1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2020

2020年3月23日

理化学研究所

ナノの光による単一酸素分子の分解

-単一酸素分子の結合切断の観測と反応機構の解明に成功-

理化学研究所(理研)開拓研究本部Kim表面界面科学研究室の數間惠弥子研究員、金有洙主任研究員らの国際共同研究グループは、「局在表面プラズモン共鳴現象[1](以下、プラズモン)」によるナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの領域に局在した光によって、銀表面に強く吸着した酸素分子が分解する様子を単一分子レベルで観測し、その反応機構を明らかにしました。

本研究成果は、プラズモンが引き起こす化学反応を設計し制御する指針となることから、新しい光触媒[2]の開発に貢献すると期待できます。

持続可能な社会の実現に向けて、太陽光を有効利用する技術開発が求められています。ナノメートルサイズの金属に光を当てるとプラズモンの共鳴現象が起こり、光を金属表面近傍のナノ領域に集光できます。このプラズモンによる「ナノの光」は、光の高効率利用を可能にすると期待され、さまざまな応用が研究されています。近年、プラズモンが起こす化学反応が注目を浴びていますが、反応機構については議論が続いており、応用研究への課題が多く残されています。

今回、国際共同研究グループは、走査型トンネル顕微鏡(STM)[3]を用いて、プラズモンのナノの光が起こす酸素分子の分解反応を、単一分子レベルで直接観測することに成功しました。さらに、単一分子レベルの反応の定量解析と理論計算により反応機構を解明し、プラズモンによって生成したホットホール(正孔)[4]が化学反応に寄与することを、単一分子レベルの観測により初めて示しました。

本研究は、科学雑誌『Angewandte Chemie International Edition』の掲載に先立ち、オンライン版に近日中に掲載されます。

プラズモンによる酸素分子の分解反応の単一分子レベル観測の図

プラズモンによる酸素分子の分解反応の単一分子レベル観測

背景

持続可能な社会の実現に向けて、クリーンかつ再生可能な太陽光エネルギーを有効利用する技術の開発が求められています。約100nm(nm、1nmは10億分の1メートル)以下の金属のナノ構造に特定波長の光を当てると、「局在表面プラズモン共鳴現象(以下、プラズモン)」が起こり、光を金属表面近傍のナノ領域に集めることができます。このプラズモンによる「ナノの光」は、入射光よりもはるかに強いことから、光の高効率エネルギー変換を可能にします。このため、ナノ領域における分光分析、さらに太陽電池や光触媒への利用についての研究が盛んに行われています。

光触媒の応用に向けて、2010年頃からプラズモンが起こす化学反応の研究が進められていますが、反応機構は未解明な部分が多く残されています。特に、プラズモンによる酸化反応は幅広く研究されているものの、多くの酸化反応に関わる重要な酸素分子分解の反応機構はいまだに議論の的となっています。

金有洙主任研究員らは、2018年にプラズモンのナノの光による化学反応を単一分子レベルで直接観測することに成功しました注1)。今回、国際共同研究グループは、銀表面に強く吸着した酸素分子の分解反応を単一分子レベルで観測し、反応機構を解明することを試みました。

研究手法と成果

プラズモンのナノの光が起こす化学反応を単一分子レベルで観測するため、原子レベルの空間分解能を持つ走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いました。通常、プラズモンは金属ナノ粒子などに光照射することで発生させますが、本研究では、先端が鋭く尖った金のSTM探針と金属基板間のナノの隙間に光を照射することで生成できるプラズモンを利用しました。表面を清浄化した銀基板(Ag(110)単結晶基板)を89ケルビン(K、-184℃)に冷却し、酸素分子を化学吸着[5]させることでサンプルを作製し、5K(-268℃)の極低温下でSTMを用いて調べました。金探針を一つの酸素分子の上に近付けて光照射すると、酸素分子の分解が起こり、二つの酸素原子に分かれる様子が観測されました(図1)。

STMを用いたプラズモンによる酸素分子の分解反応の単一分子レベル観測の図

図1 STMを用いたプラズモンによる酸素分子の分解反応の単一分子レベル観測

光照射により金探針の直下に局在するプラズモンを励起し、酸素分子が二つの酸素原子に分解する様子をSTMにより単一分子レベルで観測することに成功した。モデル図に示すように、酸素分子は赤矢印の方向に沿って酸素原子(青丸)に分解する。点線の丸は、分解した後の酸素原子の位置を示す。白丸は銀原子を表す。

STMは単一分子の反応を直接観測できるだけでなく、単一分子の変化を実時間で追跡し、反応時間を計測することもできます。そこで、照射する光の強度と波長を変えたときの反応時間を計測し、反応速度と反応効率を算出し、定量的な解析を行いました。その結果、酸素分子は、可視域[6]から近赤外域[7]にわたる幅広い波長域のナノの光で分解することが明らかになりました(図2)。さらに、銀表面に化学吸着した酸素分子には二つの吸着状態があり、吸着状態によって反応効率が異なることが示されました。

銀表面に吸着した単一酸素分子の反応効率の波長依存性の図

図2 銀表面に吸着した単一酸素分子の反応効率の波長依存性

左図と右図のように、銀表面上に化学吸着した酸素分子には二つの吸着状態があり、吸着状態によって反応効率の波長依存性が異なることが分かった。

反応機構の詳細を調べるため、分解反応に関わる酸素分子の電子状態[8]について、第一原理電子状態計算法[9]による理論計算とSTMアクションスペクトロスコピー[10]による解析を行いました。理論計算から、酸素分子は銀基板から電子を受け取り、陰イオン状態で強く化学吸着していることが示されました。さらに、酸素分子の分子軌道[11]のうち反結合性(π*)軌道[11]フェルミ準位[12]に幅広くまたがって分布しており(図3)、分子軌道が離散的なエネルギー準位[13]を持つ気体の酸素分子の場合と大きく異なることが分かりました。

STMアクションスペクトロスコピーにより、STM探針から酸素分子に電子またはホール(正孔)を注入したときの分解反応の効率を調べた結果、アクションスペクトルから、電子よりもホールを注入したときの方が分解反応の効率が高いことが示されました。これにより、フェルミレベル以下に分布する分子軌道が、分解反応において重要な役割を果たすことが明らかになりました。

以上の結果から、プラズモンによる酸素分子の分解反応では、プラズモンの電場が酸素分子を直接励起[14]するのではなく、プラズモンが緩和する過程で生成されるホット電子[4]とホットホールが、酸素分子の反結合性(π*)軌道に移動することで酸素分子を励起し、分解反応が起こることが明らかになりました(図3)。さらに、反結合性(π*)軌道はフェルミレベル以下に多く分布していることから、ホット電子よりもホットホールの方が分子への移動が有利で、分解反応をより効率良く引き起こしていると結論されました。これは、プラズモンにより生成したホットホールが化学反応に寄与することを、単一分子レベルの反応観測から示した初めての成果です。

銀表面に吸着した酸素分子のプラズモンによる分解反応の機構の図

図3 銀表面に吸着した酸素分子のプラズモンによる分解反応の機構

プラズモンの緩和過程で生成するホット電子とホットホールが、銀表面上に吸着した酸素分子の反結合性(π*)軌道に移動することで(黒矢印)、酸素分子が励起され分解反応が起こる。

今後の期待

本研究では、金属のナノ構造に特定波長の光を照射することで生成するプラズモンによって、銀表面に強く吸着した酸素分子が分解する挙動をSTMにより単一分子レベルで観測し、分解反応の機構を明らかにしました。今後、分子と金属の界面における相互作用を制御することで、反応に必要な光エネルギーや反応効率、さらには反応機構の制御が可能になると考えられることから、新しい光触媒の開発に貢献すると期待できます。

補足説明

  • 1.局在表面プラズモン共鳴現象
    金属のナノ構造の表面は自由電子雲で覆われており、そこに光が入射すると光の電場振動に共鳴して、自由電子雲が集団的に振動する。この現象を局在プラズモン共鳴現象といい、金属ナノ構造表面近傍のナノ領域に局在した強い光電場が生成する。
  • 2.光触媒
    光の照射により触媒作用を示す物質の総称。触媒は特定の化学反応の速度を速める物質で、自身は反応の前後で変化しない。例えば、光触媒の二酸化チタンは紫外線が当たると、その表面で強力な酸化力が生まれ、接触する有機化合物や細菌などの有害物質を除去できる。
  • 3.走査型トンネル顕微鏡(STM)
    先端を尖がらせた金属針(探針)を、試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を観測する顕微鏡。探針と試料間に流れるトンネル電流を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化する。STMはScanning Tunneling Microscopeの略。
  • 4.ホットホール、ホット電子
    プラズモンが減衰する過程でホール(正孔)と電子が生成する。これを、ホットホールとホット電子と呼ぶ。これらは、フェルミレベルからプラズモンのエネルギー領域間でブロードな分布を持つ。
  • 5.化学吸着
    吸着の中でも、表面と吸着質との間に化学結合を形成して吸着する状態をいう。
  • 6.可視域
    波長が400nmから700nm程度の光の波長領域。
  • 7.近赤外域
    可視域の波長よりも長く、約3000nmまでの光の波長領域。
  • 8.電子状態
    物質における電子のエネルギー構造のこと。
  • 9.第一原理電子状態計算法
    実験結果に頼らないで、量子力学の基本原理から分子や結晶の性質を計算する方法。実験が困難な極限状況における物質の性質を予測できるという特長がある。しかし膨大な計算を要するため、高性能のスーパーコンピュータの助けが不可欠である。
  • 10.STMアクションスペクトロスコピー
    STMから固体表面上の吸着分子に電子やホールを注入したときに起きる分子の運動や反応の様子と、それぞれの分子に固有な分子振動のエネルギーとの関係を明らかにできる手法。この手法により、反応に関わる分子の電子状態の情報も取得できる。
  • 11.分子軌道、反結合性(π*)軌道
    分子中で電子が見いだされる確率が高い領域を分子軌道という。化学結合が形成するときの分子軌道は、結合性軌道と反結合性軌道に分類される。反結合性軌道が電子によって占有されると、二つの原子間の結合を弱め、分かれた原子の状態よりも分子のエネルギーを上昇させる。
  • 12.フェルミ準位
    電子が占有している最も高いエネルギー準位のこと。
  • 13.エネルギー準位
    量子力学において、原子、分子、原子核などの安定状態が持つエネルギーの値のこと。
  • 14.励起
    光電場、熱、電子などの励起源を分子に吸収させることで、分子を特定のエネルギーの状態まで移すこと。

国際共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室
研究員 數間 惠弥子(かずま えみこ)
主任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)

蔚山大学化学科
大学院生 李 民喜(い みんひ)
助教 鄭 載勲(じょん じぇふん)

イリノイ大学シカゴ校 化学科
教授 マイケル・トレナリー(Michael Trenary)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「プラズモン誘起解離反応素過程の単一分子レベル解析(研究代表者:数間恵弥子)」、同基盤研究(S)「走査トンネル顕微鏡で拓く微小極限の光科学(研究代表者:金有洙)」、National Research Foundation of Korea(NRF-2019R1I1A3A01041239)(研究代表者:鄭載勲)、US National Science Foundation (CHE-1800236) (研究代表者:Michael Trenary)による支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Emiko Kazuma, Minhui Lee, Jaehoon Jung, Michael Trenary, Yousoo Kim, "Single-molecule study of a plasmon-induced reaction for a strongly chemisorbed molecule", Angewandte Chemie International Edition, anie.202001863

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室
研究員 數間 惠弥子(かずま えみこ)
主任研究員 金 有洙(きむ ゆうす)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
お問い合わせフォーム

産業利用に関するお問い合わせ

お問い合わせフォーム

Top