2013年12月5日
理化学研究所
クラウドを利用した画像データの新基盤システム「ICP」を開発
-3D画像処理と大規模データの共有化システムの試験運用を2014年1月から開始-
ポイント
- 3次元画像処理と大量の研究画像データの保存をクラウド上で実現
- 高価なハード・ソフトを共有しコストを削減、研究の効率化・高度化へ
- 利用環境を問わず、Webブラウザから各種ソフト、GPUなどを利用可能
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、タブレットパソコンなど安価で一般的な端末で、計算負荷が高い3次元画像処理や大規模データの共有管理ができるクラウド[1]を利用した画像基盤システム「ICP(Image Communication Platform)」を開発、試験運用を2014年1月末から開始します。このシステムは、理研光量子工学研究領域(緑川克美領域長)画像情報処理研究チームの森田正彦テクニカルスタッフ、横田秀夫チームリーダー、情報基盤センターの姫野龍太郎センター長らの共同研究グループが開発しました。
自然科学分野や、ものづくりなどの工学分野では、観察や計測の実験結果は、画像データで取得することが一般的です。得られた画像データを3次元画像処理などで解析したり、共有情報として管理したりすることは、プロジェクトや共同研究を成功させる上で重要です。しかし、画像データを共有して解析、管理するには、研究室ごとに高性能なコンピュータや高価なソフトウェアを用意する必要があり、複雑な運用とコスト増を招いていました。また、画像処理が研究の対象ではない研究室にとって、高度なツール類を揃え、使い方を習得するのは大変でした。
一方、これまで理研では、画像データの可視化、注目領域の抽出、力学シミュレーションモデルへの変換などが可能な独自の画像処理システム「VCAT(Volume-Computer Aided Testing)[2]」を開発してきました。今回、このシステムをクラウドと呼ばれるネットワークを介した仕組みに拡張し、他のソフトやハードも含めて画像データの解析、共有管理をできるようにした新しい画像基盤システムICPを開発、試験運用を開始することとしました。ICPは高度画像処理を簡便に実現する基盤システムとして、画像データに基づくさまざまな研究プロジェクトの効率化・高度化に貢献することが期待できます。
本研究開発は、理研内分野横断研究促進を目的とした「戦略的研究展開事業」(研究代表者:中野明彦)の一環として行われ、12月4日(火)~6日(金)に愛媛県県民文化会館ひめぎんホールで開催される国際会議「1st International Workshop on BioImage Recognition」にて発表します(発表日時:12月5日 午後3時20分)。
背景
自然科学分野や医療分野、ものづくりなどの工学分野では、観察や計測の結果は画像データで取得することが一般的です。例えば、レーザー顕微鏡を利用した観察では、ある時間間隔で測定した波長ごとの強度を画像データとして取得します。また、非破壊計測技術であるX線CTやMRIでは、測定対象物の内部構造を画像データで取得します。これらの観察・計測装置で得た複数の画像データを3次元画像処理などで解析したり、共有情報として管理したりすることは、プロジェクトや共同研究において新しい知見を得たり、提案する理論・数理モデルの正当性を得るために、非常に重要です。特に、現在の科学は最新の解析技術により支えられていることから、画像や情報の処理に関わる研究者と、それらを対象としない研究者との連携が非常に重要です。しかし、画像データを共有して解析、管理するためには、研究室ごとに高性能なコンピュータや高価なソフトウェアを用意する必要があり、コストの増大につながっていました。さらに、画像処理を対象としない研究室にとって、高度なツール類を揃えたとしても、その使い方を習得するのは大変でした。
一方、これまで理研では、画像データを処理・解析するための独自の画像処理システム「VCAT(Volume-Computer Aided Testing)」を開発してきました。VCATは、①測定対象物の特徴を保存しながら高速に画像を平滑化するノイズ除去フィルター、②ボリュームレンダリング[3]や任意の曲線断面による可視化、③注目する領域の自動抽出、④インタラクティブな操作による注目領域の抽出、⑤機械学習による画像分類、⑥力学シミュレーションモデルへの変換などの機能を備えています。また、直感的な操作が可能なユーザインタフェース「GUI(Graphical User Interface)」も備えているため、使い方も簡単です。
今回、共同研究グループはVCATを組み込んだ高性能かつ簡便な画像処理を広く提供する、新しい基盤システムの構築を試みました。
研究手法と成果
共同研究グループは、VCATをクラウドと呼ばれるネットワークを介した仕組みに拡張し、画像データの解析と共有管理ができる新しい画像基盤システム「ICP(Image Communication Platform)」を開発しました(図1)。ICPでは、画像処理としてVCATだけでなく、市販やオープンソースのソフトウェアも使用できます。また、最新のグラフィックスカードなど高性能なハードウェア群も含めてパッケージとして使用可能です。
ICPは新たに開発したクラウドベースド・インタラクティブ技術[4]により、計算負荷が大きな3次元画像処理(図2)や、大規模データの共有管理を、タブレットパソコンなど安価で一般的な端末でも行えるようにしました(図3)。また、ユーザーが操作中(マウスのドラッグによる3次元画像の回転など)の際に、解像度を落とし低画質な情報を自動的に送受信する画質自動調整技術を組み込んでいるため、タブレットパソコンなどの端末でも負荷なく操作できます(図4)。さらに、画像処理の履歴に基づいて処理の前後の関係を保存する機能や、過去の画像処理の作業履歴をそのまま別の画像データに対して適用する機能を持っています。この機能を使えば、観察・計測条件を変えながら得た複数の画像データに対して、同一の処理・解析を適用し、効率よく結果を比較することができます。
各研究室はクラウドを介して、これらの機能をすべて使用できるため、必要なときだけ、新たな投資なしに、客観的な解析結果を得ることができます。
今後の期待
科学技術全般で画像データを効率的に解析、管理することの重要性が増しています。ICPは、3次元画像処理などの情報技術や、最新のハードなどの情報資源を組織全体で共有することにより、画像処理が研究の対象ではなかった研究室にとっても効率的に優れた画像処理を実現できるため、増大する画像情報処理の画期的な基盤として期待できます。
2014年1月末からICPの試験運用を開始し、将来は世界中の研究者が使える画像処理基盤システムとして公開することを目指します。
本研究開発は、理研内分野横断研究促進を目的とした「戦略的研究展開事業」(研究代表者:中野明彦)の一環として行われ、12月4日(火)~6日(金)に愛媛県県民文化会館ひめぎんホールで開催される国際会議「1st International Workshop on BioImage Recognition」にて発表します(発表日時:12月5日 午後3時20分)。
発表者
理化学研究所
光量子工学研究領域 エクストリームフォトニクス研究グループ 画像情報処理研究チーム
チームリーダー 横田 秀夫 (よこた ひでお)
お問い合わせ先
光量子工学研究推進室 広報担当
Tel: 048-467-9258 / Fax: 048-465-8048
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.クラウド
クラウドコンピューティング。ネットワークを介して、ユーザーにネットワーク上に点在するさまざまなソフトウェア・ハードウェア資源を、あたかもユーザー側の機能として仮想的に提供する仕組み。 - 2.VCAT(Volume-Computer Aided Testing)
現実に存在するものをコンピュータ内に3次元画像(ボリューム)として再現し、設計・シミュレーション、加工につながる形状モデルを作成することを目的に開発した理研独自の画像処理ソフトウェア。 - 3.ボリュームレンダリング
3次元画像の明るさを視線方向に積分(集積)することで、画像内に観察・計測された厚みを持った異なる材料からなる物体を可視化するコンピュータグラフィックスの技術。 - 4.クラウドベースド・インタラクティブ技術
汎用のウェブブラウザを介して高性能グラフィックスカードやCPUパワーが必要なソフトウェアを操作するために画像情報処理研究チームが新しく開発した下記の3つの要素技術を組み合わせた総称。
- 1.画面更新検出・送受信技術:画面更新の必要性を既に描画している画面との差分で検出し、必要な場合にのみ画面を送受信する方法。
- 2.画面分割・送受信技術:画面を分割してユーザーの入力や描画の結果に基づいて、必要な部分のみを送受信する仕組み。
- 3.画質自動調整技術:画面操作中は送受信する画面の画質を下げ、操作終了後に画質を上げる手法(図4)。
図1 開発した新しい画像基盤システムICPの概要
今まで困難だった計算負荷が高い3次元画像処理や大規模データの共有管理を、安価で一般的なタブレットパソコンや携帯端末などで実現するクラウドを利用した画像データの新基盤システム。これにより、画像データに基づくさまざまな研究の効率化・高度化が進むと期待できる。
図2 ICPを利用した高度な画像可視化・処理例
計算負荷が大きな一連の3次元画像処理の例。左の画像は、人体のCT画像をボリュームレンダリングで可視化し、同時に軸にそった断面と曲線断面を表示したもの。このCT画像から注目領域としてそれぞれの筋肉を抽出し(中央)、力学シミュレーションモデルに変換することができる(右)。
図3 安価で一般的な端末を介しての3次元画像処理例
通常、3次元画像の可視化やインタラクティブな画像処理は、高性能グラフィックスカードを搭載した高価なデスクトップパソコンが必要となる。今回開発したICPを用いることにより、そのようなグラフィックスカードを搭載していない安価で一般的な端末上で3次元画像の可視化・処理ができるようになった。これは開発したクラウドベースド・インタラクティブ技術により、ネットワーク上に存在するハードウェアとユーザー側の端末の間の操作および処理結果のリアルタイムな送受信を実現した結果である。
図4 画質自動調整技術の模式図
ユーザーが操作中(マウスのドラッグによる3次元画像の回転など)の際に、解像度を落とし低画質な情報を自動的に送受信する方法。図は生きた細胞の細胞質、細胞核、およびミトコンドリアを観察した3次元画像のインタラクティブな回転操作の例。