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研究最前線 2021年4月26日

赤ちゃんマグロの餌を品種改良で大型化

クロマグロやマダイの養殖では、卵からかえったばかりの仔魚の生存率の低さが課題となっています。仔魚は好き嫌いが激しく、食べるプランクトンのサイズをより好みすることが一因です。さらに、成長に伴って好き嫌いが次々と変わるので、好みのプランクトンを十分に与えることが難しいのです。常泉和秀専任研究員は、重イオンビーム(重粒子線)を使った品種改良で、餌となる動物性プランクトンの一種、ワムシを大型化し、仔魚が好む大きさにすることに成功しました。秘訣は、直感と視覚を使った改良品種の選抜にありました。

常泉 和秀の写真

常泉 和秀(つねいずみ かずひで)

仁科加速器科学研究センター
イオン育種研究開発室 生物照射チーム
専任研究員
1968年静岡県生まれ。1995年、東京大学農学系研究科にて博士(農学)取得。同大分子細胞生物学研究所や理研 松本分子昆虫学研究室でショウジョウバエ発生の分子メカニズムについての研究に従事した後、2012年より現職。重イオンビームを使った動植物の品種改良の研究に携わる。

光速の半分の速さのビームで品種改良

日本の原子核物理学を牽引してきた理研 仁科加速器科学研究センターは、重イオンビームによる品種改良というユニークな研究でも知られている。自然界では、宇宙線などにより動植物の突然変異(自然突然変異)が起こることがある。重イオンビームを使うと、これと同じ原理で突然変異を誘発できるのだ。重イオンビームとは、原子核を光速の半分近くまで加速したもので、X線よりも1粒子のエネルギーが最大で1,000倍も強い。そのため、原子核1個の重イオンビームを照射するとピンポイントで遺伝子が変異し、周辺の遺伝子を傷つけることもない。

阿部知子チームリーダーが率いる生物照射チームは、原子の種類やビームの強さなど、動植物の種類ごとに適した照射条件を見つけることで、収穫量が多いイネ、切り口が茶色くなりにくいレタスなど、20年以上前から30種以上もの品種改良を行い実用化してきた。1946~48年に理研の第4代所長を務めた仁科芳雄博士の名を冠したサクラ「仁科乙女」や清酒「仁科誉」もある。東日本大震災後には、塩害に強いイネや成長速度が速いワカメを開発し復興に向けて貢献している。

今回、常泉研究員らは、水産研究・教育機構からの委託を受け、動物性プランクトンの一種、ワムシの品種改良に取り組んだ。クロマグロやマダイ、クエといった高級魚の、卵のふ化から始める「完全養殖」が難しいのは、仔魚の生存率の低さによる。その一因は、仔魚は成長とともに好みのプランクトンの大きさが変化していくのに対し、供給できるプランクトンの大きさは限られるため、飢餓状態になって共食いが発生することにある。

顕微鏡下で「これだ」という1匹を捕獲

求められた大きさは、餌として使われているワムシより大きい320~400マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。常泉研究員らは、ワムシに重イオンビームを当てて突然変異を起こし、目指す大きさのワムシを選ぶことにした。突然変異を起こした大量のワムシを選別するために、写真を撮ってコンピュータで自動的に大きさを比べる計画を立てたが、ワムシの動きが思いのほか速く撮影は難航。そのうえ撮影中に半数が死滅するなど散々な結果に……。苦労して写真を撮っても、ワムシの体は大部分が透明なため、コンピュータでは大きさを正確に識別できなかった。

行き着いたのは、視覚と直感に頼った選別だ。ピペットを片手に顕微鏡をのぞいて、「これだ」と思うワムシを見つけたら、ピペットでその1匹を吸い取る(図1)。この方法で目指す大きさのワムシを選んでいった。こうして1,831系統のワムシから56系統を選び出した。大きさは十分でも成長速度が遅いと餌には向かないため、その56系統の成長速度を調べ、元の系統よりも増殖能力の高い3系統に絞った(図2)。

ワムシの選別の図

図1 ワムシの選別

系統の選抜の図

図2 系統の選抜

1匹のワムシが産む卵の数は約25個。この全ての卵を別々に回収して解析を行うのが、オーソドックスな研究方法だ。これは網羅的ではあるが手間がかかり、数十系統しか解析できなかった。品種改良は、膨大な候補の中から一握りの優良系統を選び出す、気の遠くなるような作業の連続だ。常泉研究員は半分照れながら、「目視と直感で大量にスクリーニングすることができたのは、僕がワムシの素人だったからです」と振り返った。

常泉研究員と山田美恵子テクニカルスタッフの写真

常泉研究員と山田美恵子テクニカルスタッフ

常泉研究員(写真右)は「ワムシを選ぶ山田さんの右手はゴッドハンド」と絶賛。

(取材・構成:大岩ゆり/撮影:盛孝大/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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