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磁石の中の小さな渦が社会を変える?スキルミオンとアンチスキルミオン

磁石の中に、次世代のエレクトロニクス素材として期待されている小さな渦が生まれることがあります。その名は「スキルミオン」と「アンチスキルミオン」。2009年、最初に観察されたスキルミオンは、超低温の特殊な磁場のもとでしか存在できませんでした。アンチスキルミオンが初めて観察されたのは2017年ですが、他の物質での報告例はありません。軽部皓介研究員は、そんなスキルミオンを「ポケットで持ち運べる」ように改良し、アンチスキルミオンを示す新物質を開発しました。この小さな渦はどんなものなのでしょう。

軽部 皓介の写真

軽部 皓介(かるべ こうすけ)

創発物性科学研究センター
強相関物質研究グループ
研究員
1987年栃木県生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。2015年4月より理化学研究所特別研究員。2019年より現職。

情報社会の未来の主役は「電子スピン」

軽部研究員の話は、渦をつくる電子スピンの紹介から始まった。

「電子には、電流の元になる電荷と、磁石の元になるスピンという二つの性質があります。現在のICT(情報通信技術)の主役は電荷で、トランジスタをはじめほとんどの情報通信機器は電荷を精緻にコントロールすることで動いています。でも近い将来、磁石の性質をもつスピンがICTの主役に置き換わり、究極の省エネルギー情報技術が実現すると期待されています」

電子のスピンはよくコマのような自転に例えられる。自転と同様、電子スピンにも回転方向(右回り、左回り)という要素があり、それに従って電子スピンの向きが生じる。右回りと左回りとでは向きが逆になるのだ。さらに、この電子スピンの向きは、磁性の方向に対応している。電子1個1個もスピンによって磁石になっているが、通常の物質では各電子のスピンの向きがバラバラで全体として打ち消し合っているので磁性は生じない。ところが、磁性体と呼ばれる物質では電子スピンの向きが全部そろっているので、全体として磁石になる。

「スキルミオンは、向きのそろった電子スピン(磁石)の中で、一部の電子スピンが渦状に並んだものです(図1左)。それは、穂が真っすぐ空に向かって伸びている麦畑の中に生じたミステリー・サークルのようなものです」。一方、アンチスキルミオンの渦は巻き方が違う(図1右)。どちらの渦も非常に多くの電子スピンでできているが、電子スピン間の距離はとても短いので、渦の直径は1メートルの1億分の1ほどだ。

この渦は移動させたり、生成・消滅させたりすることができ、電荷と同じように精緻にコントロールできる。「ものすごく微弱な電流や電場で動かすことができるので、超省エネ型のICTの実現に向け、スキルミオンとアンチスキルミオンへの期待が高まっています」

スキルミオンとアンチスキルミオンの図

図1 スキルミオン(左)とアンチスキルミオン(右)

矢印は電子スピンの方向。

ポケットに入れて持ち運べるスキルミオン

磁石の中にスキルミオンが存在することが理論的に予言されたのは1989年。20年後の2009年に、ドイツの研究グループが、マンガンとケイ素の合金の中にあるスキルミオンの集まりを確認した。スキルミオン1個1個を見るのに初めて成功したのは理研 創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長と干秀珍チームリーダーで、2010年のことだ。-268℃から-243℃の極低温下で磁場をかけることにより、鉄(Fe)・コバルト(Co)・ケイ素(Si)の合金の中につくられたスキルミオンを、ローレンツ透過型電子顕微鏡という特殊な顕微鏡で捉えたのである。

そして、2016年には軽部研究員が、従来はごく狭い温度と磁場の範囲でしか存在できなかったスキルミオンを、広い範囲の温度で安定して存在できるようにする画期的な生成法を見出した。室温でスキルミオンのできる組成のコバルト(Co)・亜鉛(Zn)・マンガン(Mn)の合金を磁場中で冷却すれば、室温から絶対零度(-273℃)の近くまで、そして磁場がゼロになってもスキルミオンが安定して存在することを明らかにしたのである。十倉好紀センター長はこれを「スキルミオンをポケットに入れて持ち運べるようになった」と評価している。

軽部研究員は、京都大学で博士号を取得した直後、2015年に理研入所。「長らく発見されなかったスキルミオンを初めて直に目にしたときは、ただただすごいなと感嘆しました」という。それを「もっと調べて」と託されて、軽部研究員はCo・Zn・Mnの合金作成に取り組んだ。これまで物性測定を主体としてきた軽部研究員にとっては初めての結晶づくり。「周りの皆さんに指導頂きながら、3カ月かけてつくりました」。理研での先行研究の結果を応用しながら試行錯誤を重ねたところ、1年という短期間で前述の成果を得ることができた。「ビギナーズラックだった」という軽部研究員だが、これをきっかけにさらに研究に打ち込んだ結果、自身の「オリジナル成果」と胸を張って言える、アンチスキルミオン物質の発見に至った(図2)。

アンチスキルミオン物質の図

図2 アンチスキルミオン物質

隕石プラスαでアンチスキルミオンをつくり出す

アンチスキルミオンも、渦の幾何学的な性質からその存在が予言されていたが、実際に見つかったのは2017年のこと。これもドイツのグループによる成果だった。「世界中の研究者が注目し狙っていたと思いますが、ドイツのグループが発見した以外の物質からはなかなか見つかりませんでした。他の物質でアンチスキルミオンができれば面白いなと、2018年くらいから研究を始めました」。

理論的にアンチスキルミオンができると予測された磁石の結晶構造は2種類あった。D2d対称性とS4対称性と呼ばれる構造で、ドイツのグループが見つけたのは前者だ。「私はS4対称性の物質で見つけてみようと思い、隕石の中に含まれるシュライバーサイトという物質を選びました。S4対称性で、強磁性体だという論文報告があったからです。まずシュライバーサイトをつくることから始めましたが、これがなかなか大変でした」

シュライバーサイトは、鉄とニッケルとリンの合金だが、組成を工夫し、なんとか結晶軸のそろった単結晶をつくり出した。しかし、単なるシュライバーサイトの単結晶では、温度やかける磁場を変えても、アンチスキルミオンはできなかった。

そこで別の元素をごく少量加えることを考えた。「ほかの元素を加えることは一般的な方法ですが、パラジウムを入れたところ、アンチスキルミオンが-170℃~130℃という室温も含めた広い温度範囲でできたのです。当時、特別研究員だったポン・リソンさん(現 基礎科学特別研究員)が電子顕微鏡で確認してくれました。2019年の夏のころのことです」

改めて、スキルミオンとアンチスキルミオンの違いは何か。それは渦の幾何学的な性質だ。その性質はトポロジカル数というもので区別され、スキルミオンのトポロジカル数は「-1」、アンチスキルミオンは「+1」だ。「今回の研究で、外から磁場をかけることにより、スキルミオンとアンチスキルミオンを相互に変換できることも明らかになっています。これを利用して、トポロジカル数+1と-1を電荷の『ある、なし』に対応させれば、コンピュータの『1、0』状態をつくれるわけです。これにより、従来のエレクトロニクスではできなかった超省エネのデバイスが実現できるのではないかと考えています」

ローレンツ透過型電子顕微鏡で観測されたアンチスキルミオンの図

図3 ローレンツ透過型電子顕微鏡で観測されたアンチスキルミオン

左が、アンチスキルミオンのローレンツ透過型電子顕微鏡像。右は左の黄色で囲われた部分の面内磁化分布。矢印は電子スピンの向き。

スキルミオンの物理学が社会を変える

今後の抱負は?「いろいろありますが、一つは小さいサイズのアンチスキルミオンやスキルミオンが存在する物質をつくることです。実現すれば強い『創発磁場』をつくり出せます」

スキルミオンの近くを通る電子は、まるでそこに強力な磁場があるかのように、進行方向を大きく曲げられてしまう。この仮想的な磁場のことを創発磁場と呼ぶ。スキルミオンやアンチスキルミオンのサイズが小さければ、電子スピンの並びの傾きが大きくなるため、電子を曲げる創発磁場も大きくなるというわけだ。今回のアンチスキルミオンの直径は100ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)だが、直径をさらに10分の1にすると、数10~数100テスラもの巨大な創発磁場をつくり出せるという。一般の病院にあるMRIの磁場は1.0~1.5テスラだから、桁違いの強さだ。

このように強力な創発磁場をつくり出すことが可能なスキルミオン。なぜそのようなことが起こるのか、今までの電磁気学では説明がつかない。だが、そこには想像を超えた可能性が秘められているはずだ。「スキルミオンの性質が説明されれば、社会を大きく変えるような発展に必ずつながるはずです」と軽部研究員は力を込めて締めくくった。

アンチスキルミオン物質をつくり出した実験器具の前で腕を組む軽部研究員の写真

アンチスキルミオン物質をつくり出した実験器具の前で

試料を一定の温度分布の中で移動させることで結晶を育成する装置。結晶ができ上がるまで10日間を要した。

(取材・構成:大岩ゆり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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