2025年6月27日
理化学研究所
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中性子星表面の核融合「スーパーバースト」を観測
-キューブサットX線衛星NinjaSatが新天体の解明に貢献-
理化学研究所(理研)開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室の青山 有未来 理研スチューデント・リサーチャーM(東京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻 修士2年)、玉川 徹 主任研究員(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)、三原 建弘 専任研究員、長瀧天体ビッグバン研究室の土肥 明 基礎科学特別研究員、仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室の髙橋 拓也 研修生(東京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻 修士1年)、京都大学 大学院理学研究科 物理学・宇宙学専攻の榎戸 輝揚 准教授、千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センターの岩切 渉 助教、広島大学 大学院先進理工系科学研究科の武田 朋志 日本学術振興会特別研究員(理研 開拓研究所玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客員研究員)らの国際共同研究グループは、理研のキューブサット(CubeSat)[1]X線衛星NinjaSat(ニンジャサット)[2]と全天X線監視装置MAXI(マキシ)[3]を用いて、新天体MAXI J1752-457[4](以下、MAXI J1752)からのX線増光を捉え、それが中性子星[5]の表面で発生する爆発的な核融合が引き起こすX線バースト[6]であり、これまでに観測された約120個のX線バーストを起こす天体の中でも特に珍しい特大爆発「スーパーバースト[7]」を起こす天体であると明らかにしました。スーパーバーストを起こす天体は、MAXI J1752を含め17個しか知られていません。
今回の観測により、NinjaSatミッションの目的の一つである「MAXIが発見した新天体をNinjaSatで追跡観測」を実現しました。さらに、理研の理論研究者らも参加して観測現象の解釈を行いました。
新天体MAXI J1752からのX線増光はMAXIが2024年11月に捉えました。MAXIによる発見から約2.5時間後、国際共同研究グループはNinjaSatでの観測を開始し、X線が減衰して検出限界より暗くなるまでの様子を8日間にわたり観測しました。観測的特徴からスーパーバーストと解釈できたことで、MAXI J1752は中性子星を含む連星系[8]と推定できました。このようなスーパーバーストを発生直後から観測した例は珍しく、核融合で温められた星表面が冷却していく様子を明らかにしました。
本研究は、米国の天体物理学会誌『The Astrophysical Journal Letters』(6月20日付)に掲載されました。

中性子星の表面で発生するスーパーバーストの(左)想像図と(右)模式図
背景
宇宙では突発的に明るくなる天体(突発天体)がたくさん出現しています。近年の宇宙観測では、突発天体を観測することで宇宙の謎を解明する時間軸天文学(Time Domain Astronomy)が大きな潮流になっています。2023年11月11日に打ち上げられたキューブサットX線衛星NinjaSat注1)は、迅速に観測スケジュールを調整でき、突発天体の機動的な観測も可能なことから、時間軸天文学への貢献も期待できます。2024年2月23日からNinjaSatは科学観測を開始し、規則正しく繰り返し爆発する中性子星SRGA J144459.2-604207に関する観測論文がすでに公表されています注2)。
- 注1)2023年11月10日プレスリリース「キューブサットX線衛星NinjaSatの打ち上げについて」
- 注2)2025年5月29日プレスリリース「キューブサットX線衛星NinjaSatによる宇宙観測の革新」
研究手法と成果
2024年11月9日、MAXIは新天体MAXI J1752をさいだん座(南半球の星座)の方向に発見しました(図1)。それは5時間も続く長いX線増光で、その強度は1.2時間の時間スケールでだんだん弱くなっており、初めは主にヘリウムが燃焼する中間ロングバースト(Intermediate Long Burst)だと推定されました。翌日の11月10日、MAXIチームからの天文学者電報(The Astronomer's Telegram; ATel)への報告を受けたNinjaSatチームは、そのときに実施していた観測を中断し、MAXI J1752の追跡観測を決めました。2.5時間後の即応観測は、X線衛星の観測では非常に早い対応でした。当時、MAXI J1752はNinjaSatから見て太陽から45度しか離れておらず、多くの大型衛星では太陽に近すぎるため観測が困難でした。太陽から30度まで離れた天体を観測することが可能なNinjaSatは、その後も徐々に厳しくなる観測条件の中、MAXI J1752を観測し続けることができました。

図1 MAXI J1752が発見された位置とNinjaSat
MAXI J1752は銀河の中心から少し離れたさいだん座の方向に発見された。上は銀河面が中央で横方向に伸びる銀河座標で描かれた全天のX線画像。左下には、MAXI J1752とその近傍にある天体を図示し、これらの天体をNinjaSatで分離して観測できたことを示している。右下はNinjaSatの模式図。
特定の天体を長期に占有観測ができ、MAXIより多くのX線を集めることができるNinjaSatの特長を生かし、この天体のX線強度がゆっくり減衰する様子を記録できました。X線の明るさの減衰の時間スケール(指数関数の減衰の時定数[9])は15時間と分かりました(図2)。また、X線スペクトルは温度2キロ電子ボルト(keV)の黒体放射と判明しました。これらは、低質量X線連星系[8]にある中性子星の表面で核融合が起きた際の「X線バースト」の特徴によく一致していました。とりわけ、長時間にわたって続いた今回の増光は、水素の核融合である通常のX線バーストではなく、特に珍しい炭素の核融合による特大爆発のスーパーバーストと考えられます。これにより、史上17例目のスーパーバーストを検出したことになります。また、MAXI J1752のスーパーバースト初期の明るさが中性子星の最大光度に達していたと仮定すると、銀河中心への距離と同程度の8キロパーセク(kpc:pcは星の距離を表す単位。1pcは約3.26光年)と推定でき、MAXI J1752はX線バーストを頻発する天体が多く分布する天域に位置すると確認できました。

図2 MAXI J1752のX線強度と中性子星の表面温度の時間変化
MAXI J1752は、X線増光の発見直後、減衰の時間スケール(指数関数の時定数)1.2時間と速く減衰しているが、NinjaSatの観測(赤色)以降、X線減衰は時定数15時間となだらかになっている。X線強度の時間変化を示すグラフ上で、指数関数を示す黒い実線の初期の傾きは1.2時間、後期の傾きは15時間を示す。
初期の中間ロングバーストから、より長く続くスーパーバーストに変化する奇妙な振る舞いは、どのように説明できるのでしょうか。より詳しく調べると、図2のようにMAXI J1752のX線フラックス(エネルギー流束量)の減衰していく様子(光度曲線)が途中で変化していました。光度曲線の変化の解釈は、理研の理論研究チームから寄せられました。X線バーストの理論モデルで、中性子星の内部で核融合が起きている燃焼層から中性子星表面までの熱伝導を考慮すると、表面放射が徐々に減衰する現象が説明できることが分かりました。実際にMAXIとNinjaSatが観測した光度曲線を理論モデルで再現でき、核融合の燃料となる物質を炭素だとするスーパーバーストのモデルと矛盾しない結果が得られました。
このように、MAXIが発見しNinjaSatが追跡観測した天体MAXI J1752の正体は、低質量X線連星系でのスーパーバーストと解明されました。
今後の期待
打ち上げから1年が経過した頃に、NinjaSatは本研究の成果であるスーパーバーストの観測に成功しました。キューブサット衛星では初めての快挙です。それは打ち上げ1周年を祝う宇宙からの贈り物のようであり、打ち上げ前に目標としていたNinjaSatプロジェクトのフルサクセス(観測論文を2本出版)が本論文で達成されたことになります。
今回の観測では、MAXIとNinjaSatの連携により、バースト発生直後の光度の急激な減衰(時定数1.2時間)に加えて、後半のゆっくりとした減衰(時定数15時間)についても精度よく調べることができ、MAXI J1752の正体解明につながりました。今後は、この光度や温度の時間変化を理論モデルとより詳細に比較することで、観測データがモデル精緻化に貢献することが期待されます。
宇宙には今回観測できたようなX線バーストを起こす中性子星はたくさん隠れており、キューブサット衛星を活用することで、これらを次々に観測することができれば、X線連星の進化の理解や時間軸天文学の進展へ貢献していけると考えています。
補足説明
- 1.キューブサット(CubeSat)
10cm×10cm×10cmを一つのユニット(1U)とした、超小型衛星の規格の一つ。ここ10年ほど、世界的に宇宙の商業利用が進んだことで、キューブサット規格の地球観測衛星や通信衛星などが、以前と比べ安価に大量に打ち上げられている。 - 2.X線衛星NinjaSat(ニンジャサット)
日本初の超小型X線汎用衛星。6Uキューブサット。2023年11月11日に米国のヴァンデンバーグ宇宙基地にて、SpaceX社により高度530kmの太陽同期軌道上に打ち上げられた。大きさは10cm×20cm×30cm程度、重さは8kgである。主検出器として、非撮像型のガスX線検出器を2台搭載している。 - 3.全天X線監視装置MAXI(マキシ)
国際宇宙ステーション搭載の全天X線監視装置。理研が宇宙航空研究開発機構(JAXA)と運用している。90分ごとに全天をスキャン観測しており、突発的に明るくなるX線天体の発見に貢献している。全天X線監視装置MAXI - 4.新天体MAXI J1752-457
2024年11月9日にMAXIが発見した天体。発見装置はMAXI、Jは2000年分点で(2000年1月1日12時J2000.0の天球座標を基準とする)、数値は位置を示し赤経17時52分、赤緯-45.7度にある、という意味で名付けられた。南天のさいだん座の方向にある。距離は不明だが、約8kpc(26,000光年)と推測される。
発見時のMAXIニュース「X-ray nova MAXI J1752-457」MAXI J1752はその後NuSTAR(ニュースター衛星)により正確な位置が決定され、アインシュタインプローブ衛星(Einstein Probe)が2024年8月9日に発見した弱いX線源EP240809aと同一天体であることが判明した。現在、同天体について、中国、日本、アメリカの研究者が共同研究を行っている。
時系列順の各衛星の観測報告は以下を参照。
- 2024/08/09 ATel 16765 : Einstein ProbeによるEP240809aの発見
- 2024/11/10 ATel 16898 : MAXI によるX線増光の発見
- 2024/11/12 ATel 16903 : NinjaSat による追跡観測
- 2024/11/16 ATel 16910 : NuSTAR による位置の報告
- 5.中性子星
太陽よりずっと質量が大きい恒星が超新星爆発を起こした後に残る、半径10km程度の超高密度天体。1cm3で10億トンにも及ぶ密度を持ち、物質としては、宇宙で最高密度の天体。中性子星は星が強い重力でつぶれようとするのを、中性子の持つ量子効果(中性子の縮退圧等)で支えている。 - 6.X線バースト
中性子星と太陽よりも軽い恒星から成る連星系([8]参照)で、恒星からのガスが中性子星の表面に降り積もり、臨界状態に達すると発生する核融合爆発のこと。 - 7.スーパーバースト
通常のX線バーストは、中性子星の表面にある水素とヘリウムが点火する。より深い層に存在する炭素が点火する場合、スーパー(X線)バーストとなる。どちらのX線バーストでも、点火した層とその外側の層が全て燃える。そのため、より深い層から燃焼するスーパーバーストは、放出される総エネルギーが通常よりも3桁以上大きく、X線増光の継続時間は1時間以上と長く、場合によっては数日続くこともある。MAXI J1752からのX線増光は3日以上続いた。 - 8.連星系、低質量X線連星系
連星系は二つの星が互いの周りを回っている状態を表す。そのうちの一つがブラックホールや中性子星の場合、ブラックホール連星、中性子星連星のように表現される。低質量X線連星系は、中性子星またはブラックホールと、太陽よりも軽い恒星が互いの周りを回っている連星系。 - 9.時定数
一般に、物理学において入力の変化に対する出力の応答時間を示す定数。今回の観測では、X線の明るさの減少を指数関数で近似し、当該時定数を求めた。時定数が小さいほど短い時間で減衰する。MAXI J1752からのX線光度曲線は、ピーク光度からの経過時間に対し、初めの時定数が小さい成分と後ろの時定数が大きい成分で表せる。
国際共同研究グループ
NinjaSatチームで本観測を中心で進めたメンバー
理化学研究所
開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
理研スチューデント・リサーチャーM 青山 有未来(アオヤマ・アミラ)
(東京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻 修士2年)
主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)
(理研 仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)
専任研究員 三原 建弘(ミハラ・タテヒロ)
仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室
研修生 髙橋 拓也(タカハシ・タクヤ)
(東京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻 修士1年)
京都大学 大学院理学研究科 物理学・宇宙学専攻
准教授 榎戸 輝揚(エノト・テルアキ)
(理研 光量子工学研究センター 中性子ビーム技術開発チーム 客員主管研究員)
千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター
助教 岩切 渉(イワキリ・ワタル)
(理研 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客員研究員)
広島大学 大学院先進理工系科学研究科
日本学術振興会特別研究員 武田 朋志(タケダ・トモシ)
(理研 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客員研究員)
理論研究チーム
理化学研究所 開拓研究所 長瀧天体ビッグバン研究室
基礎科学特別研究員 土肥 明(ドヒ・アキラ)
東京大学 原子核科学研究センター
特任研究員 西村 信哉(ニシムラ・ノブヤ)
(理研 開拓研究所 長瀧天体ビッグバン研究室 客員研究員)
上記の以外の参加者
理化学研究所
北口貴雄、加藤 陽(研究当時)、河合誠之
東京理科大学
渡部蒼汰(研究当時)、山﨑 楓、岩田 智子、大田 尚享、重城 新大(研究当時)
彰化師範大学
胡 欽評(Chin-Ping Hu)
青山学院大学
芹野素子
日本大学
中島基樹
原論文情報
- Amira Aoyama et al., "Thermonuclear superburst of MAXI J1752-457 observed with NinjaSat and MAXI", The Astrophysical Journal Letters, 10.3847/2041-8213/addd00
発表者
理化学研究所
開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
理研スチューデント・リサーチャーM 青山 有未来(アオヤマ・アミラ)
(東京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻 修士2年)
主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)
(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)
専任研究員 三原 建弘(ミハラ・タテヒロ)
長瀧天体ビッグバン研究室
基礎科学特別研究員 土肥 明(ドヒ・アキラ)
仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室
研修生 髙橋 拓也 (タカハシ・タクヤ)
(東京理科大学 大学院理学研究科 物理学専攻 修士1年)
京都大学 大学院理学研究科 物理学・宇宙学専攻
准教授 榎戸 輝揚(エノト・テルアキ)
千葉大学 ハドロン宇宙国際研究センター
助教 岩切 渉(イワキリ・ワタル)
広島大学 大学院先進理工系科学研究科
日本学術振興会特別研究員 武田 朋志(タケダ・トモシ)
(理研 開拓研究所 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 客員研究員)


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