理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター 認知睡眠学理研白眉研究チームの玉置 應子 理研白眉研究チームリーダー(開拓研究所 玉置認知睡眠学理研白眉研究チーム 理研白眉研究チームリーダー)、宇治 誠 研究員らの研究チームは、健康な若年成人を対象として、睡眠中の側脳室から機能的磁気共鳴画像法(fMRI)[1]で計測した脳脊髄液(CSF)[2]信号の揺らぎが、浅い睡眠中と比較して深い睡眠中の脳神経活動とより頻繁に素早く同期する動態(ダイナミクス)を明らかにしました。
先行研究からは、CSFの流れは、老廃物の除去に関連することが示唆されています。本研究で、深い睡眠中に特異的なCSF信号が明らかとなり、深い睡眠こそが脳機能維持に本質的な役割を担うことが示唆されました。今後、認知症などの疾患における睡眠の役割を明らかにすることにつながると期待されます。
CSF信号の揺らぎは、最も深いノンレム睡眠である徐波睡眠[3]中の大きくゆっくりと振動する脳波(徐波[3])や安定した睡眠中に見られる紡錘状の脳波(睡眠紡錘波[3])、レム睡眠[4]中の急速眼球運動[4]やレム睡眠中にのみ出現するぎざぎざした脳波(鋸歯状波(きょしじょうは)[4])と同期しており、これは、CSF自体またはその中の代謝物の変動を示している可能性があります。従来は浅い睡眠中においてこそCSF信号が変動すると考えられてきましたが、CSF信号は深い睡眠中により頻繁に振動すること、そして、記憶や睡眠恒常性との関連が指摘される脳活動との関連が明らかになりました。
本研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)』オンライン版(10月7日付)に掲載されました。

脳波活動に対応して生じる脳脊髄液(CSF)信号の変化
背景
睡眠がどのように健全な脳機能を維持しているのかは、神経科学、医療、そして日常生活における最大の謎の一つとして残されています。睡眠中の脳脊髄液(CSF)の循環は動物研究において代謝老廃物(アミロイドベータ、タウタンパク質など)の除去に関与すると示唆されていますが、そもそも健康なヒトの深い睡眠中の脳においてCSFがどのように変動するのかは長らく不明でした。
多くの先行研究により、記憶などの重要な認知処理が徐波睡眠やレム睡眠中に生じることが示されています。このように、高次な脳機能を維持する鍵が深い睡眠にある可能性が示唆されているものの、非侵襲的に高い空間分解能で脳活動を計測できる機能的磁気共鳴画像法(fMRI)は大きな騒音を発生するため、fMRIを用いて深い睡眠中の脳神経活動を計測することは困難でした。
研究手法と成果
本研究では、ヒトの深い睡眠がCSF信号の調節に特異的な役割を果たすかを検討しました。fMRIと睡眠ポリグラフ(脳波や眼球運動、筋電図などを含む睡眠中の生理的な変化を計測する手法)を同時に計測し、健康な若い被験者25名(18~35歳)の睡眠中の脳活動を計測しました。実験は、理研内のMRI施設で行いました。fMRIには、従来用いられてきた素早く連続的に信号を取得するコンティニュアスfMRI法ではなく、間欠的にゆっくり脳信号を取得するスパースfMRI法を採用しました。スパースfMRI法は実験中に発生する騒音の時間を3分の1に減らせるので、被験者がスムーズに眠ることができ、深い睡眠中の脳信号を取得することに成功しました。
その結果、深いノンレム睡眠中に生じる徐波や睡眠紡錘波は、短い周期で生じるCSF信号の変化と同期していることが明らかとなりました(図1中央)。対照的に、浅いノンレム睡眠中に発生する徐波(図1左)や覚醒反応(図2)は、間欠的で急峻(きゅうしゅん)なCSF信号の変化と同期することも明らかとなりました。レム睡眠中の急速眼球運動や鋸歯状波もCSF信号の変化に関連していました(図1右)。

図1 睡眠中の脳波活動に対応して生じる脳脊髄液(CSF)信号の変化
浅い睡眠中と深い睡眠中の脳波活動(徐波、睡眠紡錘波)に対応して生じる脳脊髄液(CSF)信号の変化。(左)浅いノンレム睡眠時には、CSF信号(緑と濃い緑の曲線)はゆっくり、間欠的に、大きく変化する。(中央)深いノンレム睡眠時には、CSF信号(青とグレーの曲線)は素早く、頻繁に、小さく変化する。(右)レム睡眠時には、CSF信号(赤い曲線)はノンレム睡眠よりゆっくりと変化する。イベントとは、徐波、睡眠紡錘波、レム睡眠中の急速眼球運動や鋸歯状波のこと。

図2 覚醒反応に対応したCSF信号の変化
浅いノンレム睡眠中(緑)、深いノンレム睡眠中(徐波睡眠中)(青)、レム睡眠中(赤)の睡眠段階に生じた覚醒反応(イベント)に対応して生じたCSF信号の変化。全ての覚醒反応(黒)。
さらに、浅いノンレム睡眠、深いノンレム睡眠、そしてレム睡眠におけるこれらの脳神経活動は、本質的に異なる脳ネットワークに関連することも明らかとなりました。例えば、浅いノンレム睡眠中に生じる徐波は、視覚皮質を含む感覚処理や覚醒反応に関連する脳領域を賦活する一方で、深いノンレム睡眠中に生じる徐波やレム睡眠中に生じる急速眼球運動は、前頭皮質や海馬などの、記憶や恒常性維持の回路を中心としていることも解明しました。これらのことから、深い睡眠はCSFダイナミクスを促進する独自の機構を有していると考えられます(図3)。

図3 浅い睡眠と深い睡眠におけるCSF動態に関する仮説
(左)浅い睡眠中には、CSF信号は、覚醒反応やK複合波(音などの感覚刺激で誘発されたり、自発的に出たりする大きな波)によって調整され、断続的で急峻なピークを特徴とする。(右)深い睡眠中には、CSF信号は、記憶や睡眠恒常性と密接に関わりのある睡眠中の脳活動に同期し、より短い周期で頻繁に変動する。
今後の期待
本研究では、若く健康なヒトを対象として深い睡眠中のCSF信号の動態を明らかにしました。今後は、加齢によりCSFダイナミクスがどのように影響を受けるのかや認知症などの疾患との関連を検討する必要があります。研究チームは、この他にも、学習や記憶、問題解決、視覚処理などに関する研究テーマに取り組んでいます。今回用いた3テスラMRIのみならず7テスラMRIを用いた研究も推進し、他に類を見ない、ユニークな技術開発も進めています。これらを総合して、ヒトにおける「良い睡眠とは何か」を解明することを目標としています。
補足説明
- 1.機能的磁気共鳴画像法(fMRI)
磁気共鳴画像装置(MRI)を使って脳の血流変化や脳脊髄液の循環変化を測定することで、脳の活動を非侵襲的に測定する方法である。高い空間分解能を持ち、海馬などの深部の脳領域の活動も計測することができる。睡眠中の脳のメカニズムを非侵襲的に研究する上で重要な技術である。 - 2.脳脊髄液(CSF)
脳脊髄液には、複数の役割があると考えられている。最近の研究からは、CSF信号(本研究では側脳室から計測されるfMRI信号をCSF信号とした)が、脳脊髄液がゆっくりと循環する中で、脳脊髄液の成分である水分子や脳脊髄液に含まれる代謝物質がMRIの急激な磁場の変化の影響を受けて、fMRI信号の変化として検出されていることが示唆される。脳室から計測されるfMRI信号の由来は明確ではないが、脳脊髄液の流れを反映している可能性がある。脳脊髄液の循環は、脳神経活動から生じたアミロイドベータやタウタンパク質などの老廃物を脳外に排出する働きに役立っていることが動物研究から報告されている。CSFはcerebrospinal fluidの略。 - 3.徐波睡眠、徐波、睡眠紡錘波
徐波睡眠は、ノンレム睡眠(non-rapid eye movement sleep: NREM sleep)中の最も深い睡眠段階である。大きくゆっくりと振動する脳波で、睡眠恒常性や記憶処理などに関連する徐波や、紡錘状の脳波で、安定した睡眠中に見られ、記憶処理との関連も指摘される睡眠紡錘波などの脳振動活動が頻繁に生じる時期。 - 4.レム睡眠、急速眼球運動、鋸歯状波(きょしじょうは)
レム睡眠(rapid eye movement sleep: REM sleep)はヒトでは入眠後1時間程度経過してから出現する。その特徴の一つで、キョロキョロと素早い目の動きである急速眼球運動(rapid eye movements: REMs)が生じ、ぎざぎざした脳波でレム睡眠中にのみ出現する鋸歯状波などの特徴的な脳波活動が見られる。レム睡眠から起こすと鮮明な夢体験が生じることが報告されている。
研究チーム
理化学研究所 脳神経科学研究センター
認知睡眠学理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー 玉置 應子(タマキ・マサコ)
(開拓研究所 玉置認知睡眠学理研白眉研究チーム 理研白眉研究チームリーダー)
研究員 宇治 誠(ウジ・マコト)
テクニカルスタッフⅠ 李 雪梅(リ・セツバイ)
研究パートタイマーⅡ(研究当時)五月女 杏(サオトメ・アン)
研究パートタイマーⅠ 勝又 綾介(カツマタ・リョウスケ)
客員研究員 有竹 清夏(アリタケ・サヤカ)
機能的磁気共鳴画像測定支援ユニット
上級技師 アレン・ワゴナー(R. Allen Waggoner)
技師 上野 賢一(ウエノ・ケンイチ)
技師 鈴木 千里(スズキ・チサト)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「思考の変容をもたらすヒト睡眠に内在する可塑性の解明(研究代表者:玉置應子、25H00584)」、同基盤研究(B)「学習の転移における睡眠の役割とその神経基盤の解明(研究代表者:玉置應子、22H01107)」、同挑戦的研究(萌芽)「睡眠ニューロフィードバック技術の開発とその生理学的・認知的効果の検証(研究代表者:玉置應子、22K18664)」、公益財団法人内藤記念科学振興財団(研究代表者:玉置應子)、公益財団法人武田科学振興財団(研究代表者:玉置應子)、公益財団法人ライフサイエンス振興財団(研究代表者:宇治誠)による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Makoto Uji, Xuemei Li, An Saotome, Ryosuke Katsumata, R. Allen Waggoner, Chisato Suzuki, Kenichi Ueno, Sayaka Aritake, Masako Tamaki, "Human deep sleep facilitates cerebrospinal fluid dynamics linked to spontaneous brain oscillations and neural events", Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS), 10.1073/pnas.2509626122
発表者
理化学研究所
脳神経科学研究センター 認知睡眠学理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー 玉置 應子(タマキ・マサコ)
(開拓研究所 玉置認知睡眠学理研白眉研究チーム 理研白眉研究チームリーダー)
研究員 宇治 誠(ウジ・マコト)

報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当
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