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2012年2月27日

独立行政法人 理化学研究所

前立腺がんの発症に関わる4つの遺伝子多型を新たに発見

-日本人・日系人の前立腺がんをゲノムワイドで遺伝子多型(SNP)関連解析-

ポイント

  • 日本人と日系米国人の罹患(りかん)者7,141人と対照群11,804人が対象
  • 4つのSNPによる日本人の前立腺がんの発症リスクは1.15~1.2倍
  • 1つは、前立腺がん細胞増殖を抑制するビタミンK依存性酵素GGCXの発現に関与

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、文部科学省が推進するオーダーメイド医療実現化プロジェクト※1(久保充明プロジェクトリーダー)で実施した遺伝子の解析結果から、日本人の前立腺がんと関連がある新たな4つの一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)※2を発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(久保充明センター長代行)バイオマーカー探索・開発チームの中川英刀チームリーダーと、京都大学医学研究科泌尿器科学教室の小川修教授、赤松秀輔医師、秋田大学大学院腎泌尿器科学講座の羽淵友則教授、東京慈恵会医科大学泌尿器科学講座の頴川晋教授、岩手医科大学医学部泌尿器科学教室の藤岡知昭教授、東京大学医科学研究所の中村祐輔教授、および米国の南カリフォルニア大学、ハワイ大学などの国際共同研究グループによる成果です。

前立腺がんは世界で最も発症頻度の高いがんの1つです。日本でも食生活の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増加しています。これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見されてきたことから、前立腺がんの発症には遺伝的要因が深く関わり、また人種による差も大きいことが分かっています。

2010年に理研と東大を中心とした研究チームは、日本人を対象にゲノムワイドSNP関連解析※3を実施し、5つのSNPが日本人における前立腺がん発症と強い関連があることを発見しました。今回、国際共同研究グループは、さらに多くの日本人および米国カリフォルニアやハワイ在住の日系人(合計7,141人の前立腺がん罹患者群と11,804人の対照群)のサンプルを集めてゲノムワイドSNP関連解析を行い、新たに4つのSNPが日本人の前立腺がんと強く関連し、このSNPを持たない人に比べ発症リスクが1.15~1.2倍に高まることを見いだしました。そのうちの1つは、ビタミンK依存的に働く酵素のGGCX(γ-カルボキシラーゼ)※4の発現に関わり、GGCXはビタミンKの助けを得ながら前立腺がん細胞の増殖を抑制することが分かりました。これらの結果は、前立腺の発がんには、遺伝的要因とビタミンKなどの食生活(環境要因)とが複雑に関わることを示唆しており、今後日本人の前立腺がんの発症リスク評価や予防法の開発に貢献するものと期待できます。

本研究成果は、科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(2月26日付け:日本時間2月27日)に掲載されます。

背景

前立腺がんは世界で最も発症頻度の高いがんの1つで、一般的に欧米人に多くアジア人には少ないがんと考えられてきました。しかし、日本でも、食生活など生活習慣の欧米化や人口の超高齢化に伴い、その罹患者数は急激に増えてきています。日本における前立腺がんの年齢調整罹患率※5の年次変化で、前立腺がんは、1975年は10万人あたり7.1人と低い状況でしたが、1998年には同21.7人と約3倍に増加しています。また、2020年には罹患者数が8万人に近くになり、肺がんに次いで男性のがんで2番目に多くなると予測されています。さらに、2008年の前立腺がんの死亡者数は約1万人ですが、罹患者数の急増に伴い、2020年には2万人を超えるという予測もされています(出典:がん統計白書2004)。

前立腺がんの治療法には、男性ホルモンを抑制するホルモン療法、放射線療法、手術療法などがあり、これらの治療が有効なため他のがんに比べて治癒の可能性が高いがんとして知られています。しかし、高齢者の多くが症状のない超早期の前立腺がんにかかっているとの報告があり、また従来の診断によく使用されるPSA検診※6は治療が必要な前立腺がん検出の特異性が低く、医療経済的な面などで是非が問われるなど、前立腺がんの発症リスク評価や診断にはさまざまな問題があります。さらには前立腺がん患者の多い欧米では、男性ホルモンの産出を抑制する薬など新たな予防方法も検討されています。

前立腺がんの危険因子として、人種(アフリカ人>欧米人>アジア人の順に多いことが知られている)、食生活、体内のホルモン環境、加齢などが挙げられていますが、特定の危険因子は分かっていません。しかし、日本や欧米での研究で、これまでに前立腺がんの発症に関連する多数の遺伝子やSNPが発見され、前立腺がんの発症には遺伝的要因が深く関わっていることが明らかになってきています。

研究手法と成果

2010年に理研と東大を中心とした研究チームは、日本人における前立腺がんの関連遺伝子を見いだすため、オーダーメイド医療実現化プロジェクトで収集した合計4,584人の前立腺がん罹患者群と8,801人の対照群について、ゲノム医科学研究センターの高速大量タイピングシステム※7を使って約50万個のゲノムワイドSNP関連解析を行ってきました。その際に、新たに5つのSNPが前立腺がん発症と強い関連があることを発見しました(2010年8月2日プレスリリース)。

今回、国際共同研究グループは、さらに日本人(罹患者数1,524人、対照群1,961人)および米国カリフォルニアやハワイ在住の日系人(罹患者数1,033人、対照群1,042人)のサンプルを追加し、合計で7,141人の前立腺がん罹患者群と11,804人の対照群のDNAサンプルについてゲノムワイドSNP関連解析を行いました。米国在住の日系人を対象に加えたのは、遺伝的には日本人とほぼ同じですが環境要因が異なる可能性があり、その影響をみるためです。その結果、日本人の前立腺がんと強く関連する新たな4つのSNPを発見しました。また、これらのSNPがあると前立腺がんの発症リスクが1つにつき1.15~1.2倍に高まることも見いだしました(図1)

4つのSNPについて詳しく調べた結果、1つは、ビタミンK依存的な酵素活性を有するGGCX(γ-カルボキシラーゼ)の発現に関与し、GGCXはビタミンKの助けを得ながら前立腺がん細胞の増殖を抑制することが分かりました。

今後の期待

今回の結果は、前立腺がんの発症に、遺伝的要因とビタミンKなどの食生活(環境要因)とが複雑に関わることを示しています。ビタミンKは納豆や海藻類などの日本食に豊富に含まれており、主に血液凝固や骨の形成において重要な役割を担っています。近年の疫学的研究や細胞株での実験などでは、がんとの関わりも指摘されてきています。

今後、今回と2010年の研究で明らかになった20~30個のSNPと環境要因を組み合わせて研究を行うことにより、日本人の前立腺がんの発症リスク評価や予防法の開発が進展するものと期待できます。

原論文情報

  • Akamatsu S et al. “Common variants at 11q12, 10q26, and 3p11.2 are associated with prostate cancer susceptibility in Japanese”, Nature Genetics. 2012. doi, 10.1038/ng.1104

発表者

理化学研究所
ゲノム医科学研究センター
バイオマーカー探索・開発チーム
チームリーダー 中川 英刀(なかがわ ひでわき)
Tel: 03-5449-5786 / Fax: 03-5449-5785

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.オーダーメイド医療実現化プロジェクト
    文部科学省リーディングプロジェクトとして2003年から開始した。東京大学医科学研究所に設置されているバイオバンクジャパンに収集されたDNAや血清試料、臨床情報を解析し、遺伝子の違いを基に病気や薬の副作用の原因などを明らかにして、新しい治療法や診断法を開発するためのプロジェクト。理研ゲノム医科学研究センターは遺伝子解析の中心的な役割を果たしている。
    ゲノム研究バイオバンク事業バイオバンク・ジャパン(BBJ)
  • 2.一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism:SNP)
    ヒトゲノムは約30億塩基対からなるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがある。この塩基配列の違いのうち、集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基の違いであるSNPである。多型による塩基配列の違いが遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。
  • 3.ゲノムワイドSNP関連解析
    一塩基多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者とその疾患にかかっていない被験者の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ゲノムワイドSNP関連解析では、ヒトゲノム全体を網羅するような50~100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域や遺伝子を同定する。
  • 4.GGCX(γ-カルボキシラーゼ)
    ビタミンKを補酵素とする酵素で、標的タンパク質のグルタミン酸の側鎖のγ-カルボキシル基をさらにカルボキシル化してγ-カルボキシグルタミン酸にする。血液凝固反応や骨形成に重要な役割を担っているが、がんにおける機能は不明だった。ビタミンKは脂溶性ビタミンの1つで納豆や海藻類、緑黄色野菜などに多く含まれており、これまでの疫学的研究や細胞株での実験で、がんの発生を抑制する可能性が指摘されてきている。
  • 5.がんの年齢調整罹患率
    がんは高齢になるほど罹患率が高くなるため、人口の年齢構成が異なる集団でがんの罹患率を比較するためには、年齢構成の影響を補正しなければならない。年齢階級別に罹患率を計算し、標準とする人口集団の重みを掛け合わせて計算する。
  • 6.PSA検診
    PSA(prostate-specific antigen)は、前立腺組織で特異的に作られるタンパク質で、その値が高い場合は前立腺の異常を示す。血清値が10ng/ml以上が異常値となり、前立腺がんの集団健診に有用であると考えられている。日本でも多くの市町村がPSA検診を導入している。しかし、前立腺炎や前立腺肥大でも異常値を示し、また低くても多くの前立腺がんが見つかることから、前立腺がんの死亡率減少への貢献度や医療経済的な面で、PSA検診を住民検診として実施することへの問題点が指摘されている。
  • 7.高速大量タイピングシステム
    遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を高速、かつ大量に行うシステム。現在、理研ゲノム医科学研究センターでは、イルミナ社のインフィニウム法と、理研が独自に開発したマルチプレックスPCRを併用したインベーダー法の2つのタイピングシステムを用いてゲノムワイドSNP関連解析を行っている。
日本人前立腺がんに関連する4つのSNP・遺伝子のオッズ比の図

図1 日本人前立腺がんに関連する4つのSNP・遺伝子のオッズ比

5つのSNP関連解析(バイオバンクジャパン1、バイオバンクジャパン2、京都大学+秋田大学、慈恵医大、ハワイ+カリフォルニアの日系人)の結果を合計して、4つのSNPのオッズ比(発症リスク)を算出した。GGCX遺伝子(rs2028898)については、日系人のみ前立腺がんとの関連が証明されなかったが(青丸)、これはハワイやカリフォルニアの日系人は日本在住の日本人と食生活などの環境因子が異なることによる可能性がある。

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