ち着きました。体力勝負ですね」

シャーレにまいたニチニチソウの種子の図

図2 シャーレにまいたニチニチソウの種子

種子をまいた後、2時間ごとに確認し、発芽の兆しを見せた種子のみを別のプレートに移すことで発芽をそろえた。

また、植物体でのアルカロイドの生合成の開始過程を調べるには、種子から胚を取り出す必要がある。顕微鏡をのぞきながら、種皮をむいて胚を取り出す。「最初は1粒3~5分くらいかかっていましたが、今では1粒30秒くらいできれいな胚を取り出せるようになりました。最初に取り出した胚と最後に取り出した胚で時間が空いてしまうと、サンプルにばらつきができてしまうので、スピードが重要です」

こうしてようやくサンプルの準備が整い、発芽過程の種子胚を調べることができた。その結果、発芽後、アルカロイドの生合成は段階的に活発になることが明らかになった(図3)。

ニチニチソウの種子の発芽過程におけるアルカロイド生合成の図

図3 ニチニチソウの種子の発芽過程におけるアルカロイド生合成

遺伝子の発現パターンから、発芽後12~24時間目からと発芽後36時間目からで、段階的にアルカロイドの生合成が活発になることが分かった。

「正直なところ、今回の論文は研究のデータをまとめただけで、代謝的分化に何が必要かということまでは分かっていません。細胞にいつ何が起こって、細胞種特異的な代謝が行われるようになるのかを今後明らかにし、さらには代謝的分化の普遍的な原理に迫りたいと考えています」。こうしたことが明らかになれば、まだ実用化に至っていないアルカロイドの高効率な人工生産技術の開発へ有益な知見になるだろう。始まったばかりのこの研究がどう花開いていくか楽しみだ。

(取材・構成:秦 千里/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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