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研究最前線 2025年8月25日

唯一無二の分子創製を目指して

カーボンナノリングやナノグラフェン合成の世界的トップランナー、伊丹 健一郎 主任研究員。「週刊伊丹」と言ってもよいほど、プレスリリースを頻繁に出す活発な研究室を主宰しています。有機化学系の研究室でありながら昆虫を飼育して体内でナノカーボンを合成させたり、不可能だったオールアジンナノリング合成に成功したりするなど、画期的な成果を相次いで発表しました。豊かな発想の源泉はどこにあるのでしょうか。

伊丹 健一郎の写真

伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)

開拓研究所 伊丹分子創造研究室 主任研究員

苦手をワクワクに変えた出会い

唯一無二の分子をつくり出し、その分子を活躍させる。それが伊丹研のテーマだ。「世の中に存在しない新しい分子をつくることはロマンに満ちていて、ワクワクします」

高校3年のとき、暗記ばかりで苦手だった化学で有機化学を学び、六つの炭素原子が正六角形の環状に結合したベンゼン環に出合った。「ベンゼン環は薬品、染料、プラスチック材料などいろいろなものになります。幼稚園のころから、小さなブロックを組み合わせて何でもつくれるレゴブロックが大好きだったのですが、ベンゼン環もまさに同じ。がぜん興味を持つようになりました」

いつも分子のことばかり考えている

ベンゼン環への興味がきっかけとなり、大学では工学部合成化学科に進んだ。ここから有機化学一直線かというと、そうでもない。「サークルやバイトが楽しくて忙しくて、大学に行かず化学への熱も冷めました」。留年をギリギリで避けながら4年生になって、新しい化学反応や触媒を開発する研究室に配属された。そこでは、先輩たちが世界で初めての物質をつくろうと目を輝かせていた。「その姿に触発され、自分もやりたいと思いました。何より、勉強が嫌いでも成績が良くなくても、世界初の物質をつくれば世界一になれるかもしれない。これで研究にはまりました」

大学院時代は9時ごろに研究室へ行き、21時ごろまで実験、その後、飲んで寝る、の繰り返しだった。現在は5時に起きて、研究室へ6時半に行き、18時に帰る。家族と食事の後、自宅で仕事の続きをして23時に寝る。生活のリズムは変わったが、「研究のことは頭から離れない。いつも分子のことばかり考えている」。この姿勢はずっと変わらないという。

昆虫の体内で新物質を合成

6月5日付『Science』オンライン版には、昆虫の体内で機能性分子ナノカーボン(ナノメートル程度の大きさの炭素だけでできた物質)を合成させた論文が掲載された。化学系の研究室で昆虫を飼い、排泄物から新物質を取り出すという、本人いわく「まさにクレージー」な試みだ。

「カーボンナノチューブは軽くて強い。クモの糸も軽くて強い。二つを組み合わせたらユニークな分子ができる」。人と同じことはやりたくなかったので、ナノカーボンを昆虫に食べさせ体内で分子を合成させようと考えた。今から8年前だ。しかし、生物系研究者の協力を得られず断念。5年前に新たな研究員が加わり研究を再開したものの、ナノカーボンには毒性があり、飼料に混ぜてカイコに食べさせたが死んでしまう。再び中断。しかし、別の我の一種ハスモンヨトウとの出会いが状況を変えた。食欲旺盛で農業害虫として知られるこの蛾の幼虫は、ナノカーボンを食べても平気だったのだ。

そこで、この幼虫にメチレン架橋[6]シクロパラフェニレン([6]MCPP)というナノカーボンを餌に混ぜて食べさせ、2日後に排泄物を解析したところ新物質が含まれていた。詳しく調べてみると、[6]MCPPに酸素原子が導入されており、[6]MCPPにはなかった蛍光特性を持っていた(図1)。「うまくいかないときは諦めてしまうのでなく、いったん引き出しにしまっておいて、別の研究に取り組むと、後からうまくいくことがあります」

ハスモンヨトウ幼虫による昆虫内ナノカーボン合成の図

図1 ハスモンヨトウ幼虫による昆虫内ナノカーボン合成

不可能を可能に

4日後の6月9日付『Nature Communications』オンライン版には、オールアジンナノリング(図2下)の合成が掲載された。ナノリングとはベンゼン環などが環状につながった分子群で、2000年代終盤に伊丹 主任研究員らのグループがベンゼン環だけでできたナノリング「シクロパラフェニレン(図2上)」の合成に成功して以来、さまざまな分子でつくられたナノリングが世界中で合成されてきた。

シクロパラフェニレンとオールアジンナノリングの違いの図

図2 シクロパラフェニレンとオールアジンナノリングの違い

すべてベンゼン環からできているシクロパラフェニレン(上)と比べ、オールアジンナノリング(下)では、すべての六員環に1個か2個の窒素原子(青)が入っている。

アジンとはベンゼン環のような六員環の環状分子の中に窒素原子を一つ以上含む化合物で、医薬品などに使われている。アジンが一部入ったナノリングは合成されていたが、アジンのみから成るナノリングは、窒素原子の持つ反応性の高さなどから、意図しない部分で結合してしまい合成できていなかった。

この難題に挑んだのが2023年にドイツから来た留学生。「これは無理、リスキー過ぎる」と忠告したが、彼は「世界にない分子をつくるために来た。だから、やらせてほしい」と取り組み、ドイツ帰国後も研究を続けて、2024年、ついに成功した。

「成功の理由は彼が想像を絶するほど実験したから。これは無理というアプローチでも、実験と精査を繰り返して、細い細い道を見つけていった。力業ですね。実は僕の研究スタイルもスマートさはないのです。99%はうまくいきません」

オールアジンナノリングは、すべてベンゼン環のシクロパラフェニレンと比べると、電子を出し入れする能力が格段に向上し、バッテリー材料などへの応用が期待される。「力技で挑んだので、この方法では少ししかつくれません。社会実装はもう少しかかります」

研究をポジティブに楽しもう!

多彩な成果を生む発想の源泉は何か。「まずは一緒に働く優秀な研究員や学生たちですね。いつもクレージーなアイデアの出し合いのような議論をしています。次に楽しむこと。毎日違うワクワクを見つけて楽しみたい。そして、自分は果てしなくポジティブだと思います。うまくいかなくても寝たら忘れてしまうし、よく笑います。3歳児みたいですね、と研究員に言われます」

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