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2023年4月17日

理化学研究所

グラフが論理的思考力を高める

-ChatGPTなどのAIとともに持続的に進化する社会の展望-

理化学研究所(理研)革新知能統合研究センタ ー社会における人工知能研究グループ 分散型ビッグデータチームの橋田 浩一 チームリーダー(東京大学大学院 情報理工学系研究科附属 ソーシャルICT研究センター 教授)らの共同研究チームは、グラフ[1]の共同作成を高校の通常授業に余分な手間をかけずに導入し、生徒の批判的思考力[2](論理的思考力)を高められることを実証しました。

本研究成果により、教育や業務の現場にグラフの形の文書を普及させて、産業や学術の水準を永続的に高めることができると期待できます。また、グラフは人工知能(AI)の入力データとしても学習データとしても有用であることから、グラフの普及がAIを発展させ、AIの発展がグラフによる知的生産を高度化する、というサイクルが持続的に回ると考えられます。

グラフを作ることによって批判的思考力が高まることが先行研究で明らかになっており、さらにグラフの方がテキストより作りやすい(質が高い)ことも橋田チームリーダーらが既に実証していますが、グラフを業務などの現場に導入する方法が不明でした。

今回、共同研究チームは、通常の学校教育において教員の負担を増やさずにグラフを導入することで、授業の効率を高めることができ、それによる生徒の批判的思考力の向上が統計的に有意であることを示しました。

本研究は、『言語処理学会第29回年次大会』(3月14日)において発表され、同論文集に掲載されました。

グラフの例の図

グラフの例

背景

ノード(頂点)とリンク(辺)で構成されるデータ構造を「グラフ」といいます。これまで、マインドマップ[3]KJ法のA型図式[4]概念地図[5]議論地図[6]などのグラフは正式の文書ではなく、教育や発想支援のための補助資料として使われてきました。実際、これらのグラフを作成していると、「批判的思考力(論理的思考力)」が向上するという教育的効果が多くの先行研究で示されています。

一方、橋田チームリーダーはグラフの中の各ノードを任意のテキストや画像とし、リンクの種類(図1に示す意味的関係)を規格化して選択入力可能にすることにより、グラフの作成・編集を容易にするソフトウェアツール「セマンティックエディタ[7](Semantic Editor)」を開発してきました。さらに、従来のテキスト文書の内容をグラフの形の文書でより明確に表現できることに着目し、セマンティックエディタによるグラフの共同作成がGoogle Docsによるテキストの共同作成よりも簡単であることを既に実証しています注1)

左右にスクロールできます

部分全体関係 部分
要素
談話関係 付加的関係 正付加関係 追加
背景
内容
等価
負付加関係 対照
または
相違
因果的関係 正因果関係 因果
推論
すると
目的
ならば
負因果関係 相反
によらず
譲歩
対話行為 返答
はい
いいえ
解決案
時間関係 その後
同時
状況
他の関係 対象

図1 リンクの種類(意味的関係)

文と文の間の関係などはISO(国際標準化機構)の国際標準になっており、図の意味的関係の集合はそれらの国際標準を参考にして策定したもの。こうした関係の集合は言語に依存しないと考えられる。

従って、テキストの代わりにグラフを正式の文書として作成・編集・活用すれば、教育や業務、研究における文書処理(文書の作成・編集・活用)の効率が高まるはずです。さらに、グラフ作成者の批判的思考力が高まるため、文書処理に限らないさまざまな場面で知的生産性が向上すると考えられます。

テキストよりもグラフの方が文書処理の効率が高いのも、グラフを作成すると批判的思考力が高まるのも、グラフが論理的な構造を明示的に表現し、操作を容易にしているからだと考えられます。セマンティックエディタは、論理的な構造の操作をさらに容易にすることで、グラフのこのようなメリットを増大させると期待されます。

しかし、文書をテキストによって表現するという数千年の長きにわたる慣習を変えるのは容易ではありません。文書は人と人との間での情報共有や合意形成に使われるものなので、他人がグラフを使っていなければ自分がグラフを使うメリットもない、という「鶏と卵」の状態になってしまいます。まずは、小さなコミュニティでの文書の共同作成においてグラフを使うところから始める必要がありそうです。

グラフのメリットは、学習者の能力の向上を図る教育での活用に適しています。批判的思考力をはじめとする非認知能力(社会情緒的能力)が高い子どもほど、将来成功する確率が高いといわれています。また、批判的思考力に関する標準的なテストを用いて、能力の向上を測定することも比較的容易です。一般の業務においても、グラフは文書処理の効率と事業成績を向上させると考えられますが、事業成績の向上には文書処理の効率向上と事業に携わる個人の能力向上以外の要因が多く、また個人の批判的思考力の向上よりも測定が困難です。

そこで共同研究チームは、まず教育の現場にグラフの共同作成を導入することを試みました。それによって授業の効率と生徒の批判的思考力が高まることが分かれば、一般的な業務の現場でもグラフによって文書処理の効率と事業成績が高まることが容易に想像でき、教育を起点として社会全体にグラフを普及させることが可能と考えられます。

  • 注1)Zilian Zhang. Collaborative graph composition is more productive than collaborative text composition, 2020. Master thesis, the University of Tokyo.

研究手法と成果

グラフの作成によって批判的思考力を高めるためには適切な指導が必要だと言われており、そのような指導をする教員の負担などが学校教育にグラフを導入する上での大きな課題でした。特に日本では教員が忙しすぎるため負担を増やすわけにいきません。学習指導要領に沿った通常の授業において、教員に余分な負担をかけずにグラフを導入する必要があります。そこで共同研究チームは、最近の学校教育でグループディスカッション(協調学習)が盛んに行われていることに着目し、二つの高校での実験によって下記の仮説[H]の検証を試みました。

仮説[H]:通常の授業においてグループディスカッションの内容を表すグラフを生徒が共同作成することは教員の負担を増やすことなく可能であり、それによって生徒の批判的思考力が向上する。

テキストよりもグラフの方が文書処理の効率が高く、グラフを作成すると批判的思考力が高まるという先行研究の成果は、大学生以上の大人に関する知見であり、高校生でも同じことが成立するかどうかは不明でした。しかし、実験によって仮説[H]が証明されれば、高校生でもグラフの作成が批判的思考力を高めることが明らかになります。また、高校生にとってもテキストよりグラフの方が作りやすいことが証明はされないものの、示唆されることになります。

2022年10月から2023年1月にかけて、埼玉県の川口市立高校および神奈川県の三浦学苑高校で、1年生の「現代の国語」の授業中のグループディスカッションにおいて、各グループの生徒がセマンティックエディタで議論の内容を表すグラフを共同作成しました(図2)。実験に参加したのは川口市立高校の5クラスと三浦学苑高校の1クラスで、生徒数は合計100余名でした。グループディスカッションの各グループは2~5名でした。川口市立高校の5クラスのうち3クラスと2クラスは別の教員が担当しました。

生徒が作ったグラフの例の図

図2 生徒が作ったグラフの例

サムネイル画像は架空のものに置き換えてある。

まず、2022年10月に1回目の批判的思考力のテスト(CTテスト)を実施した後、グラフの作り方を教員が説明し、2023年1月まで5回の授業において上記のようなグラフの共同作成を行い、その後2回目のCTテストを実施しました。CTテストには、WGCTA(Watson-Glaser Critical Thinking Appraisal)方式の選択問題を用いました。各回のテストは39問または40問からなります。川口市立高校においても三浦学苑高校においても、1回目と2回目のCTテストの問題に重なりはありません。川口市立高校の5クラスは各回に共通のテストを受けています。

グラフの共同作成を行う授業は、教員がグループディスカッションの議題について説明し、それに応じて生徒の各グループがグラフを共同作成しながらディスカッションして、他のグループと教員からのコメントを受けてグラフを修正する、という形を想定しましたが、実際には必ずしもこのパターンに従うわけではなく、グループの間でコメントし合う時間が足りなくなることなどもありました。

実際の授業において、生徒が作ったグラフを見て教員が即座にコメントしていた(テキストの場合はコメントするまでにもっと時間がかかるはずです)ことから、生徒は授業に支障をきたさない程度にグラフ文書を作成できていたといえます。また、教科書の図表などのコピーに注釈を加えた資料を教員が事前に用意して生徒に配布することがありましたが、同様の資料は従来の授業でも作成していたので、グラフの共同作成の導入が教員の準備の負担を増やすことはないと考えられます。グループディスカッションの内容を表すグラフを生徒が共同作成してそのグラフに教員と他の生徒がコメントするという方法は、グループディスカッションを含む多くの授業に容易に導入できるでしょう。

このことにより、仮説[H]の前半(通常の授業においてグループディスカッションの内容を表すグラフを生徒が共同作成することが教員の負担を増やすことなく可能)を示すことができました。また、仮説[H]の後半(それによって生徒の批判的思考力が向上する)も下記のように示されます。

1回目または2回目のCTテストに欠席した生徒を除いたちょうど100名の生徒のCTテストの成績とグラフの操作(リンク作成、リンク編集、ノード作成、ノード編集、ノード移動)の回数のデータを分析しました。ここで、リンク編集とはリンクの種類または向きを変更すること、ノード移動はノードの座標を変更することを指します。両校での各操作の総回数は、リンク作成が1,372回、リンク編集が562回、ノード作成が1,659回、ノード編集が445回、ノード移動が2,521回でした。分析結果の概要は以下の通りです。

  • (1)グラフ操作の量とCTテストの成績向上との相関関係がある確率は99.73%だった。
  • (2)5回の授業でのグラフ操作は、CTテストの成績に影響する要因の8.8%を占めた。
  • (3)5種類のグラフ操作のうち、リンク作成とリンク編集、ノード編集がCTテストの成績向上の主な要因だった。
  • (4)CTテストの成績向上の両校の平均は3.1%だった。

(1)で、仮説[H]の後半も示すことができました。グラフを共同作成する授業を5回より多く受ければ(高校3年間で50回ほど受講できると思われます)、グラフ操作がCTテストの成績にもたらす影響は、(2)の8.8%より大きくなるはずです。また、リンク作成とリンク編集がCTテストの成績向上の主な要因であることから、リンクの種類を簡単に選択入力できるセマンティックエディタの機能は批判的思考力の向上に有効だと考えられます。

今後の期待

本研究では、グラフの共同作成を高校の通常の授業に余分な手間をかけずに導入できることと、それによる批判的思考力の向上が統計的に有意であることを実証しました。これは、全国のあらゆる高校で授業にグラフを導入する合理的な根拠になります。中学校や大学でも同様と予想されます。それによって教育現場でのグラフの効果が広く周知されれば、一般の業務の現場にもグラフが普及し、さまざまな場面での知的生産性が永続的に高まり、産業や学術、政治、文化の発展が加速すると期待できます。

さらにChatGPTのようなテキスト生成AI(人工知能)の普及も、テキストからグラフへの移行を促進するでしょう。人間とAIとのインタフェースにもグラフを使った方が、人間にもAIにも都合が良いはずです。グラフは明示的な意味構造を持つため、AIの入力データとしても学習データとしても優れています。グラフを入力して、それを拡張したり変換したり翻訳したりするAIが、グラフの作成・編集・活用を支援してくれるようになるでしょう。そのようなAIの性能は、大量のグラフのデータを機械学習に用いることで向上し続けます。このように、グラフの普及がAIの発展を加速し、AIの発展がグラフの活用を高度化するというサイクルが回ることにより、社会とAIの共進化が持続するものと期待できます。

補足説明

  • 1.グラフ
    一般にはノードとリンクからなるデータ。本研究で扱うグラフでは、各ノードは任意のテキストや画像を含み、各リンクは「因果」や「例」や「対照」などの意味的関係を表す。
  • 2.批判的思考力
    論理的思考力、つまり事実や概念の内容を論理的・客観的に把握し操作する能力のこと。
  • 3.マインドマップ
    思考の内容を表現するための、木構造に近い放射状のグラフ。
  • 4.KJ法のA型図式
    KJ法は川喜田二郎がフィールドワークなどで収集したデータをまとめるために考案した手法。データを記したカードをグループにまとめた図解がA型図式。それに基づいてテキスト文書(B型文章)を作る。
  • 5.概念地図
    ジョセフ・D・ノヴァクらが考案した、概念間の関係を表現するグラフ。
  • 6.議論地図
    議論の構造を視覚的に表すグラフ。結論、前提、共同根拠、反対意見、反論、仮定などのノードを含む。
  • 7.セマンティックエディタ

    グラフを作成・編集するソフトウェアツール。Personaryアプリの機能として実装されている。Personaryは分散PDS(personal data store)ライブラリであるPLR(personal life repository)を用いて、パーソナルデータなどを安全かつ安価に保管・共有するアプリであり、iOS、Android、Windows、macOS、Linuxで動作する。詳しくは下記のサイトを参照。

    QRコードの画像
    Personary

共同研究チーム

理化学研究所 革新知能統合研究センター
社会における人工知能研究グループ 分散型ビッグデータチーム
チームリーダー 橋田 浩一(ハシダ・コウイチ)
(東京大学大学院 情報理工学系研究科 附属ソーシャルICT研究センター 教授)
特別研究員(研究当時)柴田 健一(シバタ・ケンイチ)

東京大学大学院 情報理工学系研究科 附属ソーシャルICT研究センター
学術専門職員 松原 勇介(マツバラ・ユウスケ)

研究支援

本研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「人と共に進化する次世代人工知能に関する技術開発事業」の支援によるテーマ「人とAIの協調を進化させるセマンティックオーサリング基盤の開発」(代表者:橋田浩一)の一環として行われました。

発表者

理化学研究所
革新知能統合研究センター 社会における人工知能研究グループ 分散型ビッグデータチーム
チームリーダー 橋田 浩一(ハシダ・コウイチ)
(東京大学大学院 情報理工学系研究科 附属ソーシャルICT研究センター 教授)

橋田 浩一 チームリーダーの写真 橋田 浩一

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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