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2022年9月26日

理化学研究所

自己修復性を示すポリイソプレンの開発に成功

-さまざまな環境で自己修復できる実用材料の開発に期待-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター先進機能触媒研究グループの侯召民グループディレクター(環境資源科学研究センター副センター長、開拓研究本部侯有機金属化学研究室主任研究員)、ハオビン・ワン特別研究員(研究当時)、ヤン・ヤン特別研究員(研究当時)、西浦正芳専任研究員(開拓研究本部侯有機金属化学研究室専任研究員)らの共同研究グループは、希土類金属[1]触媒を用いて、ポリイソプレンのミクロ構造[2]を精密に制御することで、優れた自己修復性を示す機能性ポリマーの創製に成功しました。

本研究成果は、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中などのさまざまな環境下で、自己修復可能かつ実用性の高い新しい機能性材料の開発に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、独自に開発したスカンジウム(Sc)触媒を用いて、ポリイソプレンの3,4-ユニットとシス-1,4ユニットの比を約7:3に精密に制御することにより、損傷から自己修復性を示す機能性ポリマーを創製しました。得られた新しいポリマーは、伸び率約20倍、破断強度約2メガパスカル(MPa、1MPaは100万パスカル)と優れたエラストマー物性[3]を備えています。また、外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性を示します。さらに、ポリイソプレンの二重結合部分を水素添加したポリマーは、水素添加していないポリイソプレンと比較して、同等かそれ以上の自己修復性を有しています。

本研究成果は、科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』オンライン版(9月20日付)に掲載されました。

背景

損傷から自己修復できる材料の開発は、学術的にも実用的にも極めて重要です。従来の自己修復性材料には、精密に設計された2種類以上のモノマーの共重合[4]や多段階で合成されたものが知られています。しかし、入手しやすい1種類のモノマーからの自己修復性ポリマーの合成は実現されておらず、合成プロセスの観点から課題がありました。

共同研究グループの侯召民グループディレクターらは2019年に、独自に開発した希土類金属触媒を用いることで、エチレンとアニシルプロピレン類[5]との共重合を達成し、得られたポリマーが損傷から優れた自己修復性を示すことを明らかにしました注1)。このエチレンとアニシルプロピレンの共重合体では、エチレンとアニシルプロピレンとの交互ユニットが柔らかい成分として働き、エチレン-エチレン連鎖の硬い結晶ユニットが物理的な架橋点として働く、ミクロ相分離構造[6]が構築されています。そして、この構造形成が自己修復性発現に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。これらのことから、アニシルプロピレンのような酸素官能基がない入手容易なポリオレフィン[7]でもミクロ構造を適切に制御すれば、自己修復性を示す可能性が考えられます。

そこで今回は、ミクロ構造の違いによって異なる物性を示すポリイソプレンに着目し、希土類金属触媒を用いてさまざまなミクロ構造を持つポリイソプレンを合成し、自己修復性について検討しました。

研究手法と成果

共同研究グループは、希土類金属触媒を用いてイソプレンを重合させることにより、さまざまなミクロ構造を持つポリイソプレンを合成しました(図1)。イットリウム(Y)触媒を用いてイソプレンの重合を行ったところ、3,4-ユニットを持つポリイソプレンが得られました(図1上)。また、立体的に小さい配位子を持つスカンジウム(Sc)触媒1を用いた場合は、シス-1,4-ユニットを持つポリイソプレンが得られ(図1中)、立体的に大きい配位子を持つスカンジウム触媒2を用いた場合は、3,4-ユニットとシス-1,4-ユニットの比が約7:3に制御されたポリイソプレンが得られました(図1下)。

希土類金属触媒によるイソプレンの重合の図

図1 希土類金属触媒によるイソプレンの重合

イソプレンが希土類金属に配位することで重合反応が進行するが、希土類金属上の配位子の大きさや希土類金属のイオン半径の違いにより、イソプレンの配位様式が変わり、ポリイソプレンのミクロ構造の制御が可能である。

得られたポリイソプレンは、ミクロ構造の違いによって、異なった熱および機械物性を示します。イットリウム触媒によって合成された3,4-ポリイソプレンのガラス転移点Tg[8]は39℃で、硬いプラスチックとしての挙動を示します。対照的に、スカンジウム触媒1によって合成されたシス-1,4-ポリイソプレンのTgは、-64℃であり、非常に弱い引っ張り強度を示す、ガム状の高分子です。

一方、スカンジウム触媒2によって合成されたポリイソプレンのTgは、-10℃であり、伸び率約20倍、破断強度約2メガパスカル(MPa、1MPaは100万パスカル)と優れたエラストマー物性を示すだけではなく、自己修復性があることが明らかになりました。図2に示すように、外部から一切の刺激やエネルギーを加えなくても、切断面をくっつけるだけで自己修復します。自己修復性を引張試験で評価したところ、48時間程度で引っ張り強度が回復しました。また、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも3日間程度で自己修復しました。さらに、ポリイソプレンの水素化物は、水素化していないポリイソプレンと比較して、同等かそれ以上の自己修復性を示しました。

新しい機能性ポリマーの自己修復の図

図2 新しい機能性ポリマーの自己修復

ポリイソプレンのブロックを切断し、自己修復させる。1分後、ブロックの片側に2.5kgの重りを掛けても切断せず、1時間後5kgの重りを掛けても切断しない。

さまざまな測定を行った結果、今回得られたポリイソプレンがエラストマー物性や自己修復性を発現する理由として、シス-1,4-ユニットが柔らかい成分として働き、3,4-ユニットが物理的な架橋点として働くネットワーク構造(ミクロ相分離構造)の構築が重要な鍵となっていることが分かりました(図3)。切断面をくっつけると、3,4-ユニットが分子間相互作用で再凝集することにより、自己修復します。また、水素添加されたポリイソプレンでは、ポリエチレン主鎖にイソプロピル基やメチル基が側鎖として付いた構造となっていますが、これは非常に単純なエチレンやプロピレン、ブテンなどからなるポリオレフィンと見ることができます。このことは、比較的単純なポリオレフィンでも、ミクロ構造を適切に制御すれば、自己修復性を発現させることができることを示しており、材料設計の観点から非常に重要な成果と考えられます。

新しい機能性ポリマーのミクロ相分離構造の模式図と自己修復のメカニズムの図

図3 新しい機能性ポリマーのミクロ相分離構造の模式図と自己修復のメカニズム

シス-1,4-構造ユニット(黒線)は柔らかい成分として働き、3,4-構造ユニット(青線)は分子間相互作用によって集まり、硬いユニットを生成する。これらの硬い成分が架橋点として働くことにより、エラストマー物性や自己修復性が発現する。

水素結合やイオン結合などを活用する従来の自己修復性材料は、水中ではそれらの相互作用が弱まるため、うまく機能しないことがあります。しかし、今回開発したポリイソプレンにおけるいくつかの構造ユニットは水の影響を受けないため、大気中だけではなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性を発現できる点が大きな特長です。

今後の期待

本研究では、希土類金属触媒を用いてポリイソプレンのミクロ構造を精密に制御することで、乾燥空気中だけでなく、水、酸やアルカリ性水溶液中でも自己修復性を示す新しい機能性ポリマーの創製に成功しました。さらに、ポリイソプレンの水素化物も、優れたエラストマー物性や自己修復性を示すことを明らかにしました。本研究成果は、今後の自己修復性材料の設計・開発にとって重要な指針を与えるものです。

また、今回開発したポリマーは安価で入手しやすい1種類のイソプレンから簡便に合成が可能であり、さまざまな環境下で自己修復可能でかつ実用性の高い新しい機能性材料の開発に貢献すると期待できます。

さらに今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[9]」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献する成果です。

補足説明

  • 1.希土類金属
    元素の周期表で第3族にある、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)と原子番号57のランタン(La)以下のランタノイド族の計17元素のこと。
  • 2.ミクロ構造
    高分子化合物中におけるモノマーの結合様式をミクロ構造と呼ぶ。ポリイソプレンの場合、主にミクロ構造は、シス-1,4、トランス-1,4、3,4ユニットがある。
  • 3.エラストマー物性
    エラストマー(elastomer)とはゴム弾性を持つ工業用材料の総称であり、「elastic(弾力のある)」と「polymer(重合体)」を組み合わせた造語。ゴムのように伸びたり縮んだりする物性をエラストマー物性という。
  • 4.共重合
    2種以上の単量体が重合して重合体を生成する反応を共重合といい、このようにして得られた重合体を共重合体という。
  • 5.アニシルプロピレン類
    ベンゼンの水素1個をメトキシ基(-OCH3)に置き換えた化合物(C6H5OCH3)をアニソールといい、これが置換基となる場合は、アニシル基という。このアニシル基を持つプロピレンをアニシルプロピレン類という。
  • 6.ミクロ相分離構造
    非相溶な高分子成分から構成されるブロック共重合体が分子間相互作用などによって自発的に凝集し、ポリマー鎖長程度のスケールでの相分離によって形成される構造のこと。
  • 7.ポリオレフィン
    オレフィンとは、エチレン(CH2=CH2)、プロピレン(C2H4=CH2)、ブテン(C3H6=CH2)などのように、分子内に炭素-炭素二重結合(C=C)を持つ炭化水素化合物のこと。アルケンともいう。オレフィンをモノマー(単量体)として合成されるポリマー(高分子)を総称してポリオレフィンと呼ぶ。
  • 8.ガラス転移点(Tg
    エラストマーを冷却していくと徐々に粘度が高くなり、ゴム状態から固化状態(ガラス状態)になる。この状態が変化する境界の温度をガラス転移点と呼び、Tgと一般に表示される。
  • 9.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

共同研究グループ

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)
特別研究員(研究当時) ハオビン・ワン(Haobing Wang)
特別研究員(研究当時) ヤン・ヤン(Yang Yang)
特別研究員 リン・ファン(Lin Huang)
専任研究員 西浦 正芳(ニシウラ・マサヨシ)
(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)
科技ハブ連携本部 バトンゾーン研究推進プログラム 理研-JEOL連携センター
ナノ結晶解析連携ユニット
ユニットリーダー 西山 裕介(ニシヤマ・ユウスケ)
(株式会社JEOL RESONANCE 技術部 エキスパート)
客員研究員(研究当時) ユリ・ホン(You-lee Hong)
(京都大学iCeMS 特定研究員)

大分大学 理工学部
准教授 檜垣 勇次(ヒガキ・ユウジ)

研究支援

原論文情報

  • Haobing Wang, Yang Yang, Masayoshi Nishiura, You-lee Hong, Yusuke Nishiyama, Yuji Higaki, Zhaomin Hou, "Making Polyisoprene Self-Healable through Microstructure Regulation by Rare-Earth Catalysts", Angewandte Chemie International Edition, 10.1002/anie.202210023

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ
グループディレクター 侯 召民(コウ・ショウミン)
(環境資源科学研究センター 副センター長、開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員)
特別研究員(研究当時) ハオビン・ワン(Haobing Wang)
特別研究員(研究当時) ヤン・ヤン(Yang Yang)
専任研究員 西浦 正芳(ニシウラ・マサヨシ)
(開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 専任研究員)

集合写真 写真左から、侯召民、ハオビン・ワン、ヤン・ヤン、西浦正芳

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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