理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター 統合発生工学研究開発室の的場 章悟 専任研究員、バイオリソース研究センターの小倉 淳郎 副センター長、公益財団法人実中研 事業開発部の黒滝 陽子 副部長、高次生理学研究部門の佐々木 えりか 部門長らの共同研究グループは、小型霊長類コモンマーモセット(以下マーモセット)の体細胞クローン胚から胚性幹(ES)細胞[1]の樹立に成功しました。
本研究成果は、マーモセットを用いた遺伝子改変個体の効率的作出や、霊長類モデル動物における発生・疾患研究の基盤技術確立に貢献すると期待されます。
これまでマーモセットの体細胞クローン技術はほとんど未開発であり、作製したクローン胚は胚盤胞[2]まで発生することすら成功していませんでした。今回、共同研究グループは、これまでマウスのクローン研究で開発してきたヒストン修飾[3]に関わる3種のエピゲノム[3]制御手法を組み合わせることで、マーモセットにおいてもクローン胚の発生効率を向上させ、胚盤胞を得ることができました。さらに、こうして得たクローン胚盤胞から、遺伝子改変個体由来を含む複数株のクローンES細胞株を樹立しました。今後、貴重なマーモセット個体の復元や、遺伝子改変個体の作出への応用が期待されます。
本研究は、科学雑誌『Stem Cell Reports』オンライン版(11月13日付:日本時間11月14日)に掲載されました。
3種のエピゲノム制御によるマーモセット体細胞クローン胚の品質改善とES細胞樹立
背景
再生医療や創薬研究において、病気の仕組みを解明したり、患者ごとの治療法を開発したりするには、ヒトに近い動物での高度な研究モデルが欠かせません。その中でもマーモセットは、小型で扱いやすく、脳の構造や免疫系などがヒトに近いことから、ヒト疾患モデル動物として注目を集めています(図1)。
図1 コモンマーモセット
小型霊長類のマーモセットは扱いやすくヒトと共通の特徴も多いためヒト疾患モデルとして期待されている。
その一方で、マーモセットなどの非ヒト霊長類では、ヒト疾患モデルをつくる上で重要な「体細胞クローン技術」の確立が極めて困難でした。体細胞クローン技術とは、一つの体細胞の核(ドナー)を卵子に移植することで、元の細胞の遺伝的なコピー動物をつくる技術です。あらかじめ、ドナー細胞にさまざまな疾患に関連する遺伝子変異を導入すれば、体細胞クローンによって疾患モデルを迅速につくれることから、特に非ヒト霊長類での応用が期待されています。
しかし、この技術の難点は、体細胞からクローン胚を作製しても、途中で胚発生が止まってしまうことです。マウスでは近年、エピゲノムを操作することでこの課題を克服する手法が開発されつつあり、カニクイザルなどの中型霊長類でもエピゲノム操作により初めてクローン個体作製が可能となるなど、エピゲノム操作による改善効果が認められていますが、マーモセットでは応用例がありませんでした。
こうした中、本研究では、マーモセットにおいてクローン胚の作出効率を向上させ、さらにその胚からES細胞を樹立するという課題に挑戦しました。
研究手法と成果
本研究では、マーモセット卵子の核を体細胞の核と入れ替える「体細胞核移植」技術を用いて、クローン胚を作製しました。しかし、従来の方法では、マーモセットのクローン胚の発生は開始後すぐに停止しはじめ、着床直前の段階である胚盤胞まで発生することはありません。
そこで共同研究グループは、マウスのクローン研究で開発してきた、ゲノムの配列を変えずに遺伝子の働きを制御する三つの「エピゲノム制御手法」をマーモセットに応用し、クローン胚の発生が改善するかどうかを検討しました(図2A)。これらの手法はいずれもエピゲノム修飾の一つであるヒストンタンパク質のメチル化修飾[4]を変容させる効果があります。まず一つ目の方法は、ヒストン脱メチル化酵素の一つである「Kdm4d」をクローン胚に人為的に注入することで、ヒストンH3タンパク質の9番目リジンのトリメチル化(H3K9me3)を除去することです注1)(図2B)。二つ目は、ヒストンメチル化酵素である「G9a」に対する阻害剤を使って処理し、H3K9me3の新たな導入を阻害することです注2)。さらに、三つ目として、ヒストン脱アセチル化酵素「HDAC」の阻害剤で処理し、ヒストンのアセチル化を増加させることで、二次的にH3K9me3の導入に対して拮抗(きっこう)させます。これらの3種類の異なるアプローチにより、H3K9me3を複合的に減少させようとしました。
図2 エピゲノム制御手法を使ったマーモセットクローン胚の作製
- (A)マーモセットの卵子の核を体細胞の核と入れ替えて体細胞クローン胚を作製。そのクローン胚に①ヒストン脱メチル化酵素「Kdm4d」を注入、②ヒストンメチル化酵素「G9a」阻害剤と③ヒストン脱アセチル化酵素「HDAC」阻害剤を使い、ヒストンメチル化(H3K9me3)を複合的に減少させようとした。
- (B)「Kdm4d」を注入したときの胚の様子。体細胞クローン胚にKdm4dを注入した場合、注入なしの場合と比べ、ヒストンメチル化(H3K9me3)が除去されている。
クローン胚の胚盤胞形成率は、未処理の場合は一切発生しない(0%)のに対し、Kdm4dとHDAC阻害剤の二つで同時に処理したところ14.5%まで向上し、大きな改善が得られました。しかし、こうして用意したクローン胚からES細胞を樹立しようとしたところ、細胞は樹立途中で変性してしまい、ES細胞は全く樹立できませんでした。一方で、上記の二つの処理に加えて、G9a阻害剤を加えた3種類の同時処理をしたところ、胚盤胞率は14.9%で2種類の同時処理とほとんど変わりませんでした。しかし、3種類処理で得られた胚盤胞からは、効率的にクローン胚由来ES細胞株を樹立できました(図3)。さらに、野生型個体からだけでなく、遺伝子改変個体であるGFP(緑色蛍光タンパク質)トランスジェニックマーモセット[5]からもクローンES細胞株が樹立できました。
図3 最適化したエピゲノム制御によって樹立可能になったクローンES細胞株
Kdm4d注入、およびHDACとG9aの阻害剤の3種類の処理をした体細胞クローン胚からは、クローン胚由来ES細胞株(下右の塊のように見えるもの)が樹立された。一方、Kdm4d注入、HDAC阻害の2種類で処理した場合は樹立できなかった(上)。
次に、樹立したクローンES細胞株の性質を受精胚由来のES細胞と比較しました。まず、RNAシークエンシング法[6]によって、ドナー体細胞とそれぞれのES細胞株の網羅的な遺伝子発現パターンを比較したところ、クローンES細胞はドナー体細胞とは全く異なる発現パターンを示しており、受精胚ES細胞と非常に似た発現を示していました(図4)。この結果から、クローンES細胞は受精胚ES細胞と同様の機能を持つことが示唆されます。
図4 受精胚ES細胞とクローンES細胞およびドナー体細胞の網羅的遺伝子発現パターン
クローンES細胞は、受精胚ES細胞と非常に似た発現を示しているが、ドナー体細胞とは全く異なる発現パターンを示している。横軸(第一主成分)は"最も大きな違い"、縦軸(第二主成分)は"次に大きな違い"を表す。
最後に、機能的な解析として、さまざまな細胞に分化する能力である多能性を検証したところ、クローンES細胞株は受精胚ES細胞と同様に、内胚葉・中胚葉・外胚葉いずれにも分化したものの、細胞株ごとに分化しやすい系譜に差があることが分かりました。また、メッセンジャーRNAからタンパク質への翻訳に関連するリボソーム[7]タンパク質関連遺伝子群が発現上昇するなど、クローンES細胞株に特有の異常が存在することも明らかになりました(図5)。
図5 クローンES細胞株におけるリボソームタンパク質関連遺伝子の高発現
クローンES細胞株は、受精胚由来のコントロールES細胞株と比べ、リボソームタンパク質関連遺伝子が高発現するという特有の異常が存在することが分かった。発現量は青から赤が濃くなるほど多いことを表す。
- 注1)Matoba et al., Embryonic development following somatic cell nuclear transfer impeded by persisting histone methylation, Cell, 2014
- 注2)Matoba et al., Reduction of H3K9 methylation by G9a inhibitors improves the development of mouse SCNT embryosStem, Cell Rep, 2024
今後の期待
今回、小型霊長類実験動物であるマーモセットにおいて、エピゲノム制御手法を組み合わせることで、世界で初めてクローン胚を胚盤胞まで発生させることに成功しました。さらに、そこからクローンES細胞株の樹立も実現しました。この成果により、貴重なマーモセット疾患モデル個体などのバイオリソースをES細胞の状態で保存することができるようになりました。
ただし、現在までにマーモセットを含む霊長類のES細胞は多数樹立されているものの、胚盤胞に注入してキメラ動物[8]をつくるという個体化につながる重要なステップが実現していません。
今後、ES細胞からのキメラ個体作製が実現すればクローンES細胞からも個体復元が可能になります。さらに、今回発見したクローンES細胞の遺伝子発現異常などをヒントにしてクローン胚の品質が改善できれば、直接クローンマーモセット個体が作出できるようになるかもしれません。これらの研究の進展により、霊長類を用いた高度な疾患モデルの構築や新たな創薬プラットフォームの確立が見込まれ、将来的な臨床応用に向けた大きな一歩となることが期待されます。
補足説明
- 1.胚性幹(ES)細胞
ヒトやマウス、サルなどの哺乳動物の胚盤胞から単離された細胞。より詳しくは、胚発生の初期段階である胚盤胞期の内部細胞塊よりつくられる細胞を指す。自己複製能力を持つと同時に、外胚葉、中胚葉、内胚葉のどの胚葉系にも分化できる分化多能性を持つことを特徴とする。ESはembryonic stemの略。 - 2.胚盤胞
受精卵が数回の卵割を経て桑実胚となった後、卵割腔(らんかつこう)が出現した着床前の胚を指す。中空のボール状の構造を取り、胎児の体をつくる内部細胞塊と、将来胎盤などの胎児以外の組織へ分化する1層の外側の細胞群(栄養外胚葉)に分かれている。 - 3.ヒストン修飾、エピゲノム
細胞の核内にあるゲノムDNAはヒストン([4]参照)というタンパク質に巻き付いてパッケージングされている。これらのゲノムDNA自体や周囲のヒストンタンパク質にはメチル化やアセチル化などの化学修飾(ヒストンの場合、ヒストン修飾という)が付いていて、その情報に従って、その領域の遺伝子が発現するか否かが制御されている。こういったゲノムDNAやヒストンへの化学修飾の総体をエピゲノムという。 - 4.ヒストンタンパク質のメチル化修飾
主なヒストンはH2A、H2B、H3、H4の4種類から成り、DNAを巻き付かせて核に高密度にパッキングさせる役割を担っている。ヒストンのN末端のリジン残基やアルギニン残基に生じるメチル化は、遺伝子発現制御やクロマチンの高次構造の形成に関わっていると考えられている。 - 5.GFP(緑色蛍光タンパク質)トランスジェニックマーモセット
外来性のDNA配列を導入した遺伝子改変個体をトランスジェニック個体と呼ぶ。GFPはオワンクラゲが持つ緑色の蛍光タンパク質のDNA配列であり、これを導入した遺伝子改変マーモセット個体を指す。GFPを全身に発現する遺伝子改変個体であるため、そのクローンES細胞はさまざまな用途に使用できる。また、GFPトランスジェニックマーモセットからのクローンES細胞の樹立は、さまざまな遺伝子改変個体からクローンES細胞が樹立できることを示唆している。GFPはgreen fluorescent proteinの略。 - 6.RNAシークエンシング法
サンプルの中に含まれる全てのRNAの配列を次世代シークエンサーで配列決定することで、遺伝子発現を網羅的に調べる方法。 - 7.リボソーム
mRNAの遺伝情報からタンパク質を合成する巨大なタンパク質・RNAの複合体。 - 8.キメラ動物
受精後の胚(胚盤胞)にES細胞を注入して発生を継続させると、ES細胞と受精胚の細胞が混在した個体が得られ、これをキメラ動物という。ES細胞が生殖細胞系列に分化すれば、その遺伝情報は次世代に伝わり得る。幹細胞の多能性や生殖能力を検証する方法として広く用いられる。
共同研究グループ
理化学研究所
バイオリソース研究センター 統合発生工学研究開発室
専任研究員 的場 章悟(マトバ・ショウゴ)
(科学技術振興機構 創発研究者、東京農工大学 大学院農学研究院 客員教授)
特別研究員 船屋 智史(フナヤ・サトシ)
専任技師 越後貫 成美(オゴヌキ・ナルミ)
バイオリソース研究センター
副センター長 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
(統合発生工学研究開発室 研究員、東京大学 大学院医学系研究科 客員教授)
公益財団法人実中研
事業開発部
副部長 黒滝 陽子(クロタキ・ヨウコ)
高次生理学研究部門
部門長 佐々木 えりか(ササキ・エリカ)
(慶應義塾大学 訪問教授)
研究員 篠原 晴香(シノハラ・ハルカ)
研究員 山田 祐子(ヤマダ・ユウコ)
ICLASモニタリングセンター
副センター長 山本 真史(ヤマモト・マサフミ)
ヒト臓器/組織モデル研究室
室長 樋口 裕一郎(ヒグチ・ユウイチロウ)
主任 米田 直央(ヨネダ・ナオ)
研究員 本間 貴也(ホンマ・タカヤ)
研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト「マーモセット体細胞クローン個体作出技術に関する研究開発(研究開発代表者:的場章悟)」「神経変性疾患モデルマーモセット開発と新規発生工学技術の開発研究(研究開発代表者:佐々木えりか)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究(研究領域提案型)「マウス核移植技術の開発による正常クローン胚・胎盤の構築(研究代表者:小倉淳郎)」、同学術変革領域研究(A)「体細胞クローンで探る発生保証機構(研究代表者:的場章悟)」、同基盤研究(B)「マーモセットにおける発生工学技術の革新(研究代表者:的場章悟)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Shogo Matoba, Yoko Kurotaki, Satoshi Funaya, Yuko Yamada, Narumi Ogonuki, Haruka Shinohara, Masafumi Yamamoto, Nao Yoneda, Takaya Homma, Yuichiro Higuchi, Erika Sasaki, Atsuo Ogura, "Derivation of embryonic stem cells from cloned blastocysts using improved somatic cell nuclear transfer in common marmosets", Stem Cell Reports, 10.1016/j.stemcr.2025.102710
発表者
理化学研究所
バイオリソース研究センター 統合発生工学研究開発室
専任研究員 的場 章悟(マトバ・ショウゴ)
バイオリソース研究センター
副センター長 小倉 淳郎(オグラ・アツオ)
公益財団法人実中研
事業開発部
副部長 黒滝 陽子(クロタキ・ヨウコ)
高次生理学研究部門
部門長 佐々木 えりか(ササキ・エリカ)
的場 章悟
小倉 淳郎
発表者のコメント
マーモセットは小型の霊長類で、さまざまな疾患のモデル動物として今後活躍していく実験動物だと思います。マウスで大きく発展してきた発生工学技術をマーモセットに適用していくことで大きな飛躍を遂げられると期待しています。(的場 章悟)
本研究成果は、理研バイオリソース研究センターによるマウス核移植クローン技術と、実中研によるマーモセット発生工学技術の融合によって得られたものです。今後もさらに大きな成果を目指します。(小倉 淳郎)
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理化学研究所 広報部 報道担当
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