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研究最前線 2021年7月30日

分子を1個単位で分析、世界最高感度の顕微鏡

2021年4月、今田裕上級研究員と數間惠弥子研究員は、異なるテーマで同時に文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞しました。どちらの研究も、独自に開発した世界最高感度の走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope:STM)を使い、これまで分子の集団でしか分からなかったエネルギー変換や化学反応の詳細を、分子1個の単位で捉えることに成功しました。これらの成果は、デバイスや材料の開発に新たな知見を与えると期待され、注目を集めています。

今田 裕上級研究員と數間 恵弥子研究員の写真

開拓研究本部
Kim表面界面科学研究室

今田 裕(いまだ ひろし)(写真左)

上級研究員
1981年、米国コロラド州生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科物性物理学専攻博士課程修了。博士(理学)。2010年より理研特別研究員。2020年より現職。

數間 惠弥子(かずま えみこ)(写真右)

研究員
1984年、東京都生まれ。東京大学大学院工学研究科応用化学専攻博士課程修了。博士(工学)。2015年より理研基礎科学特別研究員、2018年より現職。

1個の分子が放つわずかな光を測る

光合成や太陽電池など、光をエネルギーに変換する現象では分子から分子へエネルギーが移動している。エネルギーを受け渡す分子までの距離など、分子の状況は1個1個異なるが、分子1個だけを調べる方法はなく、詳細に調べることはできなかった。

STMは、探針という先端が極めて細い金属の針で試料表面をなぞりながらスキャンし、探針と試料の間に流れる電流から試料の形状などを捉える顕微鏡だ。今田上級研究員は、STMと高感度の光の検出機構を組み合わせた世界最高感度の「光STM」を開発。顕微鏡で観察している1個の分子にエネルギーを与え、その分子が発するわずかな光の波長やエネルギーを測定可能にした。

2016年、今田上級研究員は、1個の分子から隣接する分子にエネルギーが移動する様子や分子間の距離によるエネルギー移動効率の違いを分子の発光から明らかにした。さらに2021年には、1個の分子の性質を精密に計測できるまで光STMの分析能力を向上させることに成功した。

今田上級研究員は「光STMの性能向上はライフワークとして継続し、独自の基礎研究を発展させて新たな現象の発見を目指していきたい。加えて、これからは『量子』を利用したエネルギー移動やエネルギー変換の制御などの応用研究も行いたい」と抱負を語る。

STMによる観測のイメージの図

図1 STMによる観測のイメージ

  • (左)探針から分子にエネルギーを与え、分子からの発光を測る(今田上級研究員)
  • (右)探針の先に可視光を照射し針の先端からにじみ出る近接場光で分子を分解する(數間研究員)
    "Physical Chemistry Chemical Physics" "Royal Society of Chemistry"より転載

分子1個の化学反応を追う

「金有洙主任研究員の指揮の下に共同開発してきた多様なSTMのおかげで、私たちの研究室から次々とインパクトの大きな論文を発表してきました」と話す數間研究員は、理研に入所する前から「近接場光」という光が引き起こす化学反応(光化学反応)を研究してきた。

近接場光とは、可視光をナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)サイズの金属に当てたとき、その周囲数十nmの空間ににじみ出る光だ。その強さ(電場の密度)が10倍から1,000倍にも高まるため、効率よく光化学反応を引き起こせる可能性をもつ。だが、近接場光は、金属表面から数nm、分子1個分離れるだけでも急激に減衰してしまう。「何万個もの分子の集団ではなく、分子1個1個について研究をしたい」との思いから、數間研究員は研究分野を変える決意をし、Kim表面界面科学研究室の一員になった。

2018年、數間研究員は近接場光をSTMの探針から分子に照射し、その分子が二つに分かれる化学反応の様子を世界で初めて捉えた。2020年には銀の基板上で酸素分子1個が分解する反応も観測した。その反応メカニズムには研究者の間で複数の予想があったが、數間研究員はデータに裏付けられた新しい反応メカニズムを提案した。

研究を行う動機を數間研究員は「今は十分に活用されていない可視光を近接場光の光化学反応で有効利用したいのです。太陽光の50%を占める可視光を使えれば、エネルギー問題の解決につながるはずです」と語る。

數間研究員(左)、今田上級研究員(右)と探針づくりを担う長谷川志 研究パートタイマー(中)の図

數間研究員(左)、今田上級研究員(右)と探針づくりを担う長谷川志 研究パートタイマー(中)

金と銀の探針を開発した數間研究員は「探針の品質は研究の再現性や効率を左右します。電子顕微鏡でないと見えない探針の先端の形状が、肉眼で見えているのではないかと思えるほどの「匠の技」で、長谷川さんは再現性よく高品質の探針をつくれます」と称賛する。

(取材・構成:大石かおり/撮影:盛孝大/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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