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  3. 研究成果(プレスリリース)2014

2014年1月28日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学
独立行政法人物質・材料研究機構

スキルミオン分子の生成と低電流密度での駆動に成功

-磁気輸送特性、高密度・低消費電力性を高める磁性材料-

ポイント

  • 理論予測したトポロジカルチャージ2を持つスキルミオン分子を磁場中に生成
  • 強磁性磁壁を駆動するために必要だった電流密度の1000分の1で駆動
  • スキルミオン分子の特性を備えた低消費電力の磁気メモリ素子の研究に弾み

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)、物質・材料研究機構(潮田資勝理事長)は、1軸異方性を持つ強磁性体[1]である層状マンガン酸化物「La1+2xSr2-2xMn2O7」薄膜中に、初めてトポロジカルチャージ[2]2を持つ電子スピン渦の結合状態「スキルミオン分子[3]」を生成し、可視化に成功しました。さらに、強磁性体中の磁壁[4]を駆動するのに必要とされる電流密度(1平方メートルあたり約10億アンペア)の1000分の1以下で、スキルミオン分子を駆動させました。これは、理研創発物性科学研究センター(十倉好紀センター長)強相関物性研究グループの于秀珍(ウ・シュウシン)上級研究員と十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、物質・材料研究機構先端的共通技術部門(藤田大介部門長)表界面構造・物性ユニット木本浩司ユニット長らによる共同研究グループの成果です。

物質中の電子スピンの向きを磁気情報として利用する磁気メモリ素子は、高速、不揮発性などの特徴をもつ次世代デバイスとして期待されています。近年盛んに研究されている磁気メモリは、電流で強磁性体細線中の磁壁を操作するデバイスです。しかし、磁壁を移動させるには、最低でも1平方メートルあたり約10億アンペアという大電流密度を必要とし、消費電力が大きいことが問題でした。このため、より小さな電流密度で駆動する方法が望まれていました。

そこで注目されているのが、電子スピンが渦状に並んだ磁気構造体「スキルミオン[3]」です。スキルミオンは強磁性体の磁壁と異なり、障害を避ける性質を持つため、強磁性磁壁より小さな電流密度で駆動できます。また、電子スピンが渦巻状に整列してスキルミオン構造をとると、トポロジカルチャージが生じます。1個のスキルミオンはトポロジカルチャージ1を有し、これが1ビットの情報量に相当します。ところが、より高いトポロジカルチャージをもたらすスキルミオンは、理論予測されていましたが、これまで実測例がありませんでした。

共同研究グループは、1軸異方性や外部から加えた磁場を制御しながら、初めて層状マンガン酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7中にトポロジカルチャージ2を持つスキルミオン分子を生成し、従来、強磁性磁壁を駆動するために必要な電流密度の1000分の1で駆動することに成功しました。これは、スキルミオン分子がもたらす磁気輸送特性、高密度・低消費電力という特性を備えた磁気メモリ素子の研究につながる重要な成果です。本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Communications』のオンライン版(1月28日付け:日本時間1月28日)に掲載されます。

背景

2009年に、ドイツの研究グループが中性子小角散乱実験で、2010年には、当共同研究グループが磁場中のローレンツ電子顕微鏡[5]観察で、らせん磁性体中に電子スピンが渦状に並んだスピン構造体「スキルミオン」(図1a)を発見しました。一定の磁場・温度では、スキルミオンが規則的に並び三角格子(スキルミオン結晶[3])を形成して、薄膜中に安定に存在しています。スキルミオン結晶に電流を流すと、スキルミオン中を通過する伝導電子にスキルミオンから実効的な磁場が加わり、トポロジカルホール効果[6]など新しい電磁気現象が現れたり、伝導電子のスピンの向きが変わったりします。それと同時に、スキルミオンも、伝導電子のスピンの向きの変化に応じて変化するため、回転したり電流方向へ移動したりします(スピントランスファートルク効果[7])。このようなスキルミオンは結晶中の欠陥などに捕獲されにくい性質があるため、強磁性磁壁駆動の電流密度より約10万分の1の小さな電流密度でスキルミオンを駆動できます。

また、電子スピンが渦巻状に整列してスキルミオン構造をとると、トポロジカルチャージが生じます。1個のスキルミオンはトポロジカルチャージ1を有し、これが1ビットの情報量に相当します。単位面積あたりのトポロジカルチャージが増加すると、スキルミオン中を通過する伝導電子に与える有効磁場が強まります。ところが、より高いトポロジカルチャージをもたらすスキルミオンは理論予測されていましたが、これまで実測例がありませんでした。

そこで共同研究グループは、理論予測されているトポロジカルチャージ2のスキルミオン分子を生成し、強磁性体より小さな電流密度で駆動することを目指しました(図1b、c)。

研究手法と成果

共同研究グループは、中心対称性を持つ層状マンガン酸化物La2-2xSr1+2xMn2O7を作製し、厚さ100ナノメートル(nm)以下の薄膜試料に磁場を加えながら電流を流し、ローレンツ電子顕微鏡で観察しました。

図2aに示した磁化の温度依存性と無磁場のときの(110)薄膜の磁区構造(図2b)から、この物質は磁化が[001]方向に配列しやすい性質をもつ、1軸異方性を有する強磁性体であることが分かりました。

次に、0.15テスラ(T)の弱磁場を(001)薄膜試料に加えながら-253℃まで冷やし磁場をゼロまで下げると、磁気バブル[8]の三角格子(図2c、d)が観察されました。観察された磁気バブルの磁化分布(図2dの挿入図)から、このバブルのトポロジカルチャージはゼロであることが分かりました。

また、ゼロ磁場で(001)薄膜試料を-253℃まで冷やした後に、0.35Tの磁場を膜面に垂直に加えたところ、トポロジカルチャージ2を持つスキルミオン分子の三角格子(図2e、f)が生成されました。このスキルミオン分子は“8”の字の形状で、スピン渦中心の磁化は膜面に垂直、互いに平行ですが、渦巻の方向が逆向きの2つのスキルミオンが束縛された状態でした(図1c)。

続いて、スキルミオン分子の電流下の振る舞いを考察するため、電子線が透過できる厚さ100nmの薄膜部分を持った、縦110μm、横20μm、厚さ100nm~5μmのLa2-2xSr1+2xMn2O7のマイクロ素子を作製しました(図3a)。この時の素子の電流/電圧の特性を示したのが図3bです。この素子に対して垂直な方向に磁場を加えながら、ローレンツ電子顕微鏡で素子の磁化状態を観察しました。その結果、ゼロ磁場では、温度が-268℃~-213℃の範囲でスキルミオン分子は生成されず、周期約100nmのストライプ構造が観測されました(図3c)。0.35Tの磁場を加えたところ、-268℃~-213℃の範囲で、直径約100nmのスキルミオン分子の三角格子が素子中に生成されました(図3d)。

電流によるスキルミオン分子の移動を調べるため、マイクロ素子(-253℃、印加磁場0.3T)に電流を流しながら、観察ました。ストライプ磁区とスキルミオン分子がそれぞれ独立して共存している状態(図4a、4b)に電流を流した時に、電流密度が約7×107アンペア/平方メートル(A/m2)を超えると、スキルミオン分子が電流の流れる方向と逆向きに流れることが分かりました(図4c、4d)。

また、スキルミオン分子とストライプ磁区が入り組んで混合している状態(図4e)に電流を流した時に、電流密度が7.5×107A/m2を超えると、ストライプ磁区がスキルミオン(図4f)へ転移した後に、電流の流れる方向と逆向きに流れました(図4g、h)。

一方、スキルミオン分子の三角格子に電流を流した場合には、電流密度が閾値(しきいち)2×107A/m2を超えると、スキルミオン分子が形態を崩しながら(図4i、j)、電流と逆方向に流れました(図4k、l)。この閾値は通常の強磁性体磁壁を動かす電流密度より1000分の1も低い値です。

今後の期待

今回、共同研究グループは、初めて強磁性体薄膜中にスキルミオン分子を生成し、従来の強磁性体における磁壁駆動に必要な電流密度に比べ1000分の1の低電流密度で、スキルミオン分子を駆動することに成功しました。この成果は、スキルミオン分子がもたらす磁気輸送特性、高密度・低消費電力を生かした磁気メモリ素子の研究・開発の推進につながると期待できます。

本研究の主たる部分は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の「強相関量子科学」事業(中心研究者:十倉好紀)によるもので、日本学術振興会を通じて助成され実施されました。また一部は文部科学省ナノテクノロジーネットワークによる支援を受けました。

原論文情報

  • "Yu, X.Z., et al. Biskyrmion states and their current-driven motion in a layered manganite", Nat. Commun.5:3198, doi:10.1038/ncomms4198 (2014).

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関物性研究グループ
上級研究員 于 秀珍(ウ・シュウシン)

創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀(とくら よしのり)
(強相関物性研究グループ グループディレクター
 国立大学法人東京大学大学院工学系研究科教授)

お問い合わせ先

創発物性科学研究推進室 広報担当
Tel: 048-467-9258 / Fax: 048-465-8048

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

東京大学大学院工学系研究科 広報室 永合由美子
Tel: 03-5841-1790 / Fax: 03-5841-0529
kouhou [at] pr.t.u-tokyo.ac.jp(※[at]は@に置き換えてください。)

独立行政法人物質・材料研究機構 広報室
Tel: 029-859-2598 / Fax: 029-859-2017

補足説明

  • 1.1軸異方性を持つ強磁性体
    磁化の向きがある結晶軸に沿って一様にそろう傾向がある強磁性体。一方、この結晶軸に垂直な方向には、磁化が向きにくい傾向もある。
  • 2.トポロジカルチャージ
    スピン渦は定められた番号を持つ。この番号をトポロジカルチャージと呼ぶ。トポロジカルチャージは常に整数で、正と負の値はスピン渦の巻き方向による。また、トポロジカルチャージが大きくなると、スピン渦中を通加する伝導電子に与える有効な磁場が強まる。二次元薄膜において、トポロジカルチャージが下記の式で定義される。
    トポロジカルチャージの数式の図は膜面内の磁化を表している。
  • 3.スキルミオン、スキルミオン結晶、スキルミオン分子
    スキルミオンとは、渦状の模様を形成しているスピンの集団構造(渦状スピン構造)のこと( 図1a)。固体中の原子の周期的な配列と同じように、スキルミオンが固体中に格子状に規則的に配列している状態を「スキルミオン結晶」と呼ぶ。スキルミオン分子は、渦中心の磁化が同じ方向で、渦の巻き方向は逆になっている2つスキルミオンの束縛状態を指す( 図1c)。
  • 4.磁壁
    一般に、磁性体の磁化状態は、磁化の向きが一様にそろった領域が複数集まって構成される。この領域を磁区と呼ぶ。隣り合う磁区の間では磁化の向きは異なり、その境界で磁化は緩やかに変化しながらつながる。このような磁区の境界領域を磁壁と呼ぶ。
  • 5.ローレンツ電子顕微鏡
    磁場による電子線の偏向を利用して、磁性体の磁化状態を実空間で観察する手法。空間分解能が高く、ナノメートルオーダーの磁化状態の観察に適している。一般の電子顕微鏡では試料に約2テスラの磁場がかかる磁界型レンズが使われるため、強磁場中ではスキルミオンをはじめとする不安定なスピン構造を見ることはできない。これに対してローレンツ電子顕微鏡では、試料にかかる磁場をゼロから数百ミリテスラの間で制御できるため、スキルミオンの直接観察が可能となる。
  • 6.トポロジカルホール効果
    試料に電流と磁場を互いに垂直方向に加え、電流と磁場の両方に直交する方向に起電力が現れる現象をホール効果という。スキルミオン結晶の場合、結晶中でスピンの向きが徐々に変化していることが伝導電子に対して実効的な磁場として作用し、これによって通常のホール効果に加えて更なる起電力が生じる。これをトポロジカルホール効果と呼ぶ。
  • 7.スピントランスファートルク効果
    スピンの向きが空間変化している領域(磁壁)に電流を流すと、伝導電子から磁性を担うスピンに、スピン角運動量の受け渡しが生じる。これによって、スピンにトルクが働き、その結果、磁壁が電流方向に平行移動する。
  • 8.磁気バブル
    1軸異方性を持つ強磁性体の磁化容易軸に垂直な膜面を切り出して、膜面に垂直な方向に磁場を加えた場合に形成される円柱状磁区。
スキルミオンとスキルミオン分子の図

図1 スキルミオンとスキルミオン分子

  • a: スキルミオン。短い矢印は電子スピンの向きを表す。長い矢印はスキルミオン中スピンの巻き方向を示す。スキルミオン中の電子スピンは渦巻き状に回りながら、中心に向かっていく。中心と最外周のスピンの向きは上下反対になる。
  • b: スキルミオン分子の模式図。
  • c: 強磁性体薄膜中に実験で観察されたスキルミオン分子。“+”と“-”はスピンの回転方向で、時計回りと反時計回りを示す。
La2-2xSr1+2xMn2O7(x = 0.315)中で観察された磁気構造の図

図2 La2-2xSr1+2xMn2O7(x = 0.315)中で観察された磁気構造

  • a: 層状マンガン酸化物「La2-2xSr1+2xMn2O7(x = 0.315)」における(110)と(001)方向磁化温度存性(青と赤の曲線)。挿入図は結晶構造の模式図。
  • b: (110)面の磁区構造。カラーホイル(左下)は磁化の方向を示す。従って、緑の領域の磁化は[001]方向に向いている。つまり、1軸異方性を有している。
  • c: (001)面におけるゼロ磁場のローレンツ電子顕微鏡により得られた像。
  • d: cで示している磁区内の磁化分布。黒い部分は面直磁化を、カラーの部分は面内磁化を示す。挿入図は1個のバブル内の磁化分布。矢印は磁化の大きさと方向を指す。
  • e: (001)薄膜面に対して垂直に0.35テスラ(T)の磁場を加えたときに観察されたスキルミオン分子の三角格子。
  • f: eで示している磁区内の磁化分布。挿入図は1個のスキルミオン分子内の磁化分布。スケールバーは300nm。

※(110)と(001)は結晶面を、[001]は結晶軸を表す。

マイクロ素子と素子の電流/電圧特性、および素子中で観察された磁区構造の図

図3 マイクロ素子と素子の電流/電圧特性、および素子中で観察された磁区構造

  • a: マイクロ素子の模式図。黄色部分は電極、グレー部分はLa2-2xSr1+2xMn2O7(x = 0.315)を示している。
  • b: マイクロ素子の電流/電圧特性。
  • c: ゼロ磁場で観察されたストライプ磁区構造。
  • d: 素子に対して垂直な方向に0.35テスラ(T)の磁場を加えて生成されたスキルミオン分子。写真右下のスケールバーは200nm。
マイクロ素子に電流を流した際のスキルミオン分子の移動の図

図4 マイクロ素子に電流を流した際のスキルミオン分子の移動

マイクロ素子(-253℃、加えた磁場0.3T)に電流を流しながら、ローレンツ電子顕微鏡でスキルミオン分子の移動を観察した様子。a, e, iの右下に示されたスケールバーは500nmに相当し、Jは電流密度を示す。lの挿入図は電流を加えていないとき、素子中に観察されたスキルミオン分子。

  • a・b:ストライプ磁区とスキルミオン分子が共存している状態。
  • c・d:電流密度が約7×107A/m2を超えると、スキルミオン分子が電流の流れる方向と逆向きに流れる。
  • e~h:スキルミオン分子とストライプ構造の磁区が混合している状態。電流密度が7.5×107A/m2を超えると、ストライプ構造の磁区がスキルミオンへ転移した後、電流の流れる方向と逆向きに流れる。
  • i~l:スキルミオン分子の三角格子のみの状態の場合。電流密度が2×107A/m2を超えるとスキルミオン分子が形を崩しながら、電流と逆方向に流れる。

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