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2022年8月10日

理化学研究所
水産研究・教育機構

電気を使った海産ミミズの観察と制御

-養殖場の環境診断と浄化技術への応用に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームの庄野暢晃特別研究員(研究当時)、中村龍平チームリーダー、環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダー、水産研究・教育機構の伊藤克敏主任研究員らの共同研究グループは、養殖環境に生息する海産ミミズ[1]の活動によって作り出される電気シグナルのリアルタイム計測に成功しました。

本研究成果は、電気を使った養殖場の環境診断と浄化技術の開発に貢献すると期待できます。

近年、食料問題を解決する切り札として養殖業に注目が集まっています。しかし、魚への過剰な餌の投与は、魚病や赤潮を引き起こす原因になります。

今回、共同研究グループは、養殖場の直下にある底質[2]からサンプルを採取し、そこに生息する海産ミミズが作り出す電気シグナルを追跡しました。その結果、電気シグナルを指標とすることで適切な給餌量を把握できること、さらには人為的に海産ミミズの行動と代謝を制御できることを見いだしました。

本研究は、科学雑誌『Frontiers in Microbiology』オンライン版(8月10日付:日本時間8月10日)に掲載されました。

養殖場の底質より採取した海産ミミズの図

養殖場の底質より採取した海産ミミズ

背景

人口の増加に伴う食料危機を回避する切り札として、養殖業を主とした持続可能な水産資源に大きな期待がかかっています。しかし、過剰な飼料投与による養殖環境の汚染は、深刻な問題になっています。特に、飼料が蓄積する底質環境への負荷は大きく、底質のヘドロ化[3]富栄養化状態[4]を作り出し、赤潮の発生や魚病を引き起こす原因になります。そのため、底質環境の健康度を評価するための環境評価技術の開発が求められています。

底質環境には、ゴカイやミミズなどさまざまな底生動物[5]が生息しています。共同研究グループの水産研究・教育機構の伊藤克敏主任研究員らは、これらの底生動物には、汚染された環境をきれいにする能力があることを見いだしています注1)。また、理研の中村龍平チームリーダーらは、微生物が作り出す微弱な電流を計測することで、微生物の代謝活性を評価できることを見いだしています注2)。さらに、理研の菊地淳チームリーダーらは、底生動物の代謝活性を核磁気共鳴(NMR)法[6]を用いて解析する手法を開発しました注3)

今回共同研究グループは、底質環境を診断する技術の開発を目的とし、養殖環境から採取した海産ミミズが作り出す電気シグナルの計測に取り組みました。

研究手法と成果

共同研究グループは、まず養殖筏の直下約30mから底質サンプル(堆積物)を採取しました。この底質サンプルには、底生動物として体長数cmの海産ミミズ(Thalassodrilides cf. briani)が、生息しています(図1左)。この海産ミミズは、硫化水素に対する耐性が高く、有機汚染された堆積物を浄化することができます。

引き続き、同サンプルを電気化学リアクター内に入れ、海産ミミズが作り出す電気シグナルを計測しました(図1右)。電極材料には、生体適合性が高く、化学的な安定性が高い、フッ素を添加した酸化スズ(FTO)を用いています。なお、以下で用いる「環境電位」という用語は、標準水素電極電位(SHE)[7]に対する開回路条件における電位[8](自然電位)に対応します。

海産ミミズ(左)と電気化学リアクター(右)の写真の図

図1 海産ミミズ(左)と電気化学リアクター(右)の写真

図2左に、海産ミミズを含む底質が作り出す環境電位の時系列データを示します。電位計測を開始すると、底質の電位は時間とともに上昇し、最終的には+400mV程度にまで達しました。ここで、5mgの飼料を投与すると、電位は0V付近まで急降下しました。しかし、時間とともに電位が上昇し、最終的には飼料を投与する前と同じ値にまで回復しました。このような環境電位の回復は、海産ミミズを除去した底質では観測されなかったことから、海産ミミズの有機物質分解能(環境浄化能)に由来すると考えられます。

次に、給餌量に対する環境電位の応答性を見るため、過剰量(20mg)の飼料を投与しました(図2右)。飼料の投与直後から電位が降下し、約-300mVにまで減少しました。その後、1週間の計測を行っても電位は回復することなく、約-300mVの負の値を維持していました。この結果は、海産ミミズの環境浄化能力を超える飼料が投与されたことを示しています。実際に、20mgの飼料を加えた底質においては、底質のヘドロ化が進行し、ほぼ全ての海産ミミズが死んでいました。

以上の結果は、環境電位をリアルタイムで計測することにより、底質環境が許容できる適切な給餌量を評価できることを示しています。

海産ミミズを含む底質の環境電位計測の結果の図

図2 海産ミミズを含む底質の環境電位計測の結果

5mg(左)と20mg(右)の飼料を投与したときの電位の経時変化。5mgの試料で環境電位が回復したが、20mgの試料では回復しなかった。これは、海産ミミズにとって5mgは環境浄化できるが、20mgだと環境浄化できないことを示している。

また、環境電位を計測しながら、海産ミミズの行動を調べました。飼料を投与する前は、およそ半数の海産ミミズが尻尾を海水に突き出していましたが、飼料の投与により電位が減少すると、ほぼ全ての海産ミミズは底質に潜り出し、体全体を底質に埋めました。そして電位が回復し出すと、尻尾を海水に突き出した元の位置に戻りました(図3)。このことから、海産ミミズの行動も、環境電位計測により評価できることが分かりました。

電位に応じた海産ミミズの行動変化の図

図3 電位に応じた海産ミミズの行動変化

飼料投与により電位が減少すると、海産ミミズは底質に体全体を埋める。電位が正に回復してくると、尻尾を海水中に突き出す。

さらに、核磁気共鳴(NMR)法を用いて、異なる環境電位に置かれた海産ミミズの代謝解析を行いました。その結果、海産ミミズは環境電位が高いときには尻尾を酸素が含まれる海水に出すことで好気呼吸[9]を行い、低いときには底質の中に体を沈めフマル酸呼吸[10]を行っていることが分かりました。

これらの結果は、海産ミミズが、飼料の投与により大きく変動する環境電位に対して、行動と代謝を切り替えながら適応していることを示しています。

最後に、試験装置を用いて人為的に環境電位を変えた際の、海産ミミズの行動と代謝を調べました。その結果、人為的に電位を正にすると、海産ミミズは尻尾を海水に突き出し、電位を負にすると底質に体全体を埋めることが分かりました。また、人為的に制御した電位に応じて好気呼吸とフマル酸呼吸を可逆的に切り替えることを確認しました。

今後の期待

本研究では、海産ミミズを含む底質が作り出す電気シグナルの計測に成功しました。環境電位が給餌量に応じて変化することから、同手法を用いることで適切な給餌量を見積もることが可能になります。また、人為的に電位を操作することで海産ミミズの代謝活性さらには運動性までをも制御が可能であることから、養殖場の環境診断のみならず、微弱電気を利用した環境浄化法としての利用も期待できます。

以上の成果は、環境負荷を抑えた持続的な水産養殖業や、汚濁した底質改善からの水浄化の確立に向けた進歩であり、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[11]」のうち「2.飢餓をゼロに」「6.安全な水とトイレを世界中に」「14.海の豊かさを守ろう」に貢献する成果です。

補足説明

  • 1.海産ミミズ
    小型の貧毛類(ヒメナイワンイトミミズThalassodrilides cf. briani)。一部の海面養殖場の底質に年間を通じて生息している。
  • 2.底質
    河川、湖沼、海域などの水底を構成する粘土、砂、礫などの堆積物のこと。
  • 3.ヘドロ化
    有機汚濁が底質に堆積し微生物などにより酸素が消費されることで底質汚染が進行し、底質が軟弱な状態になること。
  • 4.富栄養化状態
    湖沼や海域で窒素やリンなどの栄養塩類の濃度が上昇し、貧栄養から富栄養に移行した状態。
  • 5.底生動物
    河川や海域の水底に生息する貝類、甲殻類、多毛類などの総称。
  • 6.核磁気共鳴(NMR)法
    静磁場に置かれた原子核の共鳴を観測し、分子の構造や運動状態などの性質を調べる分光方法。溶媒に分子を溶解させて計測する溶液NMR法や固体状態の分子を計測する固体NMR法などがあり、幅広い状態の試料、例えばカラム分離を経ない混合物試料でも計測できる。最近では、NMR装置の磁石を高温超電導素材や永久磁石にし、小型化や冷媒のランニングコストを抑える技術開発が加速化しており、農林水産物や環境試料などの現場評価への展開も期待される。NMRはNuclear Magnetic Resonanceの略。
  • 7.標準水素電極電位(SHE)
    水素電極と測定対象の電極を組み合わせて作った電池の標準状態における電位差。SHEはstandard hydrogen electrodeの略。
  • 8.開回路条件における電位
    電流が発生していない状態における電極電位。自然電位とも呼ばれる。
  • 9.好気呼吸
    酸素を使う呼吸。解糖系で生じたピルビン酸等がミトコンドリアに運ばれTCA回路を経て、二酸化炭素にまで酸化される。
  • 10.フマル酸呼吸
    低酸素濃度環境で進行する呼吸の一種。酸素の代わりに、コハク酸が最終電子受容体として働く。
  • 11.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。(外務省ホームページから一部改変して転載)

共同研究グループ

生体機能触媒研究チーム
チームリーダー 中村 龍平(ナカムラ・リュウヘイ)
(東京工業大学地球生命研究所 教授)
特別研究員(研究当時) 庄野 暢晃(ショウノ・ノブアキ)
特別研究員 アイロン・リ(AilongLi)
テクニカルスタッフ(研究当時) 梅澤 明夫(ウメザワ・アキオ)
環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳(キクチ・ジュン)
テクニカルスタッフ 坂田 研二(サカタ・ケンジ)

水産研究・教育機構 水産技術研究所
主任研究員 伊藤 克敏(イトウ・カツトシ)
研究員 伊藤 真奈(イトウ・マナ)

研究支援

本研究は、農林水産省委託プロジェクト研究脱炭素・環境対応プロジェクトのうち「有害プランクトンに対応した迅速診断技術の開発 研究代表者:五條堀孝」JPJ005317の課題にて行われました。

原論文情報

  • Nobuaki Shono, Mana Ito, Akio Umezawa, Kenji Sakata, Ailong Li, Jun Kikuchi, Katsutoshi Ito, Ryuhei Nakamura, "Tracing and Regulating Redox Homeostasis of Model Benthic Ecosystems for Sustainable Aquaculture in Coastal Environments", Frontiers in Microbiology, 10.3389/fmicb.2022.907703

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
チームリーダー 中村 龍平(ナカムラ・リュウヘイ)
特別研究員(研究当時) 庄野 暢晃(ショウノ・ノブアキ)
環境代謝分析研究チーム
チームリーダー 菊地 淳(キクチ・ジュン)

水産研究・教育機構 水産技術研究所
主任研究員 伊藤 克敏(イトウ・カツトシ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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