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2022年5月9日

理化学研究所

トンガ海底火山噴火のラム波を鮮明に可視化

-ひまわり8号が捉えた波の全貌-

理化学研究所(理研)計算科学研究センターデータ同化研究チームの三好建正チームリーダー(開拓研究本部三好予測科学研究室主任研究員、数理創造プログラム副プログラムディレクター)、大塚成徳研究員(開拓研究本部三好予測科学研究室研究員、数理創造プログラム研究員)の研究チームは、気象衛星ひまわり8号の画像を用いて、2022年1月に発生したトンガの海底火山噴火に伴う音波の一種である「ラム波[1]」を鮮明に可視化する手法を独自に開発しました。さらに、この画像からラム波を自動抽出する手法を開発し、到達時刻分布や地上気圧観測との関係を明らかにしました。

本研究成果は、火山噴火などに伴う大気波動やそれに伴う潮位変動の科学的理解と実況監視、観測データと大気・海洋の大規模計算との融合によるシミュレーションの高度化や将来的な予測手法の開発に貢献すると期待できます。

今回、研究チームは、データ同化研究チームによるひまわり8号を用いたこれまでの天気予報研究の知見を生かし、トンガの海底火山噴火に伴う大気波動に関する即応研究に取り組みました。10分ごとに得られるひまわり8号の画像の差分を作成し、さらにその差分を作成することで、約310m/sで伝わるラム波が1週間にわたって地球を5周する様子を示しました。さらに、この画像からラム波を自動抽出することで、西太平洋からインド洋東部にかけての第一波の到達時刻を面的に明らかにしました。この衛星画像の解析結果は、日本で観測された気圧変動とよく一致しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Geophysical Research Letters』(4月15日付)に掲載されました。

日本時間2022年1月15日18時の解析画像の図

日本時間2022年1月15日18時の解析画像(赤い部分は海岸線・緯線・経線を示す)

背景

日本時間2022年1月15日に発生したトンガの海底火山フンガトンガ・フンガハアパイの噴火に伴い、急激な気圧の変動が発生し、大気中の波(大気波動)として地球全体に伝わりました。これに伴い世界の各地で潮位の変動が引き起こされたと考えられ、日本でも被害が生じました。

火山噴火に伴う大規模な気圧変動は過去にも例があり、特に1883年にインドネシアのクラカタウ火山が噴火した際のものがよく知られています。このときは、大気波動の中でも特に遠方まで伝わりやすい音波の一種である「ラム波」が地球を3周したことが記録に残っています。今回の現象はそのとき以来の規模であり、およそ140年ぶりとなります。従って、今回の事例は火山噴火に伴う大規模な気圧変動が最新の観測機器(気象衛星ひまわり8号)で捉えられた初めての例となります。

ひまわり8号は2014年に打ち上げられ、2015年から運用されている最新世代の静止気象衛星です。ひまわり8号は、16の異なる光の波長帯で地球の画像を撮像しています。三好建正チームリーダーらは2018年に、ひまわり8号による観測ビッグデータを用いて10分ごとに更新する気象予測手法を開発し、台風や集中豪雨、それに伴う洪水の予測への有効性を確認しました注1)

今回のひまわり8号の観測によって、噴火の様子や大気波動が克明に記録され、発生直後から報道やSNSなどで広く知られることとなりました。本研究では、ひまわり8号によって捉えられた大気波動を鮮明に可視化することで、ラム波がどのように伝わったのかを明らかにするとともに、地上で観測された気圧変動と比較することで、なぜ気象衛星観測で今回の現象が明瞭に捉えられたのかを明らかにすることを目的として、即応研究に着手しました。

研究手法と成果

研究チームは、ラム波の可視化のために、「水蒸気画像」と呼ばれる6.2マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の波長帯における衛星画像を利用しました(図1左端)。水蒸気画像は上空の水蒸気分布を反映した画像で、おおむね滑らかな分布を示すことから、細かな雲の分布に邪魔されることなく大気波動を調べることができます。

異なる時刻の気象衛星画像の差分を取ると、二つの時刻の間に変化した部分が分かることから、噴火に伴う大気波動が可視化できます(図1左から2番目)。そのため、この差分画像は報道やSNSなどで広く用いられました。今回は、差分画像のさらに差分を作成することで、波をより鮮明に可視化できる手法を発見しました(図1右)。差分を1回取っただけでは、ラム波はまだ明瞭に見えませんが、差分を2回取ることで、大気波動の中でも特に速い速度で伝わるラム波の部分を強調できます。この手法を用いるには、撮像間隔を十分短くする必要があります。ひまわり7号以前の全球画像の撮像間隔は30分だったのに対し、ひまわり8号は10分間隔で撮像できるため、本手法に適用可能でした。

画像解析の手法の図

図1 画像解析の手法

10分ごとに得られる気象衛星ひまわり8号の水蒸気画像を用いて解析した。2枚の画像の差分を作成し、さらにその差分を作成することで、海底火山噴火によって生じた大気波動が明瞭に可視化された。

画像解析によって、ラム波の部分が最も濃い色で示されるようになるため(図1右)、各時刻の画像からその部分をラム波の位置として自動的に抽出する手法を開発しました。自動抽出により得られたラム波の位置を分析したところ、平均的には約310m/sでラム波が伝わったことが分かりました。この速度は、ラム波の理論的な伝播速度と整合的です。また、トンガから真西のオーストラリア・インド洋方面に伝わったラム波はそれよりも速く、北西方向の東アジア方面に伝わったラム波はそれよりも遅く進んだことが分かりました(図2)。こうした違いは風や気温の分布によって決まると考えられますが、詳細な仕組みを解明するにはさらなる研究が必要です。この解析によって、地上の気圧計による観測が得られない海洋上におけるラム波の伝播の様子が明らかになりました。

伝播速度310m/sを仮定した場合のラム波の到達時刻と実際の到達時刻の差の図

図2 伝播速度310m/sを仮定した場合のラム波の到達時刻と実際の到達時刻の差

図1で作成した画像から各時刻におけるラム波の位置を抽出し、実際の波の到達時刻を算出する。それと伝播速度310m/sを仮定した場合の各地における波の到達予想時刻を比較する。両者の差を10分ごとに算出し、噴火から12時間分を重ねて示したものが上の図である。暖色系は波の到達が相対的に遅かった領域、寒色系は相対的に早かった領域を示す。所々に見られる細かなパターンは、雲の影響を受けたノイズである。

今回の解析では、ラム波が地球を何度も周回する様子が確認されました。最初はきれいに円形に広がっていた波は、次第にその形を崩しながらも、発生から7日後の1月22日に地球をちょうど5周するところまで確認できました。

日本各地の気圧計では、日本時間1月15日20時40分前後に1~2ヘクトパスカルの急激な気圧変化が観測されました。ひまわり8号の画像でも、同時刻にラム波が日本上空を通過したことが確認されました。地上の気圧変化量から推定される上空8km付近の気温変動量は約0.1℃です。これは水蒸気画像の変化量と定量的によく一致しており、ひまわり8号の水蒸気画像によってラム波が可視化された理由は、ラム波に伴う気温変動であったと考えられます。

今後の期待

今回の海底火山噴火は,火山学のみならず、地震学・気象学・海洋物理学・地球電磁気学など、地球科学の幅広い分野にまたがる現象であり、今回の解析結果は多くの分野の研究に貢献すると期待できます。また、本研究で用いた画像解析の手法は高速計算が可能であり、ラム波の伝播、到達のリアルタイム監視に利用できます。

今回の解析では、風や気温などの分布がラム波を含むさまざまな大気波動の伝播にどう影響したかという詳細はまだ明らかになっていません。今後は、スーパーコンピュータ「富岳」[2]による気象・海洋シミュレーションと本研究で解析した衛星画像を組み合わせることで、さらに科学的な理解を深めることができます。本研究を基に大規模計算機シミュレーションを高度化することで、より高精度の予測手法に発展することが期待できます。また「富岳」とひまわり8号を用いた最先端の天気予報研究の進展にも貢献すると期待できます。

補足説明

  • 1.ラム波
    大気中を伝わる特殊な音波の一種。多くの大気波動は大気中を3次元的に伝わるが、ラム波は地表面に捕捉されたまま2次元的に水平方向にのみ伝わる。そのため、上空に向かってエネルギーが逃げることがなく、大気下層にエネルギーを保ったまま、遠方まで伝わることができる。伝播速度は、上空での音速によって決まる。上空は地表に比べて気温が低いため、地表での音速よりは遅く、およそ300m/sで伝わる。
  • 2.スーパーコンピュータ「富岳」
    スーパーコンピュータ「京」の後継機。2020年代に社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、電力性能、計算性能、ユーザーの利便性・使い勝手の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータやAIの加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータとして2021年3月に共用を開始した。

原論文情報

  • Shigenori Otsuka, "Visualizing Lamb waves from a volcanic eruption using meteorological satellite Himawari-8", Geophysical Research Letters, 10.1029/2022GL098324

発表者

理化学研究所
計算科学研究センター データ同化研究チーム
チームリーダー 三好 建正(みよし たけまさ)
(開拓研究本部 三好予測科学研究室 主任研究員、数理創造プログラム 副プログラムディレクター)
研究員 大塚 成徳(おおつか しげのり)
(開拓研究本部 三好予測科学研究室 研究員、数理創造プログラム 研究員)

三好 建正チームリーダーと大塚 成徳研究員の写真 三好 建正、大塚 成徳

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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