1997年に、制御分解能10nm(ナノメートル、1nmは100万分の1mm)の4軸超精密加工装置と共に神奈川科学技術アカデミー(現・神奈川県立産業技術総合研究所)から理研に移ってきた山形 豊 チームリーダー。以来四半世紀、超精密加工技術を核に、集光ミラーや非球面レンズなど精緻な光学素子を開発し、中性子線やX線による計測や観測・観察の限界を打ち破ってきました。
縦・横・回転プラス上下の4軸同時制御で難題に応える
「超精密加工装置の発端は、1980年代に米国の国立研究所が高精度の加工装置をつくったのが始まりです」。80年代半ばには米国の工作機械メーカーが手がけるようになり、90年ごろには日本国内でも挑戦するメーカーが出てきた。「そのうちの一社に95年に特注した装置が、私と一緒に理研に来た"相棒"で、30年経った今もまだ現役です。当時の超精密加工装置は、一定速度で回転する旋盤主軸と平面上の縦軸・横軸で、2軸制御しかできなかったのですが、上下に動く軸と回転軸の位置制御も付けるように頼んだ特注品です。超精密4軸同時制御はかなり難しく、米国にもなかった。この装置が世界初なんです」
一方、理研では、大型放射光施設「SPring-8」でX線のビームが生成されるようになり、X線の集光ミラーをつくるプロジェクトが始まろうとしていた。これには超精密加工技術が必須だ。球面形状のレンズやミラーには球面収差と呼ばれる効果により焦点のぼやけが生じる。光を一点に集めるには非球面という対称軸が一つしかない曲面をつくらねばならず、超精密加工技術で削ることが必要になる。その担い手として山形 チームリーダーに声がかかったのだ。「長さ1mの集光ミラーの製作を要求されました。かなり難しい課題でしたが、当時としては画期的な10nmの制御分解能で1m以上のミラーを削れる大型の超精密加工装置をつくりました」
集光ミラーを金属でつくる理由
精度には形の「形状精度」と表面の滑らかさを示す「表面粗さ」があり、両方の精度を確かめる計測装置が重要になってくる。「2013年、理研に光量子工学研究領域(2018年に光量子工学研究センターへ改組)ができたのを機に、必要な加工装置や測定機器を順次そろえました」。これらを駆使した成果の一つが、中性子ビームの集光ミラーの開発だ。形状精度が数百nm、表面粗さは0.1nmで、大強度陽子加速器施設「J-PARC」をはじめ海外の大学や研究機関などでも使われている。
「私たちのミラーの特徴は、素材が金属だということです」。通常は非結晶(アモルファス)のガラスや単結晶のシリコンを使う。研磨すると非常に平滑な面が得られるからだ。一方、金属材料は多結晶で個々の結晶の方向によって硬さが違い、磨いても凹凸ができやすい。だが、金属には切削が容易で自由な形を迅速につくれるという利点もある。このメリットを生かすため、山形 チームリーダーが考えたのは、ジュラルミン(アルミニウム合金の一種)などで形をつくった構造体の表面に、特殊なアモルファスのニッケルリンのメッキを施すことだった。
メッキ処理による100μm(マイクロメートル、1μmは1000分の1mm)の厚さの金属被膜を、単結晶ダイヤモンド工具で50μmほど削り、さらに遊離砥粒で研磨して表面粗さを0.1nmにする。ガラスやシリコンの研磨では何週間もかかっていた工程を100時間以下まで短縮したが、「目標は形状精度10nm以下と表面粗さ0.1nmを両立させた金属ミラーを1週間以内に完成させる技術を開発すること」。今なお、技術を磨き続ける日々だ。
(取材・構成:由利 伸子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
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