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2009年9月24日

独立行政法人 理化学研究所
大学共同利用機関法人基礎生物学研究所

細胞内リサイクルシステム“オートファジー”が細胞死を抑制

-植物の細胞死促進の原因が、過剰なサリチル酸シグナリングと判明-

ポイント

  • オートファジーは、細胞死の起きやすい状況で延命装置として機能
  • オートファジー(分解・リサイクル)は、サリチル酸シグナリングによって誘導
  • 長寿植物や病害に抵抗性を示す作物開発への貢献に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と大学共同利用機関法人基礎生物学研究所(岡田清孝所長)は、細胞内の分解・リサイクルシステムであるオートファジー(自食作用)※1が、植物ホルモンの1種のサリチル酸※2による情報伝達(サルチル酸シグナリング)を負に制御し、老化や病原菌感染時に引き起こされる細胞死を抑制していることを世界で初めて明らかにしました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物免疫研究グループの白須賢グループディレクター、吉本光希基礎科学特別研究員、生長制御研究グループの神谷勇治グループディレクター、軸丸祐介特別研究員、メタボローム基盤研究グループの草野都研究員、基礎生物学研究所の大隅良典教授(現・東京工業大学教授)、独国マックス・プランク研究所との共同研究による研究成果です。

オートファジーは、細胞が持つタンパク質や構造体を大規模に分解・リサイクルするための仕組みで、酵母から植物、動物まで真核生物に広く普遍的に存在しています。細胞内の新陳代謝を高め、飢餓時には分解産物からエネルギーを得るなど、さまざまな生命活動で重要な働きをしていると考えられています。これまでの研究から、植物はオートファジー能を欠損すると、老化が早まり、病原菌感染時に防衛反応として引き起こす細胞死を過剰に発生することが分かっていました。しかし、なぜオートファジーが不能となると、このような表現型を示すのか、そのメカニズムはこれまで謎でした。

研究グループは、オートファジー能を欠損したシロイヌナズナ変異体を用いた解析から、細胞死促進の原因が、過剰なサリチル酸シグナリングであること、またそのシグナルによってオートファジーが誘導されることを発見しました。サリチル酸は、植物に病害抵抗性を与える植物ホルモンとして知られていますが、過剰であるとかえって有害です。植物におけるオートファジーの役割は、エネルギー源のリサイクルに加え、サリチル酸シグナリングを適度に抑え、過剰な細胞死を抑制することで、延命装置として機能していることを新たに明らかにしました。

今後、さらに詳細なメカニズムを解明し、オートファジーを巧みに操作することで、長寿植物あるいは病害に抵抗性を示す作物が開発できると期待されます。本研究成果は米国の科学雑誌『The Plant Cell』オンライン版に近く掲載されます。

背景

基本的な細胞内分解・リサイクルシステムとして、オートファジーと呼ばれる細胞の生理機能が知られています(図1)。自由に移動することができず、外部環境に直接さらされる植物では、オートファジーが大変重要な役割を果たしていると考えられています。植物におけるオートファジーの存在は、1960年代から電子顕微鏡などによる形態学的観察により数多く報告されていましたが、解析の限界からそれらは現象論にとどまり、オートファジーの重要性や分子メカニズムについては深く議論できていませんでした。しかし、近年のゲノムワイドな解析によって、酵母で発見されたオートファジーに必須なATG(autophagy-related)遺伝子群が同定され、それらのホモログ※3が高等植物にも保存されていることが明らかとなりました。それらホモログを破壊あるいは発現抑制した変異体の解析から、オートファジーが不能である植物(オートファジー不能変異体)の細胞は、老齢や病原菌感染などの局面において、早く細胞死を起こすことが分かってきましたが、その理由は謎に包まれていました。

研究手法と成果

研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナのオートファジー不能変異体を用いて、高性能質量分析計※4により網羅的な植物ホルモン解析を行いました。その結果、オートファジー能を欠損すると細胞内のサリチル酸量が増え、サリチル酸シグナリングが過剰になることを発見しました。そこで、その過剰なサリチル酸シグナリングが、細胞死促進の原因であるのかを明らかにするために、掛け合わせの手法※5を使ってオートファジー不能変異体のサリチル酸シグナリングを抑制しました。サリチル酸を水酸化して別の物質に転換する酵素遺伝子NahG※6を過剰発現させた変異体、あるいはサリチル酸生合成やサリチル酸シグナリングが阻害された変異体との二重変異体※7では、オートファジー不能変異体の早老化による細胞死促進が抑制できました(図2)。一方、老化に関与しているといわれている、植物ホルモンのジャスモン酸やエチレン関連の変異体との二重変異体を作製しても、細胞死促進を抑制できませんでした。また、病原菌感染時に引き起こされる過剰な細胞死も、サリチル酸生合成系やサリチル酸シグナリング系の変異体との二重変異体で抑制されました。このため、オートファジー不能変異体では、サリチル酸シグナリングが過剰になっていて、その結果、細胞死が促進していることが明らかとなりました。

さらに興味深いことに、オートファジーは、サリチル酸シグナルによって直接誘導されることが分かりました。オートファゴソーム※8のマーカータンパク質ATG8に蛍光タンパク質GFPをつなげた人工タンパク質を作製し、それを恒常的に発現させた植物の根をサリチル酸アナログ(BTH)※9で処理すると、多数のオートファゴソームを観察することができました(図3)。この結果から、オートファジーは、植物においてサリチル酸シグナリングの絶妙なバランスを取るための、ネガティブフィードバックループ※10として機能していると考えられます(図4)

今後の期待

今回の研究成果は、これまではっきりしていなかった植物におけるオートファジーの生理的役割の解明に向けて、世界初の具体的な第一歩といえます。オートファジーはサリチル酸シグナリングを抑制し、細胞死が起こりやすい状況下で細胞の延命を図るという役割を果たしていました。これは、オートファジーが何らかの細胞内タンパク質あるいは構造体を分解して起こる現象です。今後、この標的を単離・同定することで、細胞死を制御できるようになる可能性が期待されます。また、オートファジーを巧みに操作することで、長寿植物あるいは病害に抵抗性を示す作物の開発に貢献できると期待できます。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 植物免疫研究グループ
グループディレクター 白須 賢(しらす けん)
Tel: 045-503-9445 / Fax: 045-503-9573

植物科学研究センター 植物免疫研究チーム
基礎科学特別研究員 吉本 光希(よしもと こうき)
Tel: 045-503-9444 / Fax: 045-503-9573

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.オートファジー(自食作用)
    細胞質成分を細胞内小器官の液胞に輸送して分解する、真核細胞に広く普遍的な細胞内分解システム。ギリシャ語の「自分自身」を表すauto-と、「食べること」を表すphagyに由来する。近年、オートファジーに関する論文が数多く報告されており、非常にホットな研究領域である。
  • 2.サリチル酸
    古くは鎮痛剤としても使われていた植物ホルモンの1種。病原菌感染によって生合成が誘導され、病害抵抗性反応を引き起こす。
  • 3.ホモログ
    類似した塩基配列を持つ遺伝子。2つ以上の生物種で似ている成分で、共通祖先に帰すると考えられる。
  • 4.高性能質量分析計
    物質の分子量を高い精度で測定する機器。試料をイオン化し、化合物の質量電荷比(質量を電荷数で割った値)から物質を同定・定量する。高感度で物質を検出できるため、植物ホルモンのような微量物質の分析に有用。
  • 5.掛け合わせの手法
    異なる植物を交配すること。これにより、ある変異を持った植物から別の植物にその変異を導入することができる。
  • 6.NahG
    サリチル酸を水酸化して別の物質に変換するバクテリア由来の酵素遺伝子。この遺伝子を導入することで細胞内のサリチル酸をほとんどなくすことができる。
  • 7.二重変異体
    2つの変異を持つ植物体。ここでは、オートファジー能欠損に加え、同時にサリチル酸生合成あるいはサリチル酸シグナリングにも欠損を持っている植物のこと。
  • 8.オートファゴソーム
    オートファジーが誘導されると、細胞質に隔離膜と呼ばれるカップ状の脂質膜構造が出現する。その後、隔離膜は細胞質成分やオルガネラ(細胞内小器官)などを取り込みながら伸長し、最終的に2枚の膜で囲まれた小胞ができる。この小胞をオートファゴソームと呼ぶ。
  • 9.サリチル酸アナログ(BTH)
    サリチル酸と同様の作用を持つ化合物。これを処理することによりサリチル酸シグナルが活性化し、病原菌抵抗性反応を引き起こす。
  • 10.ネガティブフィードバックループ
    出力の一部が入力側に戻り、それによって出力が減少すること。ここでは、サリチル酸シグナルが活性化し、老化・細胞死を促進するが、そのシグナルの一部がオートファジーを誘導し、インプットであるサリチル酸シグナルを抑制する。これによりサリチル酸シグナリングの絶妙なバランスが取られる。
オートファジーの進行過程の図

図1 オートファジーの進行過程

オートファジーが誘導されると、細胞質に隔離膜と呼ばれるカップ状の脂質膜構造が出現する。これが細胞質成分やオルガネラ(細胞内小器官)などを取り込みながら伸長し、最終的に2枚の膜で囲まれたオートファゴソームが形成される(図中では断面としてリング状に描いているが、実際には球体である)。続いて、オートファゴソームの外側の膜が液胞の膜と融合し、オートファゴソームの中身が内側の膜ごと液胞内に放出され、加水分解酵素群の作用で速やかに消化される。液胞内の加水分解酵素を不活化することによって、オートファゴソームの内側の膜で囲まれた球状構造を液胞内に蓄積させ、顕微鏡でこれを観察することが可能である。この構造体はオートファジックボディと呼ばれ、オートファジーが正常に進行していることの指標になる。

オートファジー不能植物における細胞死促進とその抑制の画像

図2 オートファジー不能植物における細胞死促進とその抑制

オートファジー不能植物は栄養を十分に与えても老化が早まる。この早老化はサリチル酸を不活化できるバクテリア由来のNahG遺伝子を過剰発現させること(NahG/オートファジー不能植物)で抑制できる。

オートファジーはサリチル酸シグナルによって誘導されるの画像

図3 オートファジーはサリチル酸シグナルによって誘導される

オートファゴソームのマーカータンパク質ATG8に、蛍光タンパク質GFPをつなげた人工タンパク質を恒常的に発現させたシロイヌナズナの根を、サリチル酸アナログ(BTH)で処理して数時間後の像。小さなドット状の構造はオートファゴソームで、BTH処理後に多数出現してくる。

老化・病原菌感染過程での植物オートファジーの役割の図

図4 老化・病原菌感染過程での植物オートファジーの役割

老化・病原菌感染過程において、植物は抵抗性を発揮するためにサリチル酸の生合成を介してサリチル酸シグナリングを活性化させる。オートファジーはこのサリチル酸シグナルによって誘導され、サリチル酸シグナリングを負に制御することで、過度の細胞死を抑制している。

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