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2009年10月26日

独立行政法人 理化学研究所

病原体などを認識するヒトIgM抗体の受容体遺伝子「FcμR」を発見

-30年以上不明だったIgM抗体の受容体の遺伝子が明らかに-

ポイント

  • 慢性リンパ性白血病細胞のcDNAライブラリーを活用、マウスT細胞株に導入し同定
  • 受容体遺伝子「FcμR」はIgD、IgG、IgAやIgEとは結合せず、IgMだけに結合
  • 自然免疫や感染の初期免疫機構の解明と治療応用に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、風邪ウイルスや細菌などの異物に対する自然免疫※1や初期の感染防御に必須な、免疫グロブリンM(IgM抗体※2)の受容体の遺伝子を世界で初めて明らかにしました。米国アラバマ大学医学部病理学教室の久場川博三教授らと、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫系構築研究チームの大野博司チームリーダーらおよび免疫多様性研究チームの王継揚チームリーダーらによる共同研究の成果です。

私たちの体には、ウイルスや細菌などの病原体が侵入すると免疫応答が誘導され、病原体を認識する抗体を産生する免疫システムが存在しています。中でもIgM抗体は、病原体が侵入した際に最初に作られる抗体で、感染の初期防御に極めて重要なだけではなく、感染前に血液中に存在するIgM抗体が、体の病原体に対する抵抗力を強め、いわゆる自然免疫の力を高めてくれます。抗体は、病原体に直接結合しそれらを不活性化するだけではなく、病原体に結合した抗体がさまざまな免疫細胞表面上の受容体と結合し、病原体を細胞内に取り込んで分解するといった重要な働きもあります。IgM抗体の受容体は、30年以上も前にその存在が報告されていましたが、長い間、その遺伝子を同定することができませんでした。

研究グループは、IgM抗体の受容体を発現することが知られている慢性リンパ性白血病細胞から、cDNAライブラリー※3を作製し、遺伝子を細胞に導入するための運び屋であるレトロウイルスベクターを用いて、マウスT細胞株※4BW5147にライブラリーの遺伝子を導入しました。BW5147細胞はIgM抗体の受容体を発現しないので、通常IgM抗体には結合できませんが、ライブラリーの中にIgM抗体の受容体をコードする遺伝子が含まれているため、その遺伝子が導入されたBW5147細胞はIgM抗体と結合できるようになります。研究グループは、IgM抗体と結合したBW5147細胞だけを、セルソーターと呼ばれる機器で選別し、個々の細胞内に存在するcDNAライブラリー由来のIgM抗体受容体の遺伝子「FcμR」を単離・同定することに成功しました。

FcμRの発見により、長い間不明だったIgM抗体の受容体を介した免疫機能が明らかになることが予想されます。将来的には、受容体FcμRの活性を制御し、免疫疾患の治療への応用も期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Experimental Medicine』(11月23日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月26日付け:日本時間10月26日)に掲載されます。

背景

私たちの体は、体内に侵入したウイルスや細菌などの病原体を排除する免疫機能を持っています。中でも、免疫細胞の一種のB細胞※5が分泌する抗体は、外からの異物をいち早くキャッチし除去するために必須な役割を果たします。分泌する抗体には5種類、すなわちIgM、IgD、IgG、IgAおよびIgEが存在し、それぞれ異なった機能を持ちます。抗体は病原体やそれが産生する毒素に直接結合し、それらを不活性化したり、中和したりすることができます。しかし、抗体は病原体に結合しただけでは十分な免疫力を発揮できません。さまざまな免疫細胞表面上の抗体の受容体と結合することにより、さらに強力な免疫力を発揮します。例えば、細菌に結合した抗体が、異物を何でも食べてしまう貪食細胞(マクロファージ)上の受容体と結合することで、細菌などの病原体を食べるようマクロファージにシグナルを伝えることができます。その結果、侵入した細菌は速やかに処理され、病原体の増殖を防ぎ感染を免れることができます。

5種類の抗体のうち、IgG、IgAおよびIgEの受容体はこれまでの研究で分かっていました。また、IgAとIgMの両方に結合できる受容体の存在も明らかになっていました。しかし、IgMに特異的に結合する受容体は、その存在が30年以上も前に分かっていたにもかかわらず、これまでその遺伝子は同定されていませんでした。

研究手法と結果

研究チームは、IgM抗体の受容体を発現することが知られている慢性リンパ性白血病細胞よりcDNAライブラリーを作製し、レトロウイルスの遺伝子の一部を改変して作製したレトロウイルスベクターを遺伝子導入の運び屋として用いて、マウスT細胞株BW5147にライブラリーの遺伝子を導入しました。BW5147細胞はIgM抗体の受容体を発現しないので、通常IgM抗体には結合できません。しかし、cDNAライブラリーの中にIgM抗体の受容体をコードする遺伝子が含まれているので、その遺伝子が導入されたBW5147細胞はIgM抗体と結合できるようになります。IgM抗体と結合したBW5147細胞だけをセルソーターとよばれる機器で選別し、個々の細胞内のcDNAライブラリー由来の遺伝子をPCR法で増幅した結果、IgM抗体の受容体の遺伝子「FcμR」の単離・同定に成功しました。実際に、観察のしやすいHela細胞で受容体FcμRを発現させた後、このHela細胞を、赤色で標識した抗FcμR抗体(FcμRと結合する抗体)、または緑色で標識したIgM抗体あるいはIgG抗体と37℃で培養したところ、抗FcμR抗体およびIgM抗体はHelaの細胞内に取り込まれたのに対し、IgG抗体の細胞内への取り込みは見られませんでした。(図1)

IgM抗体の受容体FcμRは、236個のアミノ酸からなる細胞外領域、19個のアミノ酸からなる膜貫通部分と118個のアミノ酸からなる細胞内領域で構成されたI型の膜タンパク質の構造を有しています(図2A)。細胞内領域には、複数の生物種間で保存されたセリンおよびチロシン残基が存在し、受容体を刺激すると、これらのアミノ酸がリン酸化されることも分かり、シグナル伝達に重要な役割を果たす可能性が考えられます(図2B)

今後の期待

IgM抗体の受容体の遺伝子を同定したことにより、これまで停滞していたIgM抗体の受容体を介した免疫機能の解析が飛躍的に進むことが予想されます。血液中に存在するIgM抗体による自然免疫機構の解明が進むのみならず、病原体が体内に侵入した際に最初に作られるIgM抗体が、どのように病原体の感染防御に貢献するかについても、解明が急速に進むものと思われます。また、IgM抗体の受容体を欠損するモデルマウスの作製が可能となり、個体レベルでのIgM抗体の機能解析ができるようになります。IgM抗体の受容体の生理的機能を明らかにすることで、今まで原因不明であった免疫不全やアレルギー疾患と、IgM抗体の受容体の異常との関係を解明できる可能性が考えられます。さらに、IgM抗体の受容体の活性を人為的に制御することにより、免疫疾患の治療への応用が可能になると期待できます。また、このIgMの受容体は慢性リンパ性白血病細胞で異常に高く発現しており、その機序を解析することにより白血病発症機構の解明にも寄与するものと思われます。

発表者

理化学研究所
免疫アレルギー研究センター
免疫多様性研究チーム チームリーダー
王 継揚(おう けいよう)
Tel: 045-503-7042 / Fax: 045-503-7040

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.自然免疫
    私たちの体に備わっている非特異的な感染防御の免疫力のこと。自然抵抗性、自然耐性ともいう。高い特異性を持ち病原体の特徴を記憶できる獲得免疫とは異なる免疫機能となっている。感染早期に迅速に働く防御機構で、幅広い病原体に反応しうる点が特徴。皮膚や粘膜の上皮のような障壁をはじめ、マクロファージ・好中球などの貪食細胞やNK細胞なども自然免疫の一端を担う。血液中に存在するIgM抗体も自然免疫に貢献すると考えられている。
  • 2.IgM抗体
    分子量185,000の単量体5個から構成する多量体を形成する。血液中に存在し、全抗体の約10%を占める。病原体に対して産生される初期抗体のほとんどがこのタイプの抗体である。
  • 3.cDNAライブラリー
    細胞中で発現しているメッセンジャーRNA(タンパク質を作るための情報を持つ)と相補性を有するDNA塩基配列の集合体をライブラリーと呼ぶ。逆転写酵素を用いて人工的に作製したもので、いわば細胞中のメッセンジャーRNAのDNAコピーである。ライブラリーを発現ベクターに組み込み細胞に導入すると、メッセンジャーRNAの情報と同じタンパク質を作らせることができる。
  • 4.T細胞株
    免疫制御の中心的役割を果たすリンパ球。胸腺で形成されるのでT細胞と呼ばれる。各細胞(クローン)が異なる抗原特異的な受容体(T細胞抗原受容体)を発現し、抗原を認識する。機能により、種々のサイトカインを産生したり、B細胞からの抗体産生の調節をしたりするもの(ヘルパーT細胞)や、標的細胞の障害を担うもの(キラーT細胞)などがある。
  • 5.B細胞
    成体の骨髄で分化し、抗原と特異的に結合する抗体を生産する機能を発揮する細胞。
IgM抗体の受容体FcμRによるIgMのHela細胞内への取り込みの図

図1 IgM抗体の受容体FcμRによるIgMのHela細胞内への取り込み

抗FcμR:赤色で標識した抗FcμR抗体(FcμRと結合する抗体)が細胞内に取り込まれた。
IgM:緑色で標識したIgM抗体が細胞内に取り込まれた。
IgG:緑色で標識したIgG抗体は細胞内に取り込まれていない。

FcμR の分子構造とIgMの刺激でシグナルが伝達する様子の図

図 2 FcμRの分子構造とIgMの刺激でシグナルが伝達する様子

(A) FcμRの分子構造。

(B) FcμRを刺激すると、細胞内領域のセリン(S)およびチロシン(Y)がリン酸化され、シグナルが伝達される様子

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