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2022年7月20日

理化学研究所
株式会社アールアンドケー

広帯域高周波アンプを用いた高速パルサーの開発に成功

-新しい方式で任意波形の高電圧パルスを作り出す-

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター先端ビームチームの渡川和晃先任研究員、株式会社アールアンドケーの小花利一郎社長らの共同研究チームは、広帯域高周波アンプ[1]を用いた高速パルサー[2]を開発し、安定かつ時間応答の速い高電圧パルスを発生することに成功しました。

本研究成果は、X線自由電子レーザー(XEFL)[3]施設「SACLA[4]」のパルサーの信頼性の向上に寄与するだけでなく、高速高出力パルサーによるビームのハンドリングが不可欠な粒子加速器や光学レーザー発生装置など、幅広い分野において装置の性能向上に貢献すると期待できます。

今回、共同研究チームは、いくつかの単一周波数の波を適切に重ね合わせれば任意の波形をほぼ再構築できるというフーリエ変換[5]の原理に着目しました。信号源である種パルスを半導体アンプで増幅する場合、信号の増幅や合成の過程で群速度[6]の遅延など周波数に依存して生じる現象により、元のパルス波形を維持することができません。この波形の乱れを修正するために、いったんパルスを六つの周波数成分に分解し、それぞれの強度や時間タイミングを独立に調整した後で再び合成して、目的とする波形を再構築しました。試作機を製作して波形の調整を行い、パルス幅2ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)、パルス波高0.4kV、パルス平坦度[7]0.8%の矩形波が発生可能であることを示しました。

本研究は、科学雑誌『Review of Scientific Instruments』オンライン版(7月12日付)に掲載されました。

六つの異なる周波数の波で再構成された矩形パルスの図

六つの異なる周波数の波で再構成された矩形パルス

背景

粒子加速器は、基礎物理や物質・生命科学、医療、材料開発などさまざまな分野で欠かせない装置です。多様化する用途に応じて、粒子加速器に対する性能の要求も年々複雑化してきています。

X線自由電子レーザー施設「SACLA」では、電子銃で発生したマイクロ秒(100万分の1秒)の長いパルスビームからナノ秒(10億分の1秒)の短いパルスビームを切り出し、X線レーザーの発生に使用します。電子ビームを切り出すために、これまではアバランシェダイオード[8]と呼ばれる高速スイッチを用いた高電圧パルサーが用いられてきました。しかし、パルス出力が不安定であることやパルス波形の調整が難しいといった欠点を持ち合わせており、これに代わる新しいパルサーの開発が「SACLA」をより安定に稼働するための課題の一つになっていました。

研究手法と成果

共同研究チームはまず、半導体アンプに着目しました。半導体アンプは粒子加速器をはじめさまざまな分野で使用されており、その安定性については十分に実証されています。しかし、信号源である種パルスを半導体アンプで増幅する場合、増幅や合成の過程で群速度の遅延など周波数に依存して生じる現象により、元のパルス波形を維持することができません。

次に着目した点は、いくつかの単一周波数の波を適切に重ね合わせれば、任意の波形をほぼ再構築できるというフーリエ変換の原理です。例えば矩形波は、基準となる周波数のサイン波にその奇数倍の周波数の高調波[9]を無限次数分重ね合わせれば出来上がります。無限個の高調波を用意することは不可能ですが、有限個の高調波でも矩形波に近づけることは可能です。

共同研究チームは、波形の乱れを修正するために、いったんパルスを六つの周波数成分に分解し、それぞれの強度や時間タイミングを独立に調整した後で再び合成して目的とする波形を再構築することを考えました(図1)。各ラインには時間遅延調整器と振幅調整器の二つの調整器を取り付けているので、合計で12個の調整ノブが備わっていることになります。

周波数を分割した波形調整装置の図

図1 周波数を分割した波形調整装置

波形の乱れを修正するために、いったんパルスを六つの周波数成分に分解し、それぞれの強度や時間タイミングを独立に調整した後で再び合成して、目的とする波形を再構築する。実際の高調波の増幅には共通のメインアンプを用いている。

実際の合成波形をモニターしながら、矩形波のフラットトップの平坦度が小さくなるように上述のノブを調整することで、パルス幅2ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)、パルス波高0.4kV(2チャンネルの合計)、パルス平坦度0.8%の矩形波が発生できることを示しました(図2)。

六つの異なる周波数の波で再構成された矩形パルスの図

図2 六つの異なる周波数の波で再構成された矩形パルス

パルス幅2ナノ秒、パルス波高0.4kV(2チャンネルの合計)、パルス平坦度0.8%の矩形波が発生できた。オレンジ線は正極のパルス、緑破線は負極のパルス。負極のパルスは符号を反転して表示している。SACLAではこれらを足し合わせた合成パルス(ピンク線)を使用する。

また、より複雑な構造のパルスに対しても応用できることを示すために、30ナノ秒間隔でパルスを並べたマルチバンチ構造のパルスを生成しました(図3)。今回の方式を使うと、従来型のパルサーでは発生することが難しいパルス列を作り出すことが可能であることが分かりました。

マルチバンチ構造のパルス発生の図

図3 マルチバンチ構造のパルス発生

従来型のパルサーでは発生することが難しいマルチバンチ構造のパルス列(30ナノ秒間隔)を発生できた。

今後の期待

次世代の粒子加速器は、より複雑な時間構造を持つビームを安定に発生することが要求されます。また、ビームの平均強度を高めるためにビームの出射繰り返し頻度を高める傾向にもあります。原理的には任意のパルス波形を作ることが可能な上に、電圧などのパルス特性の拡張性が高いという特長を持つ本成果は、そうした要求に応えるものであり、加速器の性能向上に大きく貢献すると期待できます。

また、高速の高出力パルサーを必要とする分野は粒子加速器に限らず、例えば、光学レーザーの偏光面を高速で回転してレーザーパルスの時間構造を制御するために使用されます。電気・光通信機器でも複雑なパルス列を取り扱っています。このような電子や光のパルスを扱う幅広い分野で、本成果はその性能向上に貢献するものと期待できます。

補足説明

  • 1.広帯域高周波アンプ
    幅広い波長帯域にわたって高周波(電磁波)の出力を増幅する装置。増幅素子には一般的に半導体が用いられる。
  • 2.高速パルサー
    ナノ秒からサブナノ秒の非常に速い時間応答で電圧パルスを発生する装置。
  • 3.X線自由電子レーザー(XEFL)
    X線領域におけるレーザーの一つ。真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の幅の超短パルスを出力する。XEFLはX-ray Free Electron Laserの略。
  • 4.SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのX線自由電子レーザー施設。SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。1オングストローム(100億分の1メートル)以下というX線領域の波長のレーザー生成能力を持つ。
  • 5.フーリエ変換
    複雑な関数を三角関数の和に分解して表す数学理論。電気回路や光学などさまざまな分野で使われている。
  • 6.群速度
    複数の波を重ね合わせたときにできる波の塊(波束)が移動する速度。物質内部では、群速度は周波数によって異なる。
  • 7.平坦度
    着目する領域における値(ここでは電圧V)の平均値に対する変化分の割合(ΔV/V)のこと。
  • 8.アバランシェダイオード
    逆電圧が特定の値を超えたときに雪崩的に電流が増加するダイオード素子。高速のスイッチとして利用される。
  • 9.高調波
    ある周波数の波(基本波)に対し、その整数倍の周波数を持つ波のこと。

共同研究チーム

理化学研究所
放射光科学研究センター 先端光源加速器研究開発グループ
グループディレクター 田中 均 (タナカ・ヒトシ)
先端ビームチーム
先任研究員 渡川 和晃(トガワ・カズアキ)
専任研究員 前坂 比呂和(マエサカ・ヒロカズ)

株式会社アールアンドケー
社長 小花 利一郎(コバナ・リイチロウ)

原論文情報

  • Kazuaki Togawa, Hirokazu Maesaka, Reichiro Kobana, and Hitoshi Tanaka, "Frequency-segmented power amplification using multi-band radiofrequency amplifiers to produce a high-voltage pulse", Review of Scientific Instruments, 10.1063/5.0093915

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 先端ビームチーム
先任研究員 渡川 和晃(トガワ・カズアキ)

株式会社アールアンドケー
社長 小花 利一郎(コバナ・リイチロウ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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