昔から、脳に存在する膨大な数の神経細胞の活動は、夜空に広がる星々のきらめきに例えられてきました。しかし、実際にそれを見た人は一人もいません。なぜなら、複数の脳領域を一度に観察できる顕微鏡がなかったからです。村山正宜チームリーダー(TL)は、これを実現できる顕微鏡の開発に成功しました。さらにこの顕微鏡を用いて、マウスの大脳皮質に効率的な情報処理の仕組み(スモールワールドネットワーク性)があることを発見しました。
村山 正宜(むらやま まさのり)
脳神経科学研究センター
触知覚生理学研究チーム
チームリーダー
1977年、宮城県生まれ。2006年東京薬科大学大学院生命科学研究科博士課程修了、博士(生命科学)。博士課程の頃から、顕微鏡などの実験装置を自ら開発。2006年、スイス・ベルン大学生理学部博士研究員。2010年から理研で研究室を主宰、2018年より現職。東京大学大学院医学研究科兼務。
多領域にわたる神経活動を捉えたい
近年は分子や細胞レベルの研究が進み、これを基盤として、一つの脳領域の神経活動についての理解が格段に深まっている。一方で多くの科学者が、脳の神経活動を広視野で観察したいと夢見てきた。
こうした中、夢の実現に向けて村山TLが実際に行動する端緒となったのが、2015年に『ニューロン』、2016年に『サイエンス』に成果発表した一連の研究である。村山TLは、脳の離れた領域間の相互作用が、脳が正常に機能するために重要であることを突き止めた。これら論文の掲載前から、すでに領域間相互作用の重要性を認識していた村山TLは、2014年、一つ一つの神経細胞を高解像度で観察でき、同時に生きた動物の脳を広視野で観察できる顕微鏡の開発に乗り出していた。
日本の技術力を結集した顕微鏡
このプロジェクトは5大学、3企業、2研究所が連携する大規模なもので、完成までの道のりは険しかった。
「広視野で観察するには大きな対物レンズが必要ですが、高精度の大きな対物レンズをつくるのはとても難しいのです。大型で高感度の光検出器も必要です。また、一つ一つの神経細胞を高解像度で観察できることを証明するには、神経細胞の活動を検知するためのカルシウムセンサーを広い脳領域の神経細胞に発現させる必要があり、その方法も新たに開発しました。さらに、大量の画像データから細胞体だけを自動検出するためのアルゴリズムや、大規模細胞数の解析方法も一から構築しました。このように、様々な問題を同時並行で解決していきました」
日本屈指の顕微鏡関連技術を持つ企業をはじめ、各分野の専門家の知識と技術力を結集して、ついに、広視野・高解像度・高速撮像・高感度・無収差(ボケやゆがみがない)を同時に満たす2光子顕微鏡の開発に成功した。
「共同研究者の誰か1人が欠けても、この成功はありませんでした」と村山TLは振り返る。
「スモールワールドネットワーク性」を発見
この顕微鏡で得られたデータを解析したところ、マウスの大脳皮質は"スモールワールドネットワーク"(図1)であることを発見し、効率的な情報伝達が行われていることが分かった。
図1 大脳皮質のスモールワールドネットワーク性
マウスの大脳皮質の神経ネットワークを解析。脳の領域ごとに神経細胞を色分けしている。領域内の短い結合(左・クラスター性、黄色丸で囲まれた部位)とともに、領域をまたぎ、クラスターを結ぶ長い結合(右・スモールワールド性)が存在する。統計解析より、大脳皮質は、小さな領域で密なコミュニケーションを行うクラスター性と、遠隔でも少ない接続回数で到達できるスモールワールド性を併せもつ、"スモールワールドネットワーク"であることが分かった。
これまでも実験装置を自ら開発し、数々の発見をしてきた村山TL。「夢は、この顕微鏡を使って、まったく新しい神経現象を発見することです。それが脳機能とどう関連しているかそのメカニズムを掘り下げて、脳の謎を解明していきます」
開発した顕微鏡の前で。上部から入ったレーザー光が対物レンズ(右上に写っているシルバー色の筒状の部分)を通って、中央の台上のサンプルを照射する。
(取材・構成:秦千里/撮影:盛孝大/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2021年4月20日プレスリリース「脳の宇宙を捉える顕微鏡-世界初、多領域にまたがる神経ネットワークのエコ特性を発見-」
- 2016年5月27日プレスリリース「睡眠不足でも脳への刺激で記憶力がアップ-記憶の定着に重要な神経回路を特定-」
- 『RIKEN NEWS』2015年9月号「感じる脳を解く」
- 2015年5月22日プレスリリース「"感じる脳"のメカニズムを解明-皮膚感覚を司る神経回路の発見-」
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