2010年2月15日
独立行政法人 理化学研究所
白血病再発を引き起こす白血病幹細胞の抗がん剤抵抗性の原因を解明
-白血病幹細胞の場所と細胞周期を標的にした根治治療の可能性を示す-
ポイント
- 白血病幹細胞は、骨髄と骨の境界に潜み、細胞周期を止めて生き延びる
- サイトカインで白血病幹細胞の細胞周期を動かし、抗がん剤の効果を高める
- ヒト化モデルマウスで、治療効果の確かさを確認、白血病根治に期待
要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、成人の血液がんである「急性骨髄性白血病※1」の再発の主原因として知られる白血病幹細胞※2が、骨髄に潜んで、その細胞周期を静止しているために、抗がん剤に抵抗性を持つことを突き止めました。止まっていた細胞周期を動かすと、抗がん剤治療の効果が高まることを、ヒトの白血病状態を再現した白血病ヒト化マウス※3で明らかにしました。免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)ヒト疾患モデル研究ユニットの石川文彦ユニットリーダー・齊藤頼子研究員、国家公務員共済組合連合会虎の門病院血液科の谷口修一部長、ジャクソン研究所のL.シュルツ(L. Shultz)博士との共同研究による成果で、白血病を幹細胞レベルで治療し、白血病の再発克服・根治を目指す新たな治療の可能性を示しました。
急性骨髄性白血病は、予後不良な悪性の血液疾患です。これまでに開発されてきた抗がん剤などにより、寛解(白血病細胞の数が著しく減少し症状が改善)を得られるようになってきましたが、再発率が高いことが白血病治療の最大の問題となっています。このため、再発をなくし、白血病を寛解から根治へと導く治療法の開発が強く望まれていました。研究グループは、これまでに、白血病の再発の原因となる白血病幹細胞を同定し(2007年10月22日プレス発表)、この細胞に発現する治療標的を明らかにしてきました(2010年2月4日プレス発表)。
今回、研究グループは、白血病幹細胞が骨髄と骨の境界(ニッチ)にとどまり、細胞周期を静止していることが、抗がん剤に抵抗性を示す原因となり、再発を引き起こすことを突き止めました。この発見に基づいて、ニッチに潜む白血病幹細胞の細胞周期を、生理活性物質のサイトカイン※4を用いて動かし、抗がん剤への感受性を高めて、再発のリスクを減少する治療の有効性をヒト化モデルマウスの実験で証明しました。これによって、従来の抗がん剤によって多くの白血病細胞を殺した後に、さらに抗がん剤治療では死滅しにくい白血病幹細胞を根絶する治療法を確立し、臨床・基礎が融合した白血病幹細胞標的医療が実現すると考えられます。
今回の成果は、血液内科医療をリードする医師とがん幹細胞研究の研究者が、治療を目標として共同で取り組んだトランスレーショナルリサーチの成功例といえます。さらに研究・議論を重ねることで、患者の安全性を考慮しながら白血病の根治を目指す治療が実現できると期待されます。
本研究成果は、『Nature Biotechnology』(2月14日号)にオンライン掲載されます。
背景
急性骨髄性白血病は、成人に多い予後不良な悪性の血液疾患で、血液がんの1種として知られています。これまでに、さまざまな抗がん剤の開発が進み、寛解(白血病細胞の数が減少し症状が改善)という治療効果をもたらすまでになりました。しかし、一旦寛解状態を得た患者の多くが再発し、死の転帰をたどることが白血病治療の最大の問題となっています(図1)。研究グループは、これまでに、白血病の再発の原因となる白血病幹細胞を同定し(2007年10月22日プレス発表)、この細胞に発現する治療標的を明らかにしてきました(2010年2月4日プレス発表)。研究グループは、さらに白血病幹細胞の性質と再発の因果関係を解明し、白血病幹細胞を有効に死滅させ、白血病の再発をなくして根治へと導く治療法の確立に向けて、研究を進めてきました。
研究手法と成果
これまでに白血病再発の主要な原因となっている白血病幹細胞が、骨髄と骨の境界(ニッチ)に存在することが分かっていましたが、なぜ、その場所に集中しているのかは謎のままでした。この謎を解くことが、白血病幹細胞を標的とした根治療法を開発する上で鍵になると考え、研究グループはまず、白血病ヒト化モデルマウスで、骨髄内の細胞周期を共焦点イメージング※5を使って解析しました。その結果、ニッチに存在する白血病幹細胞では特異的に細胞周期が静止していることが分かりました。抗がん剤は増殖活性の高い(細胞周期が早い)がん細胞を標的として開発されてきたため、白血病幹細胞が抗がん剤治療に抵抗性を示すのは、ニッチという特定の場所との関係性の中で、白血病幹細胞の細胞周期が止まることに起因すると考えられます。
この発見に基づいて、白血病ヒト化モデルマウスに、細胞周期を誘導する生理活性物質のサイトカインを投与して、止まっていた白血病幹細胞の細胞周期を動かし、抗がん剤の効果を確認しました。その結果、ヒト化モデルマウスの白血病幹細胞では、骨髄内で細胞周期が動き出し、抵抗性を示していた抗がん剤治療に感受性となり、多くの白血病幹細胞が死滅することが分かりました(図2)。これは、サイトカイン投与を併用する抗がん剤治療で、白血病ヒト化マウスの幹細胞レベルでの白血病治療が実現したことを示しています(図3)。
今後の期待
2月4日に、急性骨髄性白血病の根治のための創薬標的を同定した成果を発表しましたが、今回は、実際の医療で使われているサイトカイン投与と抗がん剤治療を組み合わせて、白血病幹細胞を標的とする治療です。世界的にも大規模な臨床試験が実施されてきましたが、今回の研究で白血病幹細胞の性質を明らかにしたことで、現在の治療の組み合わせで白血病幹細胞まで標的とすることができ、白血病根治を実現する可能性が高まりました。1人1人の患者と向き合う臨床現場での豊富な経験と、基礎研究に基づく疾患の根元になる細胞の詳細な解析を融合した、21世紀の新たな治療法を確立し、白血病克服を実現すると期待できます。
発表者
理化学研究所
免疫アレルギー科学総合研究センター
ヒト疾患モデル研究ユニット ユニットリーダー
石川 文彦(いしかわ ふみひこ)
Tel: 045-503-9448 / Fax: 045-503-9284
お問い合わせ先
横浜研究推進部Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.急性骨髄性白血病
成人に多い白血病の種類。慢性骨髄性白血病と異なって、原因となる遺伝子異常が多岐にわたることから治療薬の開発が困難であり、再発克服の手段が世界中で研究されている。 - 2.白血病幹細胞
これまで白血病は、血液のがんであり、単一の白血病細胞のクローン性の増殖と考えられてきた。しかし、同じ患者から得られる白血病細胞にも異なる性質を持つ細胞が存在し、白血病幹細胞こそが、白血病の発症と再発の責任細胞であることが実証されてきた。 - 3.白血病ヒト化マウス
ヒトの免疫・血液システムが生体内でどのように恒常性を維持し、ヒトの病気がどのように発症するかを研究するには倫理的制約が大きく、これまできわめて困難であった。その制約を克服するために開発されたヒトの正常免疫系や免疫・血液疾患を再現したヒト化マウスを白血病に応用したもの。患者から得られた白血病のおおもととなる細胞=白血病幹細胞を免疫不全マウスに移植して作られる。 - 4.サイトカイン
体内で免疫細胞をはじめ、さまざまな細胞から作られる生理活性物質。細胞の分化、成熟、運命決定、増殖など、それぞれのサイトカインによって特定の機能を持つことが知られている。 - 5.共焦点イメージング
目的とする分子が組織・細胞の局在や、異なる分子の発現の相関について、同時に複数の蛍光色素を用いて明らかにするイメージング手法。
図1 急性骨髄性白血病の臨床経過
抗がん剤の投与により、寛解状態(白血病細胞の数が減少した状態)を得られるが、多くの場合、やがて再発し、死の転帰をたどることが白血病治療の最大の問題となっている。
図2 サイトカイン投与による白血病幹細胞の細胞周期の変化
左:白血病を発症したヒト化モデルマウスの骨髄。骨髄内の細胞(青く染まるもの)はほぼすべて赤く染色されるヒト白血病細胞で充満しているが、骨髄と骨が接する部位(ニッチ)の幹細胞のみ緑の細胞周期を標識する物質が発現しておらず、細胞周期が静止している。
右:サイトカイン投与によって、ニッチに存在する白血病幹細胞も細胞周期が動き出し(緑の細胞周期を標識する物質が発現し)、抗がん剤によって死滅可能な状態に変化したことが分かる。
図3 白血病幹細胞の抗がん剤抵抗性のメカニズムとニッチの役割
白血病細胞の大部分を占める非幹細胞分画は、細胞周期が回って増殖しているため、現在の抗がん剤治療によって有効に死滅するが、白血病幹細胞は骨髄と骨の境界付近で抗がん剤抵抗性を示し、後に再発を引き起こす原因となる。今回の研究で、生理活性物質のサイトカインを投与することで、白血病幹細胞も細胞周期を動かし、抗がん剤への感受性が高まることが証明できた。この方法で幹細胞を死滅させ、白血病の根治へつながる可能性が期待できる。