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研究最前線 2021年6月15日

バイオの力で脱石油のゴムづくり

国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けて、石油に依存しないものづくりが注目されています。合成ゴムの主原料であるイソプレンやブタジエンを、石油ではなく、生物由来のバイオマス資源からつくろうとする研究もその一つです。白井智量上級研究員は、微生物の細胞中の化学反応(代謝反応)を解析する研究者ですが、このバイオ製法の実用化も視野に入れて研究に取り組んでいます。

白井 智量の写真

白井 智量(しらい ともかず)

環境資源科学研究センター
細胞生産研究チーム
上級研究員
1978年兵庫県生まれ。大阪大学工学研究科応用生物工学専攻博士課程修了。博士(工学)。三井化学株式会社などを経て、2012年理研入所。2020年より科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム バイオモノマー生産研究チームにて副チームリーダーを兼任。2021年より現職。

微生物を利用して脱石油製品をつくる

実験台の装置の中で泡を発しながらクルクルと回る琥珀色の液体。白井上級研究員は、この小さな装置が、やがて見上げるほどのタンクになる未来を見すえている。そのタンクはコンビナートの一角にあり、そこから出るガスはパイプを通って、ゴムを製造する工場へと送られる。そして、そのゴムを使ったタイヤは世界各国へと輸出されてゆく……。「この製法は、きっと地球の環境改善に貢献するはずです」と目を輝かせる。

微生物の培養(発酵)装置、ジャーファーメンターの図

図1 微生物の培養(発酵)装置、ジャーファーメンター

琥珀色の液体の中には無数の大腸菌が生きている。鍵を握るのはグルコース(ブドウ糖)からブタジエンをつくり出せる特殊な大腸菌だ。これまで、合成ゴムの主原料となるイソプレンやブタジエンは、石油から化学的に取り出されてきたが、白井上級研究員はこれをバイオ生産すべく取り組んでいる。2018年にイソプレンを世界最短で合成できる経路を、次いで、2021年4月には森裕太郎研究員と共に世界初のブタジエンのバイオ生産成功を発表した。

今や持続可能な社会に向けた取り組みは加速され、温室効果ガスの排出削減対策が不十分な国からの輸入品に課税する「炭素国境調整措置(CBAM)」が欧州連合(EU)を中心に検討されている。「輸出する企業にとっては、お尻に火がついている課題です」と白井上級研究員は求められるスピードを日々感じている。

微生物によるバイオ生産なら、原料を石油から植物に切り替えることができ、地下の炭素を掘り起こさずに地上で循環させられる。焼却処分すると温室効果ガスである二酸化炭素を排出する間伐材やサトウキビの搾りかすなども、微生物という「工場」を経ればゴムの原料へと生まれ変わる。さらに、ミドリムシ(ユーグレナ)やラン藻など光合成をする微生物を活用できれば、大気中の二酸化炭素を原料にしたゴムづくりもできるようになる。

複雑なパズルを解く「BioProV」

本来、大腸菌はイソプレンやブタジエンをつくれないので、遺伝子組み換えやゲノム編集の技術を応用して改変する。微生物が細胞内で多くの化学反応(代謝)を行うのは自らの生命を維持するためだ。工業化を考えれば、効率のよい生産は必須だが、目的物を多くつくるためだけに極端な改変をすれば、微生物が死んでしまう可能性さえある。微生物の中で起こる2,000以上の化学反応全体では、発熱・吸熱反応や、酸化・還元反応のバランスが取れていなくてはならない。そこで、この複雑なパズルのような問題を素早く解いてくれるのが「全てのバランスを考慮して反応ルートを設計できるコンピュータ・シミュレーションです」と白井上級研究員。

そうして2012年から白井上級研究員が手がけてきたのが、シミュレーションツール「BioProV(バイオプロブイ)」である。目的の物質と反応経路の長さを入力すると合成のための候補代謝経路を提示してくれる。このとき、「酵素を改変すれば起こりうる反応」も含めてシミュレーションできるのがBioProVの特長だ。人の手で改変できる箇所とできない箇所をBioProVが識別できるように、代謝反応を酵素反応のパターンによって分類してBioProVに学習させている。

BioProVが示す候補経路の図

図2 BioProVが示す候補経路

図中にある反応式はブタジエンを目的物質にしたときの提示候補経路の一例。種々の物質を合成しながら、知識や経験がなくても誰もが使えるツールへと、BioProVの性能を上げる研究も継続している。

2010年ごろ、白井上級研究員は、生物本来の代謝反応を利用したプラスチックの原料づくりに取り組んでいた。だが、生物が自然につくり出す物質を原料にすると、プラスチック化の工程でかえってエネルギーやコストがかさむという壁に突き当たった。「現状の石油コンビナートに無理なく組み込める物質をつくらなくては意味がない」との思いから始まった研究がBioProVの開発だった。「それが一つの形として実現したのがブタジエンなのです」と白井上級研究員。

世界中の課題解決のために

基礎研究の実用化はなかなか困難で成功までには、「死の谷」が潜んでいると例えられるが、2004年から理研には、企業と理研による混成チームで実用化を図る「産業界との融合的連携研究制度」が開設されている。この制度を活用し、2020年4月に日本ゼオン株式会社と横浜ゴム株式会社からの提案で「バイオモノマー生産研究チーム」が理研内に設けられた。

チームで基礎研究時の5倍の容量へスケールアップを始めたが、それでも実験室でつくれるブタジエンは5リットルの装置1台で1時間に1グラムほど。タイヤとしての性能を評価したい横浜ゴムが必要とするのは、サンプルだけでもキログラム単位であり、とても供給できない。

実用化に向けて、大量供給のためのエンジニアリング会社探しが始まった。日本ゼオンからチームに参加している谷地義秀チームリーダーと共に、現場を自らの目で確かめて構想を説明する。「企業側と研究者側の双方が説明するから話を聞いてもらえるのです。どちらか一方では無理だったでしょうね」と白井上級研究員は実用化のための労も惜しまない。

「すべての石油製品を生物につくらせるべきだとは思っていません。ただ、土地やバイオマス資源が豊富にある国々がその強みを生かせるように、選択肢の一つとしてバイオ生産を提示できれば、石油一辺倒の世界ではなくなると思っています」と白井上級研究員は抱負を語る。「BioProVを全自動化すれば誰でも使うことができるようになり、世界中で役立ててもらえます」。そのためにAIや機械学習もどんどん取り入れていくつもりだという。

白井上級研究員と森研究員の図

白井上級研究員と森研究員

微生物内で白井上級研究員(左)が見い出した経路に沿った反応を起こし、さらにその効率を大幅に向上させるためには、森研究員が行っている酵素の設計が極めて重要である。酵素工学が専門の森研究員は、「目的の反応だけに効率よく働きかける酵素を微生物自身につくってもらう遺伝子組み換え」という難題に挑んでいる。

(取材・構成:大石かおり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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