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2014年10月28日

独立行政法人理化学研究所
独立行政法人農業生物資源研究所

日本のイネ175品種の代謝物すべてをゲノムワイド関連解析

-ある種のフラボノイドは「ハツニシキ」には含まれ「コシヒカリ」には含まれない-

ポイント

  • 二次代謝産物の組成に影響を与える143箇所の遺伝子多型を検出
  • イネに含まれる342種類の二次代謝産物を検出、そのうち91種類の構造を解明
  • 遺伝子組み換え技術を使わずに健康機能成分を含むイネ品種を開発へ

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)と農業生物資源研究所(生物研、廣近洋彦理事長)は、日本で栽培されているイネ175品種の二次代謝産物に注目したメタボローム[1](代謝物の総体)のゲノムワイド関連解析(GWAS)[2]を行い、89種類の二次代謝産物の含有量の品種間差に関係する143箇所の遺伝子多型[3]を検出することに成功しました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)統合メタボロミクス研究グループの斉藤和季グループディレクター、松田史生客員研究員(現大阪大学大学院情報科学研究科准教授)と、生物研農業生物先端ゲノム研究センターの矢野昌裕センター長(現農業・食品産業技術総合研究機構作物研究所所長)との共同研究グループの成果です。

イネには、性質の異なる多くの品種が存在します。それぞれの品種を比較すると、風味や耐病性の違いに関係する二次代謝産物の含有量に違いが見られ、その違いはゲノム中の遺伝子多型に由来するとされています。しかし、二次代謝産物の組成が品種間でどのくらい異なるのか、またその原因となる遺伝子多型との関連性などについては明らかにされていませんでした。

共同研究グループは、日本で栽培されているイネ175品種の葉からメタボロームデータを測定して、342種類の代謝物(一次代謝産物と二次代謝産物)を検出、そのうち91種類の構造を解明しました。また、イネの葉には、健康機能成分であるフラボノイドなどの二次代謝産物が多種類含まれており、その含有量は品種間で大きく異なることが分かりました。さらに、このメタボロームデータと、生物研が整備した遺伝子多型のデータを組み合わせたゲノムワイド関連解析を行い、89種類の二次代謝産物の含有量の品種間差に関係する143箇所の遺伝子多型の検出に成功しました。今後この遺伝子多型情報とイネゲノム[4]情報を併せて活用することで、遺伝子組換え技術を利用しなくても、短期間で有用代謝成分を強化した品種改良技術の開発や、健康機能性の高いイネの育種が可能になると期待できます。

本研究の一部は、農林水産省「新農業展開ゲノムプロジェクト」の助成を受けて行われました。成果は英国の科学雑誌『The Plant Journal』に掲載されるに先立ち、オンライン版(9月29日付け)に掲載されました。

背景

私たちが主食としているイネには、糖やアミノ酸などの一次代謝産物に加え、品種ごとの風味や耐病性の違いに関係する二次代謝産物が含まれています。二次代謝産物には、抗酸化成分などのさまざまな生理活性をもつものがあり、健康にも役立っています。イネには、ゲノムの塩基配列に多くの自然変異があり、それが原因で品種ごとに二次代謝産物の含有量が異なります。しかし、二次代謝産物の組成が品種間でどのくらい異なるのか、またその原因である遺伝子多型との関連性は十分には分かっていませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、日本で栽培されているイネ175品種を対象に、幼苗の葉に含まれる代謝物(一次代謝産物と二次代謝産物)を、「高速液体クロマトグラフ質量分析装置[5]」を用いたメタボローム分析パイプラインで解析しました。その結果、342種類の代謝物を検出しました。このうち、91種類の代謝物の構造の解明に成功し、アミノ酸などの一次代謝産物に加えて、抗酸化活性を持つフラボノイドなどの二次代謝産物が多種類含まれていることが明らかになりました(図1)。また、これらを品種間で比較したところ、「コシヒカリ」にはない種類のフラボノイドが「ハツニシキ」では多く含まれるなど、品種間で二次代謝産物の組成に大きなばらつきがあることを発見しました。

このばらつきの原因となるイネのゲノム中の遺伝子多型を検出するために、ゲノムワイド関連解析(Genome-wide Association Study: GWAS)を行いました。そこで、農業生物資源研究所(生物研)イネゲノム育種研究ユニットが世界に先駆けて整備してきた3,168個の一塩基多型(SNP)のデータと、上述のメタボロームデータを組み合わせた解析を行った結果、89種類の二次代謝産物の含有量の品種間差に関係する143箇所の遺伝子多型を検出することに成功しました(図2)。このなかには、二次代謝産物の含有量の増加に強く寄与しているものが見られました。

今後の期待

今回の成果は、生物研イネゲノム育種研究ユニットが整備した遺伝子多型データと理研環境資源科学研究センターが保有するメタボローム解析技術を組み合わせることで得ることができました。取得した代謝成分の自然変異に関する情報と、わが国が主導して解読したイネゲノム情報とを併せて利用することにより、新たなイネの品種改良や育成、例えば複数の健康機能成分を含むイネ品種などに活用できます。今後、さらに研究が進めば、遺伝子組換え技術を利用することなく、有用代謝物を多く含む新品種の育種技術を短期間で開発することにつながると期待できます。

原論文情報

  • Fumio Matsuda, Ryo Nakabayashi, Zhigang Yang,Yozo Okazaki, Jun-ichi Yonemaru, Kaworu Ebana, Masahiro Yano, and Kazuki Saito. "Metabolome-genome-wide association study (mGWAS) dissects genetic architecture for generating natural variation in rice secondary metabolism". The Plant Journal, 2014, doi: 10.1111/tpj.12681

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ
グループディレクター 斉藤 和季(さいとう かずき)
客員研究員 松田 史生(まつだ ふみお)
研究員 岡咲 洋三(おかざき ようぞう)

独立行政法人 農業生物資源研究所
農業生物先端ゲノム研究センター
イネゲノム育種研究ユニット
主任研究員 米丸 淳一(よねまる じゅんいち)

遺伝資源センター
多様性活用研究ユニット
主任研究員 江花 薫子(えばな かをる)

報道担当

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

独立行政法人農業生物資源研究所 広報室
Tel: 029-838-8469 / Fax: 029-838-8465

補足説明

  • 1.メタボローム

    ある植物や生体組織に含まれる代謝物などの全ての小分子の総体を示す概念。理研環境資源科学研究センターでは4種の分析装置を組み合わせた世界で最も広範囲に代謝物を分析できるメタボローム分析パイプラインを構築している。今回は二次代謝産物の分析を得意とする高速液体クロマトグラフ-質量分析装置に基づく手法でメタボロームデータを取得した。

  • 2.ゲノムワイド関連解析(GWAS)

    ゲノム上に散在する塩基配列の多型情報から、品種間差の原因となる変異を検出する統計的手法。今回は、農業生物資源研究所イネゲノム育種研究ユニットが整備した3,168個のSNP情報を遺伝型データとして用いた。

  • 3.遺伝子多型、一塩基多型(SNP)

    個人の体質や疾患へのかかりやすさは、環境要因とともにゲノムDNA配列の多様性によって決まる。遺伝子のDNA配列の違いのうち、集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして一塩基の違いによる一塩基多型(SNP:Single-nucleotide polymorphism)がある。

  • 4.イネゲノム

    イネのDNAに含まれる遺伝情報の全体を指す。イネゲノム塩基配列解読は、日本を含む11の国と地域が国際協力体制で行い、2004年に解読を終了した。

  • 5.高速液体クロマトグラフ-質量分析装置

    二次代謝産物の分離に優れた高速液体クロマトグラフと、その質量を測定する質量分析装置を組み合わせた機器。イネ由来の複雑な代謝物を分離して、含有量を測定し、さらにその構造を推定することができる。

検出したイネの代謝物(一部)の図

図1 検出したイネの代謝物(一部)

アミノ酸、ポリアミンアミドなどの一次代謝産物に加えて、多様な構造をもつフラボノイド類(二次代謝産物)を生合成することが明らかとなった。

イネ175品種の二次代謝産物に注目したメタボロームのゲノムワイド関連解析の図

図2 イネ175品種の二次代謝産物に注目したメタボロームのゲノムワイド関連解析

  • (a) 3,168個の遺伝子多型(今回はSNP)データを用いたゲノムワイド関連解析結果。横軸はイネ染色体上の各SNPの位置を示し、縦軸は見つかったSNPの確からしさを示す。
  • (b) イネゲノム上3,168箇所のSNP(上段)と、342代謝物(下段)の関連。赤線はアミノ酸やフラボノイドなど代謝物の含有量と遺伝子多型の間に高い関連があることを示している。89種類の二次代謝産物の含有量の品種間差に関係する、総計143箇所の遺伝子多型を検出することに成功した。例えばフラボノイド-C-配糖体の含有量は6番染色体上のSNPの遺伝型に強く影響を受ける。

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