2023年11月14日
理化学研究所
東京大学国際高等研究所東京カレッジ
熱流によるスキルミオンとアンチスキルミオンの相互変換
-「熱流」を利用したトポロジカル磁気デバイスへの応用に期待-
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター 電子状態マイクロスコピー研究チームのヤシン・フェミ 基礎科学特別研究員、于 秀珍 チームリーダー、創発現象観測技術研究チームの進藤 大輔 チームリーダー、強相関物質研究グループの軽部 皓介 上級研究員(研究当時)、田口 康二郎 グループディレクター、十倉 好紀 センター長(理研 創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ グループディレクター、東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)らの研究グループは、室温で熱流によるスキルミオン[1]とアンチスキルミオン[2]との相互変換に成功しました。
本研究成果は、スキルミオンとアンチスキルミオンを⽤いたトポロジカル磁気デバイスへの応⽤に寄与するものと期待されます。
これまで、熱流でスキルミオンを駆動できることは報告されていましたが、熱流でアンチスキルミオンを駆動させることやアンチスキルミオンからスキルミオンへ変換させることは実証できていませんでした。
今回、研究グループは、熱流により、磁性体(Fe0.63Ni0.3Pd0.07)3P(Fe:鉄、Ni:ニッケル、Pd:パラジウム、P:リン、以下「FNPP」という。)に室温・ゼロ磁場で約200ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズのスキルミオンを生成させ、それをアンチスキルミオンに変換し、その動的な振る舞いを観察することに成功しました。さらに研究グループは、外部磁場の印加によって、FNPP薄板中に生成したアンチスキルミオンに、温度勾配による熱流を与えることでアンチスキルミオンからスキルミオンへ変換できることを確認しました。
本研究成果は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(11月4日付)に掲載されました。
磁性体FNPPにおける熱流誘起スキルミオンとアンチスキルミオンとの相互変換
背景
「スキルミオン」は、固体中の電子スピン[3]によって形成される渦状の磁気構造体であり、トポロジカル数[4](-1)で特徴付けられ、安定な粒子として振る舞います。その大きさは通常数十~数百ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)と微小であることに加え、低電流で駆動できることから、省電力デバイスなどへの応用が期待されています。
一方、「アンチスキルミオン」は反渦状の磁気構造体であり、スキルミオンとは逆符号のトポロジカル数(+1)を持つため、スキルミオンの反粒子と考えられ、新しいトポロジカル構造として注目されています。
これまで、スキルミオンは温度勾配による熱流で駆動できることが実証されていました注1)が、アンチスキルミオンの熱流での駆動は確認されていませんでした。
- 注1)2021年8月23日プレスリリース「微小な熱流によるナノスケールスキルミオンの駆動に成功」
研究手法と成果
研究グループは室温においてスキルミオンとアンチスキルミオンを生成できる磁性体FNPPを用いて、熱流下のスキルミオンとアンチスキルミオンの動的振る舞いを実空間で観察しました。
まず、150nmのFNPP薄板を成形しました。次に、二酸化シリコンの薄板にヒータ線(Pt)を取り付け、二酸化シリコン薄板をFNPP薄板の一端に接触させました。次に、室温に保持した二酸化シリコン薄板に絶縁材「TEOS」を接続し、「TEOS」をFNPP薄板の他端に接触させました(図1a、b)。ヒータ線に電流を流すことで、FNPP薄板において二酸化シリコン薄板の接続部からTEOS接続部にかけて、高温から低温への温度勾配をつけることができます。
FNPP薄板に垂直に450ミリテスラ(mT)の磁場をかけ、その後磁場を徐々に下げてゼロとすると、FNPP薄板中にスキルミオンを生成することができました(図1c)。次にヒータ線に電流を流し、スキルミオンの変化をローレンツ電子顕微鏡[5]で観察したところ、FNPP薄板中の温度勾配が大きくなるにつれて、スキルミオンはアンチスキルミオン(図1d)に変化し始めました(図1f)。次に、FNPP薄板に垂直に439mTの磁場をかけるとともに温度勾配を変化させると、熱流によりアンチスキルミオンがスキルミオンへ変化しました(図1e)。
図1 FNPP薄板で構成されたデバイスとデバイスを用いた実験結果
- (a)FNPP薄板で構成されたマイクロデバイスの模式図。
- (b)マイクロデバイスの走査型電子顕微鏡写真。
- (c)室温でマイクロデバイスに生成された単一スキルミオンの面内磁場分布。
- (d)室温でマイクロデバイスに生成された単一アンチスキルミオンの面内磁場分布。
- (e)磁場中で温度勾配の熱流によるアンチスキルミオンからスキルミオンへの変換。
- (f)ゼロ磁場で温度勾配の熱流によるスキルミオンからアンチスキルミオンへの変換。
FNPP薄板中にスキルミオンが生成した後、温度勾配とスキルミオンの数やアンチスキルミオンの数との関係を調べました。温度勾配が5.0Kμm-1(ケルビン/マイクロメートル)を超えると、すべてのスキルミオンがアンチスキルミオンへ変換していることが分かりました(図2c)。
図2 熱流によるトポロジカル数-1から+1への変換
- (a)温度勾配による熱流を印加する前のスキルミオンのローレンツ電子顕微鏡画像。
- (b)温度勾配による熱流を印加した後のアンチスキルミオンのローレンツ電子顕微鏡画像
- (c)温度勾配の変化によるスキルミオン(青)とアンチスキルミオン(赤)の数を示すグラフ。
今後の期待
本研究では、室温・ゼロ磁場において、熱流によるアンチスキルミオンとスキルミオンの相互変換の制御に初めて成功しました。本研究成果により、さまざまなプロセスで生成される「熱流」を利用してトポロジカル数の制御が可能となります。ここでのトポロジカル数(+1,-1)は電子デバイスにおける(0,1)に対応させることができるため、将来的にトポロジカル磁気デバイスの開発に寄与し、スピントロニクス[6]の応用研究に役立つことが期待されます。
補足説明
- 1.スキルミオン
固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体であり、トポロジカル数「-1」を持つ。スキルミオンの中心を通る直線状のスピン配列はどこを切っても同じらせん状である。スピン配列と外周スピン配列は反平行であり、その間のスピン配列は少しずつ方向を変えながら、渦状に配列している。 - 2.アンチスキルミオン
スキルミオンとは逆符号のトポロジカル数「+1」を持つ反渦状の磁気構造体。アンチスキルミオンの中心を通る直線上のスピン配列は、面内に45度回転するごとにらせん型とサイクロイド型が交互に入れ替わり、90度回転するごとにスピンの回転方向が反転する。 - 3.電子スピン
電子の持つ自由度の一つで、微小な磁石として働く。電子の自転として理解できる。 - 4.トポロジカル数
トポロジカル数は、磁気渦の幾何学的な性質を特徴付けるスピンの「巻き数」に相当する数であり、スピンが円を1周(公転)する間に、スピン自身がどれだけ回転(自転)したかを表す数。トポロジーは数学的な概念で、連続変形に対する不変性など物体の形を論じる数学の一分野。 - 5.ローレンツ電子顕微鏡
電子線が磁性体を通過する際に受けるローレンツ力による電子軌道の方向の変化を可視化することにより、試料内部の磁気構造を観察する顕微鏡。 - 6.スピントロニクス
電子の自転(スピン)現象を利用した電子工学。次世代の省電力・不揮発性の電子素子の動作原理を提供すると期待されている。
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「電子顕微鏡によるトポロジカルスピン構造とそのダイナミクスの実空間観察(研究代表者:于秀珍、19H00660)」、同基盤研究(S)「磁性伝導体における新しい創発電磁誘導(研究代表者:十倉好紀、23H05431)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「Beyond Skyrmionを目指す新しいトポロジカル磁性科学の創出(研究代表者:于秀珍、JPMJCR20T1)」「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人、JPMJCR1874)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Fehmi Sami Yasin, Jan Masell, Kosuke Karube, Daisuke Shindo, Yasujiro Taguchi, Yoshinori Tokura, Xiuzhen Yu, "Heat current-driven topological spin texture transformations and helical q-vector switching", Nature Communications, 10.1038/s41467-023-42846-7
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 電子状態マイクロスコピー研究チーム
基礎科学特別研究員 ヤシン・フェミ・サミ(Fehmi Sami Yasin)
チームリーダー 于 秀珍(ウ・シュウシン)
創発現象観測技術研究チーム
チームリーダー 進藤 大輔(シンドウ・ダイスケ)
強相関物質研究グループ
上級研究員(研究当時)軽部 皓介(カルベ・コウスケ)
グループディレクター 田口 康二郎(タグチ・ヤスジロウ)
創発物性科学研究センター
センター長 十倉 好紀(トクラ・ヨシノリ)
(創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ グループディレクター、東京大学 卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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