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2022年9月15日

理化学研究所
大阪大学
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励起一重項と三重項のエネルギー逆転を実現

-フントの規則を破る新しい有機EL材料として期待-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発超分子材料研究チームの相澤直矢基礎科学特別研究員(研究当時)(現大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻助教)、夫勇進チームリーダー(山形大学大学院有機材料システム研究科特任教授)、情報変換ソフトマター研究ユニットの宮島大吾ユニットリーダー、北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学院理学研究院化学部門前田理教授らの共同研究グループは、一重項励起状態[1]三重項励起状態[1]のエネルギーが逆転した発光材料を実現しました。

本研究成果は、教科書を書き換える発見であるとともに、理想的な有機EL[2]材料の実現に向けたマイルストーンになると期待できます。

1925年に提案されたフントの規則は、同一の電子配置において最大のスピン多重度を持つ状態が最低エネルギーを持つと予言しています。従って、スピン三重項励起状態はスピン一重項励起状態よりもエネルギーが低く、両状態のエネルギー差(ΔEST)は正であることが一般的に知られていました。

今回、共同研究グループは、このフントの規則に基づく常識を覆す負のΔEST(-11ミリ電子ボルト)を持つ有機発光材料の開発に成功しました。負のΔESTに由来して、本材料の三重項励起状態は速やかに一重項励起状態、そして光子に変換され、その発光寿命はわずか217ナノ秒(ns、1nsは10億分の1秒)でした。

本研究は、科学雑誌『Nature』の掲載に先立ち、オンライン版(9月14日付:日本時間9月15日)に掲載されました。

開発した材料の溶液中の発光写真(左)と分子構造の図

開発した材料の溶液中の発光写真(左)と分子構造(青:窒素、赤:酸素、水色:フッ素)

背景

1925年にドイツの物理学者フリードリヒ・フントは「同一の電子配置において、最大のスピン多重度を持つ状態が最低エネルギーを持つ」という経験則を提案しました。このフントの規則は、多電子原子や分子の基底状態および励起状態において広く成り立ちます。例えば、これまでに合成された数多くの有機物の三重項励起状態は、一重項励起状態よりエネルギーが低く、両状態のエネルギー差(ΔEST)は正であることが知られています。

ΔESTが重要となる応用先の一つとして、スマートフォンのディスプレイなどに用いられる有機ELが挙げられます。有機ELは、電気エネルギーによって有機物を励起状態にし、それが基底状態に戻る際に放出される発光を利用します。しかし、この励起状態の75%を占める三重項励起状態は通常発光しないため、大きなエネルギー損失となります。この課題を解決するために、ΔESTを室温の熱エネルギーと同等まで小さくすることで、三重項励起状態を発光可能な一重項励起状態に変換する熱活性化遅延蛍光[3]材料が提案されました(図1(a))。

近年、このような熱活性化遅延蛍光材料と呼ばれる発光材料の研究開発が国内外で盛んに行われています。もし負のΔESTを実現できれば、三重項励起状態を低エネルギーの一重項励起状態に速やかに変換する理想的な有機EL用発光材料の創出につながると期待されます(図1(b))。

(a)熱活性化遅延蛍光材料と(b)負のΔESTを持つ新材料の発光メカニズムの図

図1 (a)熱活性化遅延蛍光材料と(b)負のΔESTを持つ新材料の発光メカニズム

  • (a)室温の熱エネルギーによって、三重項励起状態が高エネルギーの一重項励起状態に変換され、遅延蛍光が生じる。
  • (b)三重項励起状態が低エネルギーの一重項励起状態に速やかに変換され、遅延蛍光が生じる。

研究手法と成果

共同研究グループは、理研の「スーパーコンピュータHOKUSAI Big Waterfall」を用いて、約3万5000種類の分子の理論計算を行い、負のΔESTを持つ可能性がある候補分子を見いだしました。理論上、この分子のΔESTは多数の電子配置間の相互作用[4]により負になると考えられます。図2(a)に示す二電子三軌道を例とすると、パウリの排他原理[5]により、一重項の二電子励起配置は3種類、三重項の二電子励起配置は1種類となります。このように、一重項の方が、とり得る二電子励起配置の数が多いため、配置間の相互作用によってエネルギー的により安定化されます。この一重項の安定化が、候補分子においては、交換相互作用[6]などによる三重項の安定化を上回り、ΔESTが負になると考えられます(図2(b))。

(a)二電子三軌道の二電子励起配置と(b)一重項励起状態と三重項励起状態のエネルギー序列の図

図2 (a)二電子三軌道の二電子励起配置と(b)一重項励起状態と三重項励起状態のエネルギー序列

  • (a)パウリの排他原理により、平行なスピンを持つ三重項の二電子は同じ軌道を占めることができない。よって、三重項と比べて一重項は、とり得る二電子励起配置の数が多い。
  • (b)配置間相互作用による一重項の優先的な安定化が交換相互作用を上回れば、一重項と三重項のエネルギーは逆転し、ΔESTは負になり得る。

理論計算で見いだされた候補分子のうちHzTFEX2(図3(a))を実際に合成し、光物性を評価しました。すると、HzTFEX2が一重項励起状態と三重項励起状態間の可逆的な項間交差[7]を介して起こる遅延蛍光を示し、その発光寿命はわずか217ナノ秒(ns、1nsは10億分の1秒)であることが分かりました。

また、通常の熱活性化遅延蛍光材料の発光寿命は低温において長くなるのに対し、HzTFEX2はその逆で、低温において遅延蛍光が短寿命化することが明らかになりました(図3(b))。これは、発光可能な一重項励起状態が、発光不可の三重項励起状態よりも低エネルギーであり、低温において一重項励起状態の占有密度(ポピュレーション)が増大するためだと考えられます。この遅延蛍光の温度依存性から、ΔESTを-11ミリ電子ボルトと実験的に決定しました。

さらに、HzTFEX2を発光層に用いた有機ELにおいて、外部量子効率[8]が17%(内部量子効率[9]85%に相当)に到達したことから、電流励起で生じた三重項励起状態を発光に利用していることが実証されました。

(a)HzTFEX2の分子構造と(b)さまざまな温度における発光強度の時間変化の図

図3 (a)HzTFEX2の分子構造と(b)さまざまな温度における発光強度の時間変化

  • (a)負のΔESTを持つ発光材料HzTFEX2の分子構造。
  • (b)温度を下げると、遅延蛍光寿命が短くなった。これは、低温において発光が長寿命化する通常の有機化合物とは全く逆の性質である。

今後の期待

本研究により、負のΔESTを持つ発光材料の存在を世界で初めて示しました。本成果は、教科書の新たな1ページになり得る基礎科学として重要な発見です。さらに、持続可能社会を支える省エネルギーな有機ELディスプレイや照明の開発に大きく貢献することが期待できます。

補足説明

  • 1.一重項励起状態、三重項励起状態
    原子や分子の電子が、外部からの光や電流によって励起された高エネルギーの状態。そのうち、一重項励起状態では全電子のスピンが二つずつ互いに反平行であり、三重項励起状態ではスピンが平行な電子が二つある。
  • 2.有機EL
    有機物を利用した発光ダイオード(LED)。スマートフォンのディスプレイなどに用いられている。有機物で構成されるため、安価、軽量、フレキシブル、プリンタブルなどの特長を持つ。有機EL中の電流励起により、一重項励起状態と三重項励起状態は1:3の比で生成する。三重項励起状態は通常発光しないため、一重項励起状態に変換することで、有機ELの発光効率を高めることができる。
  • 3.遅延蛍光
    項間交差により三重項励起状態が一重項励起状態に遷移した後に生じる蛍光。一重項励起状態から直接生じる通常の蛍光と比べて、時間的に遅れて生じる。三重項励起状態は通常発光しないため、遅延蛍光として利用することで有機ELの発光効率を向上させることができる。
  • 4.電子配置間の相互作用
    複数の電子配置の重ね合わせを用いて近似できる電子相関の一種。電子相関は、多電子間の相互作用を一電子が感じる平均場として近似するハートリー-フォック法が与える全電子エネルギーと、厳密な全電子エネルギーとの差として定義される。
  • 5.パウリの排他原理
    電子などのフェルミ粒子は、同一の量子状態を複数とることができないとする量子力学の原理。これにより、平行なスピンを持つ三重項の二電子は同じ軌道を占めることができない。
  • 6.交換相互作用
    パウリの排他原理により、三重項の二電子は、一重項の二電子よりも電子間距離が隔たれ、電子間に働くクーロン斥力が減少し、エネルギーが安定化する量子力学的効果。
  • 7.可逆的な項間交差
    一重項励起状態と三重項励起状態の間で繰り返し行われるスピン変換を伴う遷移。
  • 8.外部量子効率
    有機ELに注入された電荷の数に対する、外部(空気中)に取り出された光子の数の割合。三重項励起状態を利用しない場合の理論限界値は5%、利用する場合は20%である(有機ELと空気界面の全反射などにより決まる光取り出し効率を20%とした場合)。
  • 9.内部量子効率
    有機ELに注入された電荷の数に対する、生成した光子の数の割合。三重項励起状態を利用しない場合の理論限界値は25%、利用する場合は100%である。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発超分子材料研究チーム
チームリーダー 夫 勇進(プ・ヨンジン)
(山形大学 大学院有機材料システム研究科 特任教授)
基礎科学特別研究員(研究当時) 相澤 直矢(アイザワ・ナオヤ)
(科学技術振興機構 さきがけ研究員、現大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 助教)
大学院生 リサーチ・アソシエイト(研究当時) 小山 祐生(コヤマ・ユウキ)
(山形大学 大学院有機材料システム研究科 博士前期課程)
情報変換ソフトマター研究ユニット
ユニットリーダー 宮島 大吾(ミヤジマ・ダイゴ)
研究員 井深 遼太郎(イブカ・リョウタロウ)
特別研究員 ダーラ・バルン(Dhara Barun)
テクニカルスタッフⅠ(研究当時) 犬塚 寛之(イヌヅカ・ヒロユキ)
ソフトマター物性研究チーム
チームリーダー 荒岡 史人(アラオカ・フミト)
専門技術員 二本柳 敦子(ニホンヤナギ・アツコ)

大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻
教授 中山 健一(ナカヤマ・ケンイチ)

北海道大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・同大学院理学研究院 化学部門
教授 前田 理(マエダ・サトシ)
助教 原渕 祐(ハラブチ・ユウ)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」の研究課題「励起状態の仮想スクリーニングによる革新的有機半導体の探索と実用」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「励起一重項と三重項のエネルギーが逆転した次世代有機EL材料の開発」の支援などを受けて行われました。現在、本研究成果を社会実装につなげるべく、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)未踏チャレンジ2050の支援を受けた研究プロジェクトが進行しています。

原論文情報

  • Naoya Aizawa, Yong-Jin Pu, Yu Harabuchi, Atsuko Nihonyanagi, Ryotaro Ibuka, Hiroyuki Inuzuka, Barun Dhara, Yuki Koyama, Ken-ichi Nakayama, Satoshi Maeda, Fumito Araoka & Daigo Miyajima, "Delayed fluorescence from inverted singlet and triplet excited states", Nature, 10.1038/s41586-022-05132-y

発表者

大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻
助教 相澤 直矢(アイザワ・ナオヤ)

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発超分子材料研究チーム
チームリーダー 夫 勇進(プ・ヨンジン)
(山形大学 大学院有機材料システム研究科 特任教授)
情報変換ソフトマター研究ユニット
ユニットリーダー 宮島 大吾(ミヤジマ・ダイゴ)

相澤 直矢助教の写真 相澤 直矢
夫 勇進チームリーダーの写真 夫 勇進
宮島 大吾ユニットリーダーの写真 宮島 大吾

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