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2010年2月4日

独立行政法人 理化学研究所

急性骨髄性白血病の再発原因細胞「白血病幹細胞」の分子標的を同定

-幹細胞レベルで白血病を根絶し、再発をなくす世界初の治療・創薬の実現へ-

ポイント

  • 急性骨髄性白血病の再発原因となる白血病幹細胞の網羅的遺伝子発現解析に成功
  • 正常血液幹細胞を守り、白血病幹細胞だけを標的とした新創薬が可能に
  • 「根治性」と「安全性」を備えた白血病治療を実現する分子標的医薬開発が加速

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、成人の血液がんである「急性骨髄性白血病」の再発克服・根治を目的とする創薬実現のため、再発の主原因である白血病幹細胞※1を根絶する分子標的を25種同定しました。免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)ヒト疾患モデル研究ユニットの石川文彦ユニットリーダー、免疫ゲノミクス研究グループの小原收グループディレクターらと、国家公務員共済組合連合会虎の門病院血液科の谷口修一部長との共同研究によるもので、白血病を幹細胞レベルで治療して根治を目指す新しい医薬創出が期待できます。

急性骨髄性白血病※2は、予後不良な悪性の血液疾患です。これまでの抗がん剤開発などにより、寛解(白血病細胞の数が著しく減少し症状が改善)を得られるようになってきましたが、再発率が高いことが白血病治療の最大の問題となっています。このため、再発をなくし、白血病を寛解から根治へと導く医薬や治療法の創出が強く望まれていました。研究グループは、これまでに、白血病幹細胞が骨髄の特別の場所(ニッチ)に存在して抗がん剤に抵抗性を示すことが、再発の原因となることを明らかにしてきました(2007年10月22日プレス発表)。

今回、研究グループは、白血病幹細胞の網羅的遺伝子解析などによって、白血病幹細胞に発現する分子群について、抗体医薬の標的となる細胞表面抗原や低分子医薬の標的となるリン酸化酵素(キナーゼ)※3など25種を同定することに成功しました。これにより、急性骨髄性白血病を幹細胞レベルから根絶する新しい薬剤開発が可能となります。さらに、骨髄内を直接観察することで、発見した標的分子が、確かに白血病幹細胞の潜んでいるニッチに存在することを突き止め、幹細胞を標的とした創薬の実現性が高いことが明らかとなりました。免疫・血液細胞すべてを作り出す正常な血液幹細胞には発現しない標的を選ぶことで、私たちの体を守る免疫細胞・血液細胞に深刻な副作用を起こさない創薬が可能になると考えています。

今回の成果は、正常な幹細胞を守る安全性と、白血病の根源である白血病幹細胞を根絶し、再発をなくす根治性を両立する、世界中で求められてきた新たな治療戦略=がん幹細胞を標的とした医薬創出が可能になります。がん幹細胞研究から、がん幹細胞の分子標的医薬の実現へ、新しい時代を切り開きます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Science Translational Medicine』(2月3日号)にオンライン掲載されます。

背景

急性骨髄性白血病は、成人に多い予後不良な悪性の血液疾患で、血液がんの1種として知られています。これまでに、さまざまな抗がん剤の開発が進み、寛解(白血病細胞の数が減少し症状が改善)という治療効果をもたらすまでになりました。しかし、一旦寛解状態を得た患者の多くが再発し、結局、死の転帰をたどることが白血病治療の最大の問題となっています(図1)。研究グループは、これまでに、白血病幹細胞が骨髄の中の特別な場所(ニッチ)に存在して抗がん剤に抵抗性を示すことこそが、白血病再発の原因であることを明らかにしてきました(2007年10月22日プレス発表)。その後、研究グループは、白血病幹細胞を有効に死滅させ、白血病の再発をなくして根治へと導く治療法の確立に向けて、研究を進めてきました。

研究手法と成果

白血病を幹細胞レベルから根絶する治療法を確立するには、私たちの体を守る免疫や血液細胞に重大な副作用を起こさない創薬を実現する必要があります。そこで、まず白血病幹細胞の特徴を知るために、実際に白血病の患者から得た白血病幹細胞の遺伝子と、正常なすべての免疫・血液細胞を作り出す正常造血幹細胞の遺伝子とを網羅的に比較しました。具体的には、マイクロアレイを用いて白血病幹細胞だけで活性化している遺伝子を探索し、候補となった遺伝子について、qRT-PCR※4フローサイトメトリー※5共焦点イメージング※6など、さまざまな手段を駆使して、白血病幹細胞だけに発現している分子を25種類発見することに成功しました。これらの分子には、白血病幹細胞の細胞表面で特異的に発現している分子や、多数の白血病細胞を作り出す際の細胞の増殖・生存に必須と考えられるリン酸化酵素(キナーゼ)などの酵素、核の中で幹細胞の腫瘍性にかかわると考えられる転写調節因子※7を含んでいました。これは、白血病幹細胞に発現し、正常な血液・免疫を維持する血液幹細胞には発現しない標的分子を発見したことになります。

さらに、患者の白血病状態をヒト化マウス※8に再現した白血病ヒト化マウスを用いて、患者では直接行うことのできない骨髄内の病態イメージングを行いました。研究グループはこれまでに、白血病幹細胞がニッチに存在して抗がん剤抵抗性を示し、再発の温床となっていることを明らかにしてきましたが、今回これらの分子が確かにニッチに存在していることを直接確認しました。これは、幹細胞を標的とした創薬の実現性が高いことを示しています。

これらのことから、白血病を幹細胞から殺す根治性と正常の免疫を守る安全性を両立する、抗体医薬・キナーゼ阻害剤などの医薬開発を通して、急性骨髄性白血病の根絶を実現する医療に近づいたと考えられます。

今後の期待

今回発見した「正常幹細胞には発現しておらず、白血病幹細胞に発現している分子」は、その分子に対する抗体医薬・低分子医薬の開発へ、比較的早期に応用・還元できると期待されます。これまでの抗がん剤治療によって幹細胞以外の白血病細胞を殺し、今回の研究成果に基づいた「白血病幹細胞を標的とした医薬」によって幹細胞を殺すことで、急性骨髄性白血病の再発を克服し、完治・根治の実現が期待されます(図2)。ヒト化マウスを用いて世界をリードした白血病幹細胞研究が、世界初のがん幹細胞をターゲットとした白血病幹細胞の分子標的医薬の開発を導き、白血病再発克服につながると考えられます。

発表者

理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
ヒト疾患モデル研究ユニット ユニットリーダー
石川 文彦(いしかわ ふみひこ)
Tel: 045-503-9448 / Fax: 045-503-9284

お問い合わせ先

横浜研究推進部
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.白血病幹細胞
    これまで白血病は血液のがんであり、単一の白血病細胞のクローン性の増殖と考えられてきた。しかし、同じ患者から得られる白血病細胞にも異なる性質を持つ細胞が存在し、白血病幹細胞こそが、白血病の発症と再発の責任細胞であることが実証されてきた。
  • 2.急性骨髄性白血病
    成人に多い白血病の種類。慢性骨髄性白血病と異なって、原因となる遺伝子異常が多岐にわたることから治療薬の開発が困難であり、再発克服の手段が世界中で研究されている。
  • 3.リン酸化酵素(キナーゼ)
    リン酸基をほかのシグナル伝達分子に付加する酵素。一般にシグナル伝達系において、リン酸基の付加はシグナルの伝達を意味する。
  • 4.qRT-PCR
    逆転写反応とポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を組み合わせた遺伝子発現の定量法。mRNAから逆転写された鋳型となるDNAの増幅をリアルタイムに測定することで、増幅率に基づいて細胞や組織内の少量のmRNAの定量を行うことができる。
  • 5.フローサイトメトリー
    細胞のままで解析、分析を行う手法。免疫研究では、目的とする細胞表面や細胞内の抗原に対する蛍光色素標識抗体により、染色された個々の細胞を水流に乗せて検出器に流すことにより、細胞の大きさ、細胞内の顆粒、蛍光強度(目的抗原の発現強度・発現率)を測定する。マイクロアレイ・qRT-PCRがRNAレベルの評価であるのに対して、フローサイトメトリーではタンパクレベルの定量性に優れることが大きなメリットである。
  • 6.共焦点イメージング
    目的とする分子が組織・細胞の局在や、異なる分子の発現の相関について、同時に複数の蛍光色素を用いて明らかにするイメージング手法。
  • 7.転写調節因子
    特定のDNA配列に結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。
  • 8.ヒト化マウス
    ヒトの免疫・血液システムが生体内でどのように恒常性を維持し、ヒトの病気がどのように発症するかを研究することには倫理的制約が大きく、これまできわめて困難であった。その制約を克服するために開発された、ヒトの正常免疫系や免疫・血液疾患を再現したマウス。正常の血液幹細胞や白血病幹細胞を免疫不全マウスに移植して作られる。
急性骨髄性白血病の臨床経過の図

図1 急性骨髄性白血病の臨床経過

抗がん剤の投与により、寛解状態(白血病細胞の数が減少した状態)を得られるが、多くの場合、やがて再発し、死の転帰をたどることが白血病治療の最大の問題となっている。

白血病幹細胞の分子標的医薬の開発の図

図2 白血病幹細胞の分子標的医薬の開発

白血病細胞の大部分を占める非幹細胞分画は、現在の抗がん剤治療によって有効に死滅するが、白血病幹細胞は抗がん剤抵抗性を示し、後に再発を引き起こす原因となる。今回の研究で、抗がん剤によって大部分の白血病細胞を殺した後、さらに幹細胞を標的とした分子標的医薬によって再発を克服し、白血病の根治へつながることが期待できる。

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