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2009年9月16日

独立行政法人 理化学研究所

無細胞タンパク質合成系を活用した膜タンパク質合成方法の開発に成功

-合成が難しい膜タンパク質を、正しい形と機能を保持した活性体として大量合成-

ポイント

  • ステロイド系界面活性剤と脂質混合液を添加し、試験管内に天然の膜環境を再現
  • 膜タンパク質を活性体として合成でき、構造・機能解析に直接利用が可能
  • 膜タンパク質に関する基礎研究や医薬品開発、産業応用発展に貢献

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、大腸菌由来の無細胞タンパク質合成系※1を利用し、天然と同様に脂質二重膜※2に組み込んだ状態の膜タンパク質を大量に合成することができる新技術を開発しました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長、白水美香子上級研究員、下野和実研究員(現・松山大学助教)らの成果です。

膜タンパク質は、細胞膜中に存在し、生体膜を隔てた情報伝達やエネルギー変換、物質輸送など、生命にとって極めて重要な機能を担っています。そのため、膜タンパク質の構造・機能解析は、膜タンパク質を標的とする医薬品の合理的な設計などに非常に有効です。膜タンパク質の構造・機能を知るためには、正しい形と機能を保持した状態(活性体)の膜タンパク質試料が大量に必要です。しかし、これまでの技術では、活性体の膜タンパク質を大量に合成することは非常に難しく、膜タンパク質の研究の大きなボトルネックとなっていました。そこで研究グループは、独自に開発してきた無細胞タンパク質合成系に、種々の界面活性剤※3の混合溶液を添加し、タンパク質合成と脂質二重膜形成を同時に行わせることを試みました。その結果、ステロイド系界面活性剤と脂質混合液を添加した時、脂質二重膜上で多数回膜貫通型の膜タンパク質※4の活性体を大量に合成できることを見いだしました。開発した技術は、多くの膜タンパク質に適用可能で、簡便に純度の高い試料が得られることや、膜環境下の正しい形と機能を有した活性体としての試料を得ることができるなどの利点があります。このため、膜タンパク質研究発展の妨げとなっている、多くの膜タンパク質合成の課題を解決し、幅広い医療・産業応用が見込めるようになります。

本研究成果は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」および「ターゲットタンパク研究プログラム」の一環として行ったもので、米国の科学雑誌『Protein Science』オンライン版(9月10日付け:日本時間9月10日)に掲載されました。

背景

ゲノム解析によりさまざまな遺伝子配列が明らかになった現在、その配列に基づいて生体内で合成され、広範な生理機能を担うタンパク質の構造・機能解析が、ポストゲノム研究として重要になっています。中でも膜タンパク質は、全ゲノムから予想されるタンパク質の約30%を占め、生体膜を隔てたエネルギー変換、物質輸送、そして情報伝達といった生命にとって極めて重要な機能を担っています。多くの疾患は膜タンパク質が関与していると考えられており、膜タンパク質の構造・機能解析は、その機能を制御する医薬品の合理的な設計などに非常に有効です。

膜タンパク質の構造・機能を知るためには、正しい形と機能を保持した状態(活性体)の膜タンパク質の試料が大量に必要です。しかし、これまでの技術では、活性体の膜タンパク質を大量合成することは非常に難しく、膜タンパク質についての理解は、可溶性タンパク質と比べて遅れているのが現状です。このため、膜タンパク質の構造・機能研究のためには、活性体の膜タンパク質の試料を大量に合成する技術を開発することが急務の課題となっています。現在、膜タンパク質に限らずタンパク質の大量合成には、大腸菌や酵母、昆虫細胞、動物細胞などの生きた細胞を用いた系が一般的に利用されています。しかし、生きた細胞は、自己の細胞機能を維持するために、外来タンパク質を排除する傾向が強く、大量にタンパク質を合成させる系の構築が困難な場合があります。また、膜タンパク質は、細胞膜という空間的に限定された場所に発現するため、大量に合成すると膜機能の低下による細胞死を引き起こす可能性があります。さらに、異なる生物種の膜タンパク質は、膜組成や膜移行過程に違いがあり、膜タンパク質合成に生きた細胞を利用するには、多くの問題を解決しなければなりません。一方、研究グループが独自に開発してきた無細胞タンパク質合成技術は、生命体に依存しない人工的なシステムで、試験管内で自由自在にタンパク質を合成できる唯一のバイオテクノロジーとして注目されています。しかし、この技術を膜タンパク質にそのまま適用しても、膜タンパク質の高い脂溶性のため、活性体を得ることができないという問題があります。そこで研究グループは、無細胞タンパク質合成系で、天然と同様な脂質二重膜環境を作り出し、膜タンパク質の合成を試みました。

研究手法と成果

膜タンパク質は疎水性※5であるため、水溶液中では凝集体※6を形成してしまい、活性体となりません。従って、膜タンパク質を試験管内で合成する場合には、疎水性環境を水溶液中に提供し、凝集体形成を回避する必要があります。本研究では、凝集体形成を回避する方法として、界面活性剤と脂質を用いて天然と同様の脂質二重膜環境を構築しました。具体的には、透析※7の原理を用いた無細胞タンパク質合成技術により膜タンパク質を合成する際に、透析膜の内側へ、合成に必要な抽出液や鋳型となるDNAとともに、脂質分子を界面活性剤に溶かした状態で混入します。透析が進むと、徐々に界面活性剤が透析膜の内側(タンパク質が合成されている場所)から除去され、脂質分子は水溶液中で脂質二重膜を形成します。形成と同時に、合成された膜タンパク質は、この脂質二重膜に挿入され、活性体の状態で生成することに成功しました(図1)。膜タンパク質のモデルとしては、7回膜貫通型色素膜タンパク質であるバクテリオロドプシンを用いました。色素膜タンパク質を活用することで、でき上がった膜タンパク質が正常かどうかを、特殊な技術を要することなく短時間、かつ見た目で判定できます。次に、添加する界面活性剤の種類を検討しました。反応液に種々の界面活性剤と脂質を添加して、バクテリオロドプシンが合成するかどうかを確認した結果、ステロイド由来の界面活性剤(コール酸※8ジギトニン※8)とグリセロリン脂質(卵黄レシチン)を共存させた時に、バクテリオロドプシンの活性体が大量に効率良く合成することを見いだしました(図2)。合成した活性体バクテリオロドプシンは、反応液1ml当たり1.5mgで、既存の方法に比べて10倍以上の高収率を記録しました。コール酸だけや脂質だけの場合、あるいは両方添加して反応液からコール酸が除去されない場合は、バクテリオロドプシンの活性体は合成できませんでした。

今回開発したシステムで合成したバクテリオロドプシンの機能を詳細に調べた結果、天然と同様の機能を有していることを確認しました。この結果は、本システムが、膜タンパク質研究の大量試料調製法として妥当で、しかも有用であることを示しています。

本システムは、界面活性剤除去によりタンパク質合成と脂質二重膜形成を同時に進行させることにより、膜タンパク質を脂質二重膜に活性体として合成できる点が最大の特徴となります。膜タンパク質は、すべて疎水性の高い部位を持つため、この技術は、広く膜タンパク質に適用できます。実際に研究グループは、バクテリオロドプシン以外の多くのヒト由来多数回膜貫通型の膜タンパク質(受容体など)に対してこの技術を適用し、実証例を積み上げることにも成功しました。

今後の期待

本研究成果により、天然と同様に脂質二重膜に組み込んだ状態の膜タンパク質を大量に合成することが可能となります。この技術は、多くの膜タンパク質に適用でき、簡便に純度の高い試料を得ることができます。また、膜環境下の正しい形と機能を保持した活性体の試料を得ることができるため、試料を直接構造・機能解析に利用することが可能です。これにより、可溶性タンパク質に比べ理解が遅れている膜タンパク質研究などの基礎研究のみならず、医薬品開発や産業応用といった応用研究にも多大な貢献をもたらすと期待できます。

発表者

理化学研究所
生命分子システム基盤研究領域 領域長
横山 茂之(よこやま しげゆき)
Tel: 045-503-9196 / Fax: 045-503-9195

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.無細胞タンパク質合成系
    生きた細胞内でタンパク質を作らせる代わりに、タンパク質合成に必要な因子(リボソームなど)を含んだ細胞の抽出液を用いて、鋳型となるDNAやRNAから試験管内でタンパク質を合成する方法。透析(※7参照)の原理を応用し、DNAや細胞抽出液を透析膜の中にだけ入れておき、ATP(アデノシン三リン酸)、アミノ酸などのタンパク質合成に必要な低分子の物質は透析膜の中と外に入れておく。タンパク質合成に伴って消費される物質が透析膜外から供給されることで、合成量を高くすることができる。
  • 2.脂質二重膜
    水溶液中で脂質、特にリン脂質のような極性脂質の親水性部分が水相に接し、疎水性部分は疎水結合によって互いに平行に並び、構造が二重になったもの。この脂質二重膜が細胞の生体膜の基本構造であると考えられている。すなわち、細胞外界との障壁の役割を果たす。脂質二重膜に各種膜タンパク質が埋め込まれており、シグナル伝達や物質輸送などの重要な機能を担う。
  • 3.界面活性剤
    界面活性剤とは、分子内に水になじみやすい部分と、油になじみやすい部分を持つ物質の総称。洗剤の主成分であり、油を水中に溶かす働きがある。水に溶けている界面活性剤の疎水性原子団は水に排除される傾向にあり、疎水性の高い脂質と水との界面に配向吸着するとその表面に配列するため、表面張力が低下する。この性質を利用し、脂質を水中に分散させることができる。同様に、疎水性の高い膜タンパク質を水中で可溶化状態に保つことも可能である。
  • 4.多数回膜貫通型の膜タンパク質
    ポリペプチド鎖が膜を多数回貫通している膜タンパク質のことを指す。
  • 5.疎水性
    水に対する親和性が低い、つまり、水に溶解しにくい、あるいは水と混ざりにくいという性質のこと。
  • 6.凝集体
    非特異的に会合してできた不溶性の塊のこと。
  • 7.透析
    一定の大きさ以下の分子またはイオンだけを透過させる膜である半透膜を介して、低分子化物質が濃度勾配に従い高濃度側から低濃度側に移動すること。本技術では、界面活性剤は半透膜を介して低濃度側(透析外液)に移動し反応液(透析内液)から除去されるが、タンパク質のような大きな分子や会合して巨大分子となった脂質の移動は起こらない。
  • 8.コール酸、ジギトニン
    コール酸は、ステロイド環上に3つの水酸基を持ち、かつ末端にカルボキシル基といった親水性部分を持つ。凝集体の大きさ(ミセルサイズ)は小さく、透析などによって除去しやすい。ジギトニンは、脂溶性部位のステロイド構造と親水性部位の糖部位を併せ持ち、界面活性剤として脂質を効果的に水に溶かすことができる。
試験管内で膜タンパク質を正しく合成する様子の模式図の画像

図1 試験管内で膜タンパク質を正しく合成する様子の模式図

界面活性剤により不安定な疎水性の高いポリペプチド鎖(膜タンパク質)を保護し、凝集体形成を抑制しつつ、同時に界面活性剤とともに加えた脂質を脂質二重膜リポソームに再構成させる方法を開発した。この方法により、合成した膜タンパク質は効率良く脂質二重膜へ移行し、リポソームに挿入した活性体として生成できた。

さまざまな界面活性剤と脂質共存下でのバクテリオロドプシンの無細胞タンパク質合成の図

図2 さまざまな界面活性剤と脂質共存下でのバクテリオロドプシンの無細胞タンパク質合成

内液、外液は、透析膜内外の反応液を示す。界面活性剤としてDig(ジギトニン)またはCho(コール酸)と脂質を内液に添加した時に、バクテリオロドプシンが正常に合成されたことを示す紫色をしている。コール酸だけ(右から4つ目)や脂質だけ(左から2つ目)の場合、あるいは両方添加していても、外液にもコール酸を入れ内液からコール酸が除去されない場合(1番右)は、バクテリオロドプシンの活性体は合成できなかった。

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