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2021年1月26日

理化学研究所
科学技術振興機構

室温でアンチスキルミオンを示す新物質の発見

-トポロジカル磁気構造の基礎研究・デバイス応用に期待-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物質研究グループの軽部皓介研究員、田口康二郎グループディレクター、電子状態マイクロスコピー研究チームのポン・リソン特別研究員、于秀珍チームリーダー、強相関理論研究グループのマーセル・ヤン訪問研究員、動的創発物性研究ユニットの賀川史敬ユニットリーダー、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(同センター長)らの研究グループは、室温で「アンチスキルミオン[1]」と呼ばれる渦状の磁気構造を示す新物質を発見しました。

本研究成果は、トポロジカル磁気構造の基礎研究や磁気記録デバイスへの応用研究に貢献すると期待できます。

アンチスキルミオンは、D2d対称性またはS4対称性の結晶構造を持つ磁性体において形成されると予想されています。しかし、これまでに報告されているアンチスキルミオン物質は、D2d対称性を持つ合金のみでした。

今回、研究グループは、アンチスキルミオン物質として、S4対称性を持つ新しい磁性体「Fe1.9Ni0.9Pd0.2P(Fe:鉄、Ni:ニッケル、Pd:パラジウム、P:リン)」を開発し、室温を含む広い温度領域(-170~130℃)でアンチスキルミオンを観測することに成功しました。また、試料の厚さを変えることで、磁気ドメイン構造のサイズが劇的に変化し、厚い試料の表面では、結晶の対称性を反映したノコギリ型の新しい磁気ドメイン構造が形成されることを発見しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Materials』オンライン版(1月25日付:日本時間1月26日)に掲載されます。

アンチスキルミオンの模式図とローレンツ透過型電子顕微鏡で観察された磁化分布の図

アンチスキルミオンの模式図(左)とローレンツ透過型電子顕微鏡で観察された磁化分布(右)

背景

「スキルミオン」は、固体中の電子スピン[2]が形成する渦状の磁気構造体であり、トポロジカル数[3]「-1」で特徴づけられ、安定な粒子として振る舞います(図1a)。また、直径が1~100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)と微小であることに加え、低電流で駆動できることから、高性能の磁気記録デバイスへの応用が期待されています。スキルミオンはこれまでにさまざまな磁性体で観測されており、多くの研究がなされてきました。

一方、「アンチスキルミオン」は、スキルミオンとは逆符号のトポロジカル数「+1」を持つ渦状の磁気構造体です(図1b)。スキルミオンの中心を通る直線上のスピン配列はどこを切っても同じらせん型であるのに対し、アンチスキルミオンの中心を通る直線上のスピン配列は、面内に45°回転するごとにらせん型とサイクロイド型[4]が交互に入れ替わり、90°回転するごとにスピンの回転方向が反転するという性質があります。

アンチスキルミオンは、「D2d対称性」または「S4対称性」に分類される結晶構造(図1c)の磁性体において、ジャロシンスキー・守谷相互作用[5]によって形成されると予想されています。しかし、これまでに報告されているアンチスキルミオン物質は、D2d対称性を持つホイスラー合金「Mn1.4Pt0.9Pd0.1Sn(Mn:マンガン、Pt:白金、Pd:パラジウム、Sn:スズ)」のみであり、新物質開拓およびトポロジカル物性の解明が求められていました。

アンチスキルミオンと結晶構造の模式図の画像

図1 アンチスキルミオンと結晶構造の模式図

  • (a,b)スキルミオンおよびアンチスキルミオンの模式図。それぞれ-1および+1のトポロジカル数を持つ。カラー矢印は、面内のスピン(または磁化)の向きを示す。点線の内側のスピン(○の中に●)は面に対し手前を向いており、点線の外側のスピン(○の中に×)は面に対し奥を向いている。
  • (c)D2d対称性とS4対称性を持つ簡単な結晶構造。どちらもc軸周りに90°回転するごとに上下が反転する構造になっている(4回回反対称)。S4対称性はさらに捻じれた構造を持つ(a, b軸周りの2回回転対称や鏡映対称がない)ため、D2dよりも対称性が低い。これまでに報告されているホイスラー合金Mn1.4Pt0.9Pd0.1SnはD2d対称性に属するが、今回開発したFe1.9Ni0.9Pd0.2PはS4対称性に属する。

研究手法と成果

研究グループは、シュライバーサイトという隕石鉱物として知られる、S4対称性の結晶構造を持つ磁性体(Fe, Ni)3P(Fe:鉄、Ni:ニッケル、P:リン)に着目し、これにパラジウム(Pd)を少量加えた化合物「Fe1.9Ni0.9Pd0.2P」を合成しました。Pdをドープすることで、スピンが向きやすい結晶軸方向が変化し、アンチスキルミオンが生じるのに適した磁気状態になることが分かりました。

まず、厚さ130nmの薄片試料をローレンツ透過型電子顕微鏡[6]で観察したところ、室温で外部磁場を加えると、四角い磁気的な構造体が多数出現しました(図2a)。その磁化分布から、この四角い磁気構造体はまさに図1bに示したアンチスキルミオンであることが分かりました(図2b)。このアンチスキルミオンの安定状態は、-170℃から130℃までの非常に広い温度領域で観測されました。さらに、外部磁場を大きくすると、アンチスキルミオンがスキルミオンに変わることも分かりました。

ローレンツ透過型電子顕微鏡で観測されたアンチスキルミオンの図

図2 ローレンツ透過型電子顕微鏡で観測されたアンチスキルミオン

  • (a)Fe1.9Ni0.9Pd0.2Pの厚さ130nmの薄片試料に対し、室温で425mTの面直磁場を加えて生成したアンチスキルミオンのローレンツ透過型電子顕微鏡像。
  • (b)(a)の黄色で囲われた部分の面内磁化分布。

次に、磁気力顕微鏡[7]を用いて、磁気構造が試料の厚さに応じてどのように変化するかを調べました。その結果、厚い試料では磁気ドメイン構造のサイズが数マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)まで大きくなり、試料表面にノコギリ型の複雑なパターンが出現し、その横向きのノコギリと縦向きのノコギリの刃の向きは互いに反転していることが分かりました(図3)。この90°回転して反転する対称性は、アンチスキルミオンおよび結晶構造の対称性と同じであり、S4対称性特有の新しい磁気ドメイン構造です。

理論的シミュレーションの結果、このノコギリ型構造は、試料内部で磁気ドメイン壁を結晶軸に垂直な面に固定しようとするジャロシンスキー・守谷相互作用と、試料表面で磁気ドメイン壁を曲げて静磁エネルギーを下げようとする磁気双極子相互作用[8]の競合によって形成されていることが分かりました。

磁気力顕微鏡で観測された試料表面のノコギリ型磁気ドメイン構造の図

図3 磁気力顕微鏡で観測された試料表面のノコギリ型磁気ドメイン構造

  • (a)Fe1.9Ni0.9Pd0.2Pの厚さ10.3μmの試料において、室温・ゼロ磁場で観測された磁気力顕微鏡像。カラーは試料表面の磁化の面に垂直な成分に対応し、黄色が手前に、紫色が奥を向いている。図中のAとBは、それぞれ横と縦に伸びるノコギリ型の磁気ドメインを示す。
  • (b)(a)のA, Bドメインに対応する、90°回転すると反転するノコギリのイメージ図。

今後の期待

今回、研究グループはS4対称性を持つ新規磁性体Fe1.9Ni0.9Pd0.2Pにおいて、室温を含む非常に広い温度領域にアンチスキルミオンが形成されることを発見しました。また、磁場や試料の厚さを変えることで、アンチスキルミオン-スキルミオン転移が起こることや磁気ドメイン構造が大きく変化することも明らかにしました。

これらの結果は、D2d対称性のホイスラー合金のみに限られていたアンチスキルミオン研究を大幅に拡大すると期待できます。また、室温でトポロジカル磁気構造を容易に制御できるため、磁気記録デバイスへの応用研究に貢献すると期待できます。

補足説明

  • 1.アンチスキルミオン
    固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体であり、スキルミオンとは逆符号のトポロジカル数「+1」で特徴づけられる。アンチスキルミオンの中心を通る直線上のスピン配列は、面内に45°回転するごとにらせん型とサイクロイド型が交互に入れ替わり、90°回転するごとにスピンの回転方向が反転する。
  • 2.電子スピン
    電子は、「スピン」と呼ばれる小さな棒磁石に相当する性質を持つ。通常の磁石(強磁性体)では、自発的にスピンがそろうことで巨視的な磁化が現れる。
  • 3.トポロジカル数
    磁気渦の幾何学的な性質を特徴づけるスピンの「巻き数」に相当する数であり、スピンが円を1周(公転)する間にスピン自身がどれだけ回転(自転)したかを表す数と考えることができる。スキルミオンとアンチスキルミオンは、スピンの回転方向が逆であるため、トポロジカル数の符号が逆になる。
  • 4.サイクロイド型
    スピンの回転面が伝搬方向と垂直である配列を「らせん型」と呼ぶのに対し、スピンの回転面が伝搬方向と平行である配列を「サイクロイド型」と呼ぶ。
  • 5.ジャロシンスキー・守谷相互作用
    空間反転対称性の破れた系において、物質に内在するスピン軌道相互作用を起源として働く磁気相互作用であり、スピン同士を傾ける性質を持つ。この性質により、強磁性的にそろったスピンが徐々に捻じれてらせん型あるいはサイクロイド型の磁気構造が形成される。D2dまたはS4対称性の場合は、その特徴的な対称性により、90°回転するとジャロシンスキー・守谷相互作用の符号が反転するため、スピンの捻じれる方向も逆になり、アンチスキルミオンが形成される。
  • 6.ローレンツ透過型電子顕微鏡
    電子線が磁性体を通過する間に受けるローレンツ力による偏向を可視化して、試料内部の磁気構造を観察する顕微鏡。磁化の面内成分を検出できる。
  • 7.磁気力顕微鏡
    磁石で被覆した探針と試料表面の漏れ磁場の相互作用によって変化するカンチレバー振動の位相を可視化して、試料表面の磁気構造を観察する顕微鏡。磁化の面直成分を検出できる。
  • 8.磁気双極子相互作用
    二つの磁極(棒磁石のN極とS極)間に働く磁気相互作用。強磁性体は、表面に磁極を形成すると、内部に磁化と逆向きの磁場(反磁場)を作り自己エネルギー(静磁エネルギー)が高くなり不安定になる。そのため、外部磁場が無いときは、静磁エネルギーを下げるために、逆向きに磁化した磁気ドメインを形成する。このときドメイン間には、ドメイン壁(スピンが連続的に回転する狭い領域)が生じる。細かい磁気ドメイン構造を形成するほど静磁エネルギーが下がるが、その分、ドメイン壁エネルギーが上がるため、これらのエネルギーのバランスによって磁気ドメイン構造が決定される。

研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物質研究グループ
研究員 軽部 皓介(かるべ こうすけ)
グループディレクター 田口 康二郎(たぐち やすじろう)
電子状態マイクロスコピー研究チーム
特別研究員 ポン・リソン(Peng Licong)
チームリーダー 于 秀珍(う しゅうしん)
強相関理論研究グループ
訪問研究員 マーセル・ヤン(Masell Jan)
動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)
(東京大学大学院 工学系研究科 准教授)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長、東京大学大学院 工学系研究科 教授、東京大学国際高等研究所 東京カレッジ 卓越教授)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究B「高温カイラル磁性体における新奇スキルミオン状態の探索と解明(研究代表者:軽部皓介)」、同基盤研究S「電子系を舞台とした量子ガラス科学の創成と物性科学への展開(研究代表者:鹿野田一司)」、同特別研究員奨励費「トポロジカル磁性体のダイナミクスに関する理論的研究(受入研究者:永長直人、外国人特別研究員:マーセル・ヤン)」、同基盤研究A「電子顕微鏡によるトポロジカルスピン構造とそのダイナミクスの実空間観察(研究代表者:于秀珍)」、同若手研究「トポロジカルな磁気構造を持つ室温磁性体の物性解明と新物質探索(研究代表者:軽部皓介)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Kosuke Karube, Licong Peng, Jan Masell, Xiuzhen Yu, Fumitaka Kagawa, Yoshinori Tokura, Yasujiro Taguchi, "Room-temperature antiskyrmions and sawtooth surface textures in a non-centrosymmetric magnet with S4 symmetry", Nature Materials, 10.1038/s41563-020-00898-w

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループ
研究員 軽部 皓介(かるべ こうすけ)
グループディレクター 田口 康二郎(たぐち やすじろう)
電子状態マイクロスコピー研究チーム
特別研究員 ポン・リソン(Peng Licong)
チームリーダー 于 秀珍(う しゅうしん)
強相関理論研究グループ
訪問研究員 マーセル・ヤン(Masell Jan)
動的創発物性研究ユニット
ユニットリーダー 賀川 史敬(かがわ ふみたか)
(東京大学大学院 工学系研究科 准教授)
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長、東京大学大学院 工学系研究科 教授、東京大学国際高等研究所 東京カレッジ 卓越教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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