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2014年12月17日

独立行政法人理化学研究所
フランス国立保健医学研究所

頚部動脈解離症の疾患感受性遺伝子「PHACTR1」を発見

-片頭痛や心筋梗塞など血管疾患のメカニズム解明に貢献-

要旨

理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター統計解析研究チームの鎌谷洋一郎 副チームリーダーと、フランス国立保健医学研究所(Inserm)のステファニー・デベット研究員、フィリップ・アムイエル教授らの国際共同研究グループは、頚部動脈解離症の疾患感受性遺伝子[1]PHACTR1[2]」を発見しました。

頚部動脈解離症は発症頻度は少ないものの、若いころに発症する脳梗塞の主要な原因の1つとされています。脳に血液を供給する動脈(頚動脈または椎骨動脈)の血管壁が剥がれて神経を圧迫したり、動脈内で血栓ができ下流の小血管を詰まらせて脳梗塞を起こしたりします。軽度の頚部外傷や、感染症、片頭痛、高血圧があると、頚部動脈解離症を発症しやすいと報告されていますが、発症メカニズムはほとんど分かっていません。

これまでの研究から、頚部動脈解離症の発症には遺伝的因子が関与しているという報告が多数あり、本疾患のリスクに関与する遺伝子の研究は、疾患の発症メカニズムの理解と予防法の改善に重要な役割を果たすと考えられていました。

欧州、米国を中心とした研究者は、2004年にCADISPコンソーシアム[3]を結成し、頚部動脈解離症の患者1,393人と、対照者14,416人に対してゲノムワイド関連解析(GWAS)[4]を行い、頚部動脈解離症の発症に関与する遺伝子を探索しました。その中で、GWASなどの主要な解析は、理研の鎌谷副リームリーダーらが行いました。解析の結果、PHACTR1遺伝子に特定の遺伝的変異を保有する人は、頚部動脈解離症になりにくいことを発見しました。この遺伝的変異は片頭痛になりにくい変異であり、一方では、心筋梗塞になりやすい変異であることも分かりました。

今後、PHACTR1遺伝子を含むゲノム領域が血管の機能に影響を与える詳しいメカニズムが解明されれば、これらの疾患の治療に対して大きな貢献が期待できます。

本研究は、米国の科学雑誌『Nature genetics』のオンライン版(11月24日付け)に掲載されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム
副チームリーダー 鎌谷 洋一郎(かまたに よういちろう)

フランス国立保健医学研究機構(Inserm)
研究員 Stéphanie Debette(ステファニー・デベット)
教授 Phylippe Amouyel (フィリップ・アムイエル)
研究員 Jean Dallongeville (ジャン・ダロンジェヴィル)

マギル大学 ゲノム・ケベック・イノベーション・センター
教授 Mark Lathrop(マーク・ラスロップ)

背景

頚部動脈解離症(頚動脈・椎骨動脈壁血栓症とも呼ぶ)は、若いころに発症する脳梗塞の主要な原因の1つです。罹患率は、年間10万人に2.6人注)と、比較的罹患頻度の少ない疾患です。軽度の頚部外傷、感染症、片頭痛、高血圧がある場合、頚部動脈解離症を発症しやすいという報告がある一方、肥満症、高コレステロール血症がある場合は発症しにくくなることが報告されています。しかし、その発症に至るメカニズムはほとんど明らかになっておらず、予防戦略を立てることも困難でした。

遺伝疫学解析は、ヒトゲノム上の遺伝子について、特に仮説を立てずに、実際の患者サンプルの観察結果のみを対象に統計学的にその遺伝子が病気発症に関係しているかどうかを明らかにしようとするものです。全ゲノム解析の場合は、ヒトゲノム上の全遺伝子について網羅的に検討します。こうした性質から、すでによく研究されている疾患について思いがけない遺伝子の関与が明らかになったり、発症メカニズムが不明の疾患で最初の鍵となる遺伝子の発見に結びついたりする場合がありました。

そこで欧州、米国を中心とした研究者は2004年にCADISPコンソーシアムを結成し、遺伝疫学的解析手法の1つ「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」を行って頚部動脈解離症の疾患感受性遺伝子を解明しようと試みました。

注)Debette, S. & Leys, D. Cervical-artery dissections: predisposing factors, diagnosis, and outcome. Lancet Neurol 8, 668-78 (2009).

研究手法と成果

理研の鎌谷洋一郎 副リームリーダーらは、頚部動脈解離症の患者942人と対照者9,259人に対してGWAS(CADISP-1)を行い、さらに頚部動脈解離症の患者451人と対照者5,157人に対してGWAS(CADISP-2)を追加で行いました。CADISP-1とCADISP-2とを合わせて解析(メタ解析[5])したところ、「PHACTR1遺伝子」と「LRP1遺伝子」が、頚部動脈解離症のなりやすさに関係する遺伝子として検出されました。

CADISPグループはさらに新たな595人の頚部動脈解離症患者と2,538人の対照者を追加で収集し、再現性を確認しました。その結果、LRP1遺伝子について再現性は確認できませんでしたが、PHACTR1遺伝子は頚部動脈解離症へのなりやすさに関係していました。

頚部動脈解離症のなりやすさに関係すると分かったのは、PHACTR1遺伝子上のrs9349379と名付けられた一塩基多型(SNP)[6]です。白人集団の染色体上のこの場所の塩基は5割以上がアデニン(A)で、残りはグアニン(G)です。ヒトの染色体は2本で構成されますが、両方ともA/Aである人と比較すると、A/Gである人は頚部動脈解離症へのなりやすさが25%ほど低いことが分かりました()。

今後の期待

国際共同研究グループが発見した頚部動脈解離症の疾患感受性遺伝子PHACTR1の機能はまだ不明な点も多く、その機能をより詳しく解明することで治療や予防方法の解明に結びつくと期待できます。

また、PHACTR1遺伝子はすでに心筋梗塞、冠動脈石灰化、そして片頭痛と関連することがGWASによって報告されています。1つの遺伝的変異が2種類以上の疾患と関連することを多面的関連(Pleiotropy)と呼び、病態生理メカニズム解明の重要な要素になります。これらの疾患は、いずれも血管で起きる病気であり、これらの血管系疾患のメカニズムについて、より広い視点で研究が可能になると考えられます。

原論文情報

  • Stéphanie Debette, Yoichiro Kamatani, Tiina M Metso, Manja Kloss, Ganesh Chauhan, Stefan T Engelter, Alessandro Pezzini, Vincent Thijs, Hugh S Markus, Martin Dichgans, Christiane Wolf, Ralf Dittrich, Emmanuel Touzé, Andrew M Southerland, Yves Samson, Shérine Abboud, Yannick Béjot, Valeria Caso, Anna Bersano, Andreas Gschwendtner, Maria Sessa, John Cole, Chantal Lamy, Elisabeth Medeiros, Simone Beretta, Leo H Bonati, Armin J Grau, Patrik Michel, Jennifer J Majersik, Pankaj Sharma, Ludmila Kalashnikova, Maria Nazarova, Larisa Dobrynina, Eva Bartels, Benoit Guillon, Evita G van den Herik, Israel Fernandez-Cadenas, Katarina Jood, Michael A Nalls, Frank-Erik De Leeuw, Christina Jern, Yu-Ching Cheng, Inge Werner, Antti J Metso, Christoph Lichy, Philippe A Lyrer, Tobias Brandt, Giorgio B Boncoraglio, Heinz-Erich Wichmann, Christian Gieger, Andrew D Johnson, Thomas Böttcher, Maurizio Castellano, Dominique Arveiler, Mohamed Arfan Ikram, Monique MB Breteler, Alessandro Padovani, James F Meschia, Gregor Kuhlenbäumer, Arndt Rolfs, Bradford B Worrall, for the International Stroke Genetics Consortium, Erich-Bernd Ringelstein, Diana Zelenika, Turgut Tatlisumak, Mark Lathrop, Didier Leys, Philippe Amouyel, and Jean Dallongeville for the CADISP group, "Common variation in PHACTR1 is associated with susceptibility to cervical artery dissection",Nature genetics, 2014, doi: 10.1038/ng.3154

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム
副チームリーダー 鎌谷 洋一郎(かまたに よういちろう)

フランス国立保健医学研究機構(Inserm)
研究員 Stéphanie Debette(ステファニー・デベット)
教授 Phylippe Amouyel(フィリップ・アムイエル)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.疾患感受性遺伝子
    単一遺伝子病の原因遺伝子のように遺伝子に変異があると必ず発症するというものではなく、変異があると発症しやすくなったり、逆に発症しにくくなったりする遺伝子。
  • 2.PHACTR1
    血管に関係する可能性が考えられているタンパク質PHACTR1の遺伝子。機能はまだ十分解明されていない。近年、ゲノムワイド関連解析により複数の病気の疾患感受性遺伝子であることが判明し、注目されている。
  • 3.CADISPコンソーシアム
    CADISPはCervical Artery Dissections and Ischemic Stroke Patientsの略。頚部動脈解離症(cervical artery dissection)の病態を解明するために結成された、欧州各国からなる国際共同研究グループ。後に米国の研究機関もサンプルを提供した。
  • 4.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
    GWASはGenome Wide Association Studyの略。遺伝疫学解析の中でも、ありふれた疾患を対象とした手法。ヒトゲノム全体の頻度の高い変異を代表する1人あたり30万~1,000万の遺伝的変異を、数百人以上(通常は数千人以上)の規模で一度に調べる遺伝的関連解析(病気の人と、その病気を持っていない人との間での遺伝的変異の頻度の違いを見る統計学的検定)を指す。ビッグデータを対象とし、実験のばらつきなどさまざまなノイズの統制を上手に行うことができるため、極めて確実性の高い解析が可能。
  • 5.メタ解析
    2つ以上の統計解析結果を合わせる際に、それぞれの解析結果でばらつきのある面を統計学的に排除し、偏りのない合算をする手法。
  • 6.一塩基多型(SNP)
    SNPはSingle Nucleotide Polymorphismの略。ヒトゲノムは約30億塩基対からなるが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがある。この塩基配列の違いのうち、集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基違いのSNPである。
GWASならびに再現性研究の各サンプルセットにおける遺伝的変異のオッズ比の図

図 GWASならびに再現性研究の各サンプルセットにおける遺伝的変異のオッズ比

白人集団において最も多く存在するA/Aの人のリスクを真ん中の縦の線としたとき、少数派であるグアニン塩基(G)を持つ人の病気へのリスクを観察された各集団について比率で示した図。左側に四角(青)や菱形(赤)があるとGを持つ人のほうが疾患になりにくい因子であることを示す。横の線は統計学的に推定されたばらつきを意味し、これが真ん中の縦線をまたいでいなければ統計学的に有意な効果であると言える。全サンプルを統合した効果推定は「GWAS + Replication meta」行に示されている。

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