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2014年3月27日

理化学研究所

ゲノム上の遺伝子制御部位の活性を測定し正常細胞の状態を定義

-生命の分子レベルでの理解に大きな一歩-

ポイント

  • プロモーター約185,000個、エンハンサー約44,000個を各種細胞で測定
  • 正常細胞の定義に活用可能なプロモーター、エンハンサー情報のリソースを作成
  • iPS細胞、繊維芽細胞などの細胞から目的の細胞を作るための基盤に

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)が主催する「FANTOM[1]」は、第5期のプロジェクトとして、正常な細胞を含む各種細胞や組織を収集し、それらのゲノムに存在するゲノムDNAからRNAへの書き写しをコントロールする遺伝子配列を網羅的に解析しました。これにより、遺伝子近傍にある「プロモーター(遺伝子近位制御部位)[2]」約185,000個、遺伝子遠方にある「エンハンサー(遺伝子遠位制御部位)[3]」約44,000個の活性をさまざまな細胞で測定しました。本研究では、理研予防医療・診断技術開発プログラムの林崎良英プログラムディレクター、川路英哉コーディネーターと、理研ライフサイエンス技術基盤研究センター(渡辺恭良センター長)機能性ゲノム解析部門のピエロ・カルニンチ部門長、同センターゲノム情報解析チームのアリスター・フォレストチームリーダーらが中心的な役割を果たしました。

2000年にRNAの機能をカタログ化することを目的に国際研究コンソーシアム「FANTOM」が発足しました。FANTOMは2009年までに4期にわたって活動し、その成果はiPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立研究など、生命科学に多大な貢献をしてきました。第5期(FANTOM5)では、ゲノムDNAからRNAへの書き写しをコントロールする遺伝子制御部位の網羅的な解析を続けてきました。

FANTOM5では、世界中の共同研究者の協力により収集した約1,000の細胞や組織(正常細胞の種類としては約180種類以上)の細胞サンプルを解析し、プロモーター約185,000個、エンハンサー約44,000個の活性を測定しました。今回の解析で、これらの遺伝子制御部位の多くが細胞特異的に働いていることが分かりました。さらに、研究でよく用いられるがん化した細胞株だけでなく、正常細胞に関する体系的な定義を得ることができました。解析にあたっては、CAGE法(Cap Analysis of Gene Expression法)[4]を用いました。CAGE法は細胞の遺伝子制御部位活性を非常に高感度計測できる理研独自の技術です。今後、iPS細胞や皮膚の繊維芽細胞などから、直接目的の細胞を作り出すための基本情報として活用されると期待できます。

本研究の成果は、2報の論文として英国の科学雑誌『Nature』(3月27日号)に掲載されます。また、関連する基礎情報は、論文発表と同時に理研のWEBサイトと国立遺伝学研究所の日本DNAデータバンク(DNA Data Bank of Japan: DDBJ)のデータベース上で公開され、バイオサイエンスデータベースセンター(NBDC)にも寄託されます。

背景

2000年、ゲノムDNAから転写されているRNAの機能をカタログ化することを目的に、理研が主催する国際コンソーシアム「FANTOM」が発足しました。FANTOMは、発足から2009年までに4期にわたって活動をしてきました。例えば、2003年の第3期(FANTOM3)では、DNA全体の70%以上がRNAに書き写されており、そのほとんどがタンパク質を作らずRNAのままで機能していること示し、RNAという重要な研究分野が発展するきっかけになりました。

第5期(FANTOM5)では、ゲノムDNAに書かれている情報やそれによって制御されるRNAに焦点を当て、細胞機能の解明を目指しました。ゲノムDNAがRNAに書き写される時、書き写す領域の先頭部分のゲノム配列近傍の「プロモーター(遺伝子近位制御部位)」と呼ばれる配列を目印に、RNAポリメラーゼ[5]が呼び込まれてきます。また、プロモーターより離れた位置の「エンハンサー(遺伝子遠位制御部位)」と呼ばれる配列は、細胞ごとにゲノムDNAのどの領域をどれだけ書き写すかを規定することにより、細胞の種類(機能)を規定しています。エンハンサーの活性を定量する効率的な方法はこれまでに存在しなかったことから、エンハンサー・プロモーターの各細胞における活性度合を明らかにすることが求められていました。

研究手法と成果

本研究手法の第1の特徴は、がん由来の細胞株だけではなく、正常な初代培養細胞をサンプルとしていることです。世界中の共同研究者の協力により、約1,000種類のサンプル(初代培養細胞やヒト手術組織、細胞株)を収集し、各々の中で働いている細胞そのままの状態のRNAを精製し解析に用いました。この中にはヒトで約400種類知られている正常細胞のうち180種以上が含まれます。

第2の特徴はCAGE法の活用です。これは、ゲノム上のRNAの書き出し位置を網羅的に同定し、かつサンプル中の各RNAの数をカウントすることができる理研の独自技術です。今回、理研はこれを改良し「1分子CAGE法」を新たに開発しました。一般の次世代シーケンサーによる解析ではPCRと呼ばれるDNA増幅反応が必ず必要となるため、この反応由来の偏りが生じます。本手法では一分子シーケンサーを用いることで増幅反応を回避し、測定結果から偏りを少なくすることができます。またその検出感度は、数個~10個の細胞中にある1分子のRNAを、99%以上の確率で検出できるほど高いものです。

今回、FANTOM5において、1分子CAGE法を用いて正常細胞を解析したところ、約185,000個のプロモーターを同定しました。このうちおよそ半分は新規に発見されたプロモーターです。今回発見したプロモーターは、組織特異的に働いているものが多いのが特徴です()。また、多くの細胞のCAGEデータを比較解析することにより、約44,000個のエンハンサーを同定しました。これまでにもエンハンサーは知られていましたが、大量のエンハンサーに関する活性をこれほど多数のサンプルで定量したのは初めてのことです。

今回の研究により、人体を構成する正常な細胞の性質を制御する遺伝子制御部位について、その活性を細胞の種類ごとに測定した包括的データが得られました。これは、ゲノムから読み解かれる情報を用いた網羅的かつ体系的な「正常細胞の定義」の基礎となります。臨床において病理診断で用いられる組織像などによる細胞の分類には限界があり、細胞の種類を定義づける決定的な方法が存在しませんでした。本研究で得られた細胞の定義を今後さらに充実させることで、ヒトゲノムが生成し得る細胞の全体像が明らかになると期待できます。従って今回の成果は、細胞の多様性がどのように制御されているかという問題の解決だけでなく、病的な状態を定義するために必要な「何が正常なのか」という「正常細胞の定義」の基本になるといえます。

また、今回発見されたエンハンサーには多数の疾患関連突然変異が発見されたことから、今後、疾患と遺伝子制御の関連の解明に役立つ基礎データとしての利用が期待できます。

さらに、遺伝子の活動を決定するプロモーターやエンハンサーを調節する転写因子セットの情報は再生医療、発生・分化をはじめとする広範な分野の研究において、基礎・応用の両面から画期的なリソースとなります。例えば、今回の成果の中には、iPS細胞を誘導するために必要な転写因子と呼ばれるタンパク質が結合するプロモーターやエンハンサーの情報が含まれます。これらの転写因子の情報を用いることで、再生医療などで必要な細胞を、iPS細胞だけでなく、皮膚の細胞などから直接作り出す際に有用なリソースを提供できるようになります。

今後の期待

本研究は、日本、オーストラリア、ドイツ、英国、ノルウェー、ロシア、デンマーク、米国、サウジアラビア、スウェーデン、オランダ、イタリア、スイス、南アフリカ、カナダ、韓国、フィンランドなどの20か国、114機関の261人の研究者のチームを理研が主導して推進したものです。研究成果は、今回発表の主要な論文2報が『Nature』に掲載されるほか、『Nature Biotechnology』, 『Genome Research』, 『Blood』, 『Molecular Biology and Evolution』, 『Proceedings of the National Academy of Sciences』, 『Nucleic Acids Research』, 『Molecular genetics and metabolism』 『BMC Genomics』, 『PLoS ONE』の各誌で計18報が発表されます。日本の科学の国際化と国際共同研究の成功例であるといえます。

今後理研では、今回の成果をもとに、予防医療、早期診断医療に資するデータを提供することを目指します。今回の研究では、「正常細胞の定義」を作り出しましたが、これとがんなどの細胞を比較することで、どのような異常が発生しているのかを詳細に解析することが可能になります。例えば、「どのようなプロモーター、エンハンサーが活性になったか、または活性を失ったか」を調べることにより、がんの悪性度の診断、抗がん剤の有効性、有効な抗がん剤などの評価に貢献すると期待できます。また、各種細胞について定義を作成することは、治療用幹細胞の作成など次世代の再生医療へ向けた重要なステップになります。作りたい細胞で活性化されるべきプロモーターやエンハンサーを制御している転写因子セットを入手しやすい細胞に入れることで繊維芽細胞からiPS細胞が誘導されるように、多様な細胞を自在に作り出す技術が生まれ、今後の再生医療のスムーズな発展の基礎となると考えられます。

原論文情報

  • RIKEN & FANTOM consortium, "An atlas of active enhancers across human cell types and tissues",
    Nature, 2014, doi:10.1038/nature12787

発表者

独立行政法人理化学研究所
予防医療・診断技術開発プログラム
プログラムディレクター 林崎 良英(はやしざき よしひで)

独立行政法人理化学研究所
ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門 LSA要素技術研究グループ ゲノム情報解析チーム
チームリーダー アリスター・フォレスト

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.FANTOM
    20カ国、114の研究機関が参加する国際コンソーシアム。FANTOMは、理研究のマウスゲノム百科事典プロジェクトで収集された完全長cDNAの機能注釈(アノテーション)を行うことを目的に、林崎良英予防医療・診断技術開発プログラムプログラムディレクターが中心となり2000年に結成された国際研究コンソーシアム。その役割は、トランスクリプトーム解析の分野を軸に発展・拡大してきた。また、プロジェクトの研究対象は、ゲノムの転写産物という「要素」の理解から、転写制御ネットワークという「システム」つまり「生命体のシステム」の理解へと発展し、知見を基礎・応用の両面で有用なリソースとして公開している。同時に、医療への応用の基礎となること目指している。
    FANTOMホームページ
  • 2.プロモーター(遺伝子近位制御部位)
    ゲノムDNAのRNAに書き写される領域の近くにあり、遺伝子を発現させる機能を持つ部分をプロモーター領域(配列)という。
  • 3.エンハンサー(遺伝子遠位制御部位)
    遺伝子の上流や下流に位置し、遺伝子の転写効率を変化させるDNAの特定の配列のうち、転写効率を著しく高める部分をエンハンサー領域(配列)という。
  • 4.CAGE法
    CAGE( Cap Analysis of Gene Expression)法は、理研が独自に開発した遺伝子解析技術で、転写開始点と呼ばれるRNAが書き写される領域の先頭(5’端)だけを次世代シーケンサーで解析する方法。読み取った配列をゲノム上で数えることで、転写開始点を同定するとともに、各転写開始点から書き出されているRNAの数を定量することができる。理研機能性ゲノム解析部門、ゲノムネットワーク解析支援施設(GeNAS)では、受託解析を通して、このCAGE技術を他の研究機関に広く提供している。
  • 5.RNAポリメラーゼ
    ヒトの細胞に存在する酵素の一種で、DNAの情報をRNAに書き写す働きをする。
解析データの一例の図

図 解析データの一例

横軸はゲノム上の位置で、カウントされたCAGEタグ(ゲノム上の各位置から書き写されているRNA)の数が積み上げグラフとして表示している。各行は細胞の種類ごとのカウントを示しており、細胞の種類によって活性化している領域が異なることが分かる。

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