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2025年7月10日

理化学研究所
名古屋大学

カーボンナノベルトの一挙多官能基化に成功

-分子性ナノカーボン材料の応用研究を加速する発見-

理化学研究所(理研)開拓研究所 伊丹分子創造研究室の伊丹 健一郎 主任研究員(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム チームディレクター、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)、奥村 翼 研修生(名古屋大学 大学院理学研究科 博士前期課程学生)らの国際共同研究グループは、炭素でできた筒状分子であるカーボンナノベルトの一挙多官能基(機能を持った原子団)化法の開発に成功しました。

本研究成果により、カーボンナノベルトが分子認識[1]化学や超分子[2]材料へと展開されることが期待されます。

本研究の結果、従来困難であったカーボンナノベルトの性質制御が、温和な条件かつ簡便に実行できるようになりました。この多官能基化によって溶解性が劇的に向上するだけでなく、分子構造の可変的制御が可能となることが分かりました。

本研究は、科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』オンライン版(7月6日付)に掲載されました。

本研究で開発したカーボンナノベルトの一挙多官能基化反応の図

本研究で開発したカーボンナノベルトの一挙多官能基化反応

背景

炭素原子が筒状に連なった大環状分子であるカーボンナノベルトは、その興味深い化学構造と物理的性質から70年近くにわたって多くの科学者の関心を集めてきました。伊丹主任研究員らが2017年に(6,6)カーボンナノベルトの合成を初めて報告して以降注1)、世界中でさまざまな種類のカーボンナノベルトが合成され、今日では有機エレクトロニクスや超分子化学[2]などの材料科学の枠を超えて、生命科学分野でも応用研究が展開されつつあります。カーボンナノベルトを積極的に活用した応用研究を加速させるためには、その構造や性質を自在に変える技術(直接官能基化)が重要になります。しかしカーボンナノベルトの直接官能基化は制御が難しく、これまで限られた例しか報告されていません注2)、注3)

特に、ベンゼン環[3]のみから構成される(6,6)カーボンナノベルトに対しては、伊丹主任研究員らが2020年に報告したわずか一例のみでした注4)。また、(6,6)カーボンナノベルトは、分子構造の剛直さと高い対称性が原因で溶解性が低く、他の材料と組み合わせることが困難なため、応用研究の多くは分子単体に限定されていました。

2020年に伊丹主任研究員らは(6,6)カーボンナノベルトが、反応性に富んだアントラセン[4]と呼ばれる骨格を周期構造に持ち(図1A)、その特徴の一部を引き継いで位置特異的な反応性を示すことを明らかにしています注4)。国際共同研究グループは、この反応性を利用して、(6,6)カーボンナノベルトの直接官能基化の実現に挑みました。

  • 注1)"Synthesis of a carbon nanobelt" Guillaume Povie, Yasutomo Segawa, Taishi Nishihara, Yuhei Miyauchi, Kenichiro Itami, Science 2017, 356, 172-175.
  • 注2)2024年10月18日プレスリリース「水に溶ける炭素のナノベルト
  • 注3)2025年6月6日プレスリリース「昆虫の体内で機能性分子ナノカーボンを合成
  • 注4)"Synthesis of cycloiptycenes from carbon nanobelts" Hiroki Shudo, Motonobu Kuwayama, Yasutomo Segawa, Kenichiro Itami, Chem. Sci. 2020, 11, 6775-6779.

研究手法と成果

まず、国際共同研究グループはアントラセン骨格を温和な条件かつ簡便な条件で官能基化できる方法の開発に取り組み、金属マグネシウムを介した位置選択的なエステル基付加反応を発見しました(図1B)。そして、この反応を(6,6)カーボンナノベルトに施すことで一挙に12個のエステル基[5]が付加した多官能基化カーボンナノベルトを得ることに成功しました(図1C)。そして12個のエステル基の導入は、(6,6)カーボンナノベルトの溶解性を劇的に向上させました。

つぎに、単結晶X線構造解析[6]によって、全てのエステル基がアントラセン周期構造へ選択的に付加していることや、その構造は真円から六角形に近い形へと変化していることが分かりました(図2)。

新たに開発したカーボンナノベルトの多官能基化反応の図

図1 新たに開発したカーボンナノベルトの多官能基化反応

  • (A)(6,6)カーボンナノベルトの化学構造。反応性に富むアントラセンを周期構造に持つ。
  • (B)開発したアントラセンへのエステル付加反応。金属マグネシウムを介してエステル化が進む。Mgは金属マグネシウム、OEtはエトキシ基(-OCH2CH3)を表す。
  • (C)カーボンナノベルトの多官能基化反応。エステル基を一度に12個付加することができる。
単結晶X線構造解析によって得られた多官能基化ナノベルトの構造の図

図2 単結晶X線構造解析によって得られた多官能基化ナノベルトの構造

多官能基化ナノベルト(左)は、真円形の(6,6)カーボンナノベルト(右)に比べ、六角形に近い構造をしている。灰色は炭素原子、赤色は酸素原子を表す。

リングや筒のような大環状構造を持つ分子は、その内部空間に特定の分子を取り込むことが知られています。この性質はホスト-ゲスト特性と呼ばれ、分子認識や超分子化学の分野で特に重要となります。国際共同研究グループは、官能基化によってカーボンナノベルトの内部空間にも構造的な変化が起きていると想定し、官能基化前後でのホスト-ゲスト特性を調査しました。1H核磁気共鳴スペクトル[7]を使った滴定(溶液中の特定物質の量または性質を測定)実験の結果から、官能基化前の(6,6)カーボンナノベルトはメチルビオロゲン[8]のような正の電荷を持つ有機分子を筒内部に取り込まないのに対し、官能基化後は弱いながらも取り込むことが分かりました。他にも、リシン[9]アセチルコリン[10]のような生体内に存在する正の電荷を持つ分子が内部空間に取り込まれることを確認しました。理論計算を用いた解析から、このホストーゲスト特性の発現は多官能基化に伴って(6,6)カーボンナノベルトが剛直な構造から比較的柔軟な構造へと変化したことが要因だと分かりました。これらの結果は、多官能基化に伴った構造変化によってカーボンナノベルトのホストーゲスト特性が可変的に制御できることを示しています。

官能基化前後でのホスト-ゲスト特性の変化の図

図3 官能基化前後でのホスト-ゲスト特性の変化

A、Bそれぞれの右に示した図は、各ナノベルトにメチルビオロゲンを少しずつ加えながら測定した1H核磁気共鳴スペクトルの一部。ピークの変化がナノベルトの持つ水素原子(HaとHb)の周辺環境の変化に対応する。正の電荷を持つ有機分子がナノベルトの内部空間に取り込まれていれば、電荷の影響がピーク頂点の横軸方向の変化となって現れる。

  • (A)官能基化前のホスト-ゲスト特性を模式的に表した図(左式)と測定結果(右)。メチルビオロゲンを加えても、ピーク頂点に横軸方向の変化はなく、(6,6)カーボンナノベルトはメチルビオロゲンを内部に収納していないことが分かる。
  • (B)官能基化後のホスト-ゲスト特性を模式的に表した図(左式)と測定結果(右)。多官能基化ナノベルトではメチルビオロゲンの添加量に応じてピークの頂点が横軸方向に動くことから、メチルビオロゲンが内部に収納されていると考えられる。

今後の期待

今回の研究では、従来では困難だった(6,6)カーボンナノベルトの一挙直接多官能基化を可能にする新しい方法を開発しました。この新たな方法によって、(6,6)カーボンナノベルトの溶解性を改善するとともに、ホストーゲスト特性を可変的に制御できたことで、今後カーボンナノベルトの応用範囲が大幅に拡大されることが期待されます。

本研究の成果によって「溶解性が低い」、「個々の応用に合わせた性質のチューニングが難しい」などのカーボンナノベルトの応用展開を阻んでいた問題を解消し、カーボンナノベルトが持つユニークな特性を利用した研究がより一層加速することにつながります。具体的には、多官能基化によってカーボンナノベルトの溶解性を向上させることで、タンパク質や糖などの生体高分子などと組み合わせた新たなバイオマテリアルの開発が可能になります。さらに、ホストーゲスト特性の可変的制御が可能となったことで、分子センサーや超分子材料への応用展開が加速すると期待されます。

補足説明

  • 1.分子認識
    ある分子もしくは分子の集合体が特定の別の分子のみを選択して会合する過程のこと。生化学で重要な役割を果たしていると考えられている。
  • 2.超分子、超分子化学
    複数の分子が共有結合以外の結合(水素結合や疎水性相互作用など)によって秩序だって集合した化学種のことを超分子という。超分子化学はこれを研究する学問領域を指す。
  • 3.ベンゼン環
    ベンゼンは6個の炭素原子と6個の水素原子から成る正六角形の形をした有機分子。炭素骨格をベンゼン環と呼ぶ。
  • 4.アントラセン
    三つのベンゼン環が直線的に縮環した分子。分子式はC14H10。同じ分子式を持つ他の縮環した分子に比べて反応性に富む。
  • 5.エステル基
    -COOR(Rは任意の炭素骨格)の基本構造で表される原子団。
  • 6.単結晶X線構造解析
    単結晶試料にX線を照射した際に生じる回折パターンから、結晶を構成する原子の配列や分子構造を決定する解析手法。
  • 7.1H核磁気共鳴スペクトル
    分子の構造を調べるための手法。試料を強力な磁場の中に入れて電磁波を照射したときに起こる原子核同士の共鳴現象から、分子の構造を解析する。有機化学の分野では最も頻繁に用いられる分子構造の決定方法の一つ。
  • 8.メチルビオロゲン
    分子式C12H14Cl2N2で表される正の電荷を持つ有機化合物。ベンゼン環の炭素原子を一つ窒素原子に置き換えたピリジン構造を二つ持つ。
  • 9.リシン
    アミノ酸の一つで側鎖に4-アミノブチル基を持つ。中性溶液中(pH7付近)では正の電荷を帯びた状態で存在する。分子式C6H14N2O2で表される。
  • 10.アセチルコリン
    分子式C7H16NO2で表される正の電荷を持つ有機化合物。体内では副交感神経や運動神経の末端から放出され、神経刺激を伝える神経伝達物質としての役割を担う。

国際共同研究グループ

理化学研究所
開拓研究所 伊丹分子創造研究室
主任研究員 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム チームディレクター、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者、台湾中央研究院 化学研究所 研究フェロー)
研修生 奥村 翼(オクムラ・ツバサ)
(名古屋大学 大学院理学研究科 博士前期課程学生)

台湾中央研究院 化学研究所
研究員 前川 健久(マエカワ・タケヒサ)

名古屋大学 大学院理学研究科
教授 八木 亜樹子(ヤギ・アキコ)
博士後期課程学生 井本 大貴(イモト・ダイキ)
博士前期課程学生(研究当時)荒地 祐里(アラチ・ユウリ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「分子ナノカーボンバイオロジーの開拓(研究代表者:伊丹健一郎)」、同特別推進研究「未踏分子ナノカーボンの創製(研究代表者:伊丹健一郎)」、同国際共同研究加速基金(国際先導研究)「動的元素効果デザインによる未踏分子機能の探究(研究代表者:山口茂弘、研究分担者:八木亜樹子)」、台湾中央研究院グランドチャレンジプログラム「分子ナノカーボンの機能化、自己組織化、バイオエンジニアリングへの応用(研究代表者:尤嘯華(Hsiao-hua Yu)、研究分担者:伊丹健一郎)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Tsubasa Okumura, Daiki Imoto, Yuri Arachi, Akiko Yagi, Takehisa Maekawa, Kenichiro Itami, "Twelvefold Dearomative Esterification of (6,6)Carbon Nanobelt", Angewandte Chemie International Edition, 10.1002/anie.202510544

発表者

理化学研究所
開拓研究所 伊丹分子創造研究室
主任研究員 伊丹 健一郎(イタミ・ケンイチロウ)
(環境資源科学研究センター 拡張ケミカルスペース研究チーム チームディレクター、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)主任研究者)
研修生 奥村 翼(オクムラ・ツバサ)
(名古屋大学 大学院理学研究科 博士前期課程学生)

発表者のコメント

自らの研究室で生み出したカーボンナノベルトに対して、こんなに簡単に、しかもこんなにたくさんの官能基を入れられることに感動しました。シンプルで力のある化学反応はユニークな分子をつくり出せることを改めて知った研究です。前川君と奥村君がリードした素晴らしいチームプレーに大感謝です。(伊丹 健一郎)

たった1段階の反応で新たな機能を付与することができるという、カーボンナノベルトの新たな性質を発見することができてうれしく思います。また、自分がつくり上げたこの分子の構造を、単結晶X線構造解析によって直接確認したときの感動は忘れられません。共著者の皆さまをはじめとして、ご支援、ご助言いただいた全ての方へ感謝申し上げます。(奥村 翼)

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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