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2017年7月5日

理化学研究所

新原理に基づく単一分子発光・吸収分光を実現

-“伝播しない光”局在プラズモンを利用した新手法-

要旨

理化学研究所(理研)Kim表面界面科学研究室の今田裕研究員、金有洙主任研究員らの研究チームは、単一分子の発光・吸収特性を分子スケールの空間分解能[1]で計測することに成功しました。

有機分子を太陽電池や光触媒、発光ダイオードなどの光エネルギー変換デバイスに用いる場合、分子がどのような光を吸収し発光するかといった光学的な特性を調べることは重要です。これまで、発光・吸収特性計測には光学技術が用いられてきましたが、空間分解能を数100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)よりもよくすることができず、数10nmより小さい微細構造や単一分子の光学特性を詳細に調べることは困難でした。

今回、研究チームは独自に開発した光計測ができる走査トンネル顕微鏡(STM)[2]を用いて、“伝播しない光”とも呼ばれる「局在プラズモン[3]」と分子の相互作用を利用した単一分子の発光・吸収特性計測を実現しました。STM探針と金属基板の間にトンネル電流[2]が流れると、探針-基板の間に局在するプラズモンが励起され発光します。本研究では、この局在プラズモンを分子から数nmの距離に近づけて分子と相互作用させたところ、局在プラズモンのブロードな発光ピークの上にシャープなピークやディップ(へこみ)が現れることを発見しました。理論解析から、これらのシグナルは単一分子の発光・吸収に由来したものであることを解明し、新しいタイプの単一分子発光・吸収分光が可能であることを実証しました。

本研究で得られた知見のうち、特に単一分子の吸収特性計測はこれまで非常に困難とされており、基礎科学的な観点から重要な成果です。これらの新しい計測手法は、単一分子を構成要素として、新しいエネルギー変換・情報処理デバイスを研究する、単分子励起子工学の開拓・発展に貢献すると期待できます。

成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(7月5日付け)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所 Kim表面界面科学研究室
研究員 今田 裕(いまだ ひろし)
訪問研究員 三輪 邦之(みわ くにゆき)
研修生 今田 みやび(いまだ みやび)
研修生(研究当時)河原 祥太(かわはら しょうた)
大学院生リサーチ・アソシエイト 木村 謙介(きむら けんすけ)
主任研究員 金 有洙(キム ユウス)

背景

有機分子に可視光を照射すると、分子は光を吸収して電子励起状態に遷移します。励起された分子は、電子励起状態から基底状態に戻る過程において発光や電荷分離などさまざまな現象を示します。これらの現象は、太陽電池や光触媒、発光ダイオード、人工光合成などのエネルギー変換デバイスに応用されています。光機能性材料としての分子を評価する上で、分子がどのような光を吸収し発光するかといった光学的な特性を調べることは重要であり、発光・吸収分光法は広く行われています。

これまでの発光・吸収特性計測では、空間を伝播する光を用いていましたが、伝播光は波長が数100ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)と長いため、空間分解能を数100nmよりもよくすることができませんでした。ナノテクノロジーや材料科学の進展により、さまざまな微細構造を持つ新しい物質が次々と生み出されている現在、高い空間分解能で物質の形状を決定し、さらに個々の物質の光学特性を調べる実験手法の確立が待ち望まれていました。

研究チームは、原子スケールの空間分解能を持つ走査トンネル顕微鏡(STM)をベースとした発光分光法(STM発光分光法[4])を独自に開発し、近年、さまざまな現象を単一分子レベルで観測しています。そこで本研究では、このSTM発光分光法を用いて、高い空間分解能で単一分子の光学特性を測る新しい発光・吸収分光法の開発に取り組みました。

研究手法と成果

研究チームは、“伝播しない光”とも呼ばれる「局在プラズモン」と分子の間の相互作用を、独自に開発したSTM発光分光装置を用いて詳細に調べました。図1aに実験の概念図を示します。STM探針と金属基板の間に局在するプラズモンは、STMのトンネル電流で励起することができます。また局在プラズモンの位置は、STM探針を動かすことで原子スケールの精度で調整できます。局在プラズモンを測定対象の分子に近づけ相互作用させて発光スペクトルを測定することで、局在プラズモンと分子の相互作用を調べることができます。

実験には、フタロシアニン(H2Pc)分子[5]を用いました(図1b)。STMのトンネル電流で局在プラズモンを励起させ、STM発光スペクトルの測定を行ったところ、局在プラズモンとH2Pc分子の距離が遠いときはブロードなピークを示し、近づくにつれてブロードなピークの上に分子に由来するシャープなディップ(へこみ)やピークが現れることを発見しました(図2)。このようなシグナルは探針と分子の間の距離に非常に敏感で、分子から3nmほど離れると観測されなくなるため、この結果は高い空間分解能で分子の性質を測ることができる可能性を示しています。

理論解析の結果、観測されたディップは局在プラズモンから分子へのエネルギー移動(つまり“分子によるエネルギー吸収”)によって生じ、ピークはプラズモンを吸収して励起された“分子からの発光”によって生じることが分かりました。また、発光過程と吸収過程が同じエネルギーで起きる特別な場合には、量子力学的干渉効果のために非対称なディップ形状が現れることも明らかになりました。さらに、測定されたスペクトルには分子振動に由来する小さな発光ピークと吸収ディップも含まれており、分子に関する詳細な分光情報を含んでいることが分かりました(図3)。

これらの結果は、局在プラズモンを測定したい単一分子と相互作用させることで、分子の電子励起状態および分子振動モードのエネルギーを計測することができることを示しています。

今後の期待

これまで、伝播する光を使った分光計測では高い空間分解能を得ることができず、小さな物質の詳細な光物性計測は困難でした。例えば、ある分子に他の分子が近接した場合にどのような現象が起きるのかを明らかにすることは、光合成反応やエネルギー変換デバイスの動作を理解し性能を向上させる上で重要で、未解明の課題です。本研究で実現した局在プラズモンを用いた方法では、従来法の空間分解能よりも桁違いによい分子スケール(数nm)の空間分解能が実現されます。そのため、すでに知られている現象の詳細を解明するだけではなく、未知の現象の発見にも貢献すると期待できます。

本手法の発展により、分子レベルの精度でエネルギーの動きを制御し新しいエネルギー変換・情報処理デバイスを研究する、単分子励起子工学の開拓・発展につながる可能性があります。

原論文情報

  • Hiroshi Imada, Kuniyuki Miwa, Miyabi Imai-Imada, Shota Kawahara, Kensuke Kimura and Yousoo Kim, "Single molecule investigation of energy dynamics in a coupled plasmon-exciton system", Physical Review Letters, doi: 10.1103/PhysRevLett.119.013901

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 Kim表面界面科学研究室
研究員 今田 裕(いまだ ひろし)
主任研究員 金 有洙(キム ユウス)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.空間分解能
    分解能とは、どのくらい細かくものを“見る”ことができるかの目安。分解能が小さな値では細かく(分解能が高く)、大きな値では粗く(分解能が低く)なる。空間分解能が高いほど物体をより精細に観測できる。
  • 2.走査トンネル顕微鏡(STM)、トンネル電流
    先端を尖がらせた金属針(探針)を測定表面に極限まで近づけたときに電流が流れるトンネル現象を測定原理として用いる装置。試料表面をなぞるように走査して、その表面の形状を原子レベルの空間分解能で観測する。探針と試料間に流れる電流をトンネル電流と呼び、トンネル電流を検出し、その電流値を探針と試料間の距離に変換させ画像化する。
  • 3.局在プラズモン
    金属微細構造の自由電子の集団的な振動のこと。電子の振動に伴って、金属微細構造の周りには強い電磁場が生じる。近接場光や伝播しない光とも呼ばれ、空間的には伝播しないものの伝播する光と似た性質を持つ。本研究では、先端の尖ったSTM探針と平らな金属基板の間の隙間に局在しているプラズモンを、分子を励起する励起源として利用した。
  • 4.STM発光分光法
    STMのトンネル電流によって誘起される発光を分光計測する実験手法。励起源であるトンネル電流が原子スケールの狭い領域に流れることから、誘起される発光の強度やエネルギーも同じスケールで変化し、局所的な光学特性を調べることができる。現在、原子レベルの分解能を持つ唯一の発光分光法である。
  • 5.フタロシアニン(H2Pc)分子
    フタロシアニンは、四つのフタル酸イミドが窒素原子で架橋された構造をもつ環状化合物で、鮮明な青色を呈する。
実験の概念図と試料のSTM像の図

図1 実験の概念図と試料のSTM像

(a)実験の概念図。STM探針と銀基板の間に局在するプラズモンをトンネル電流で励起し、発光スペクトルの測定を行う。もし局在プラズモンと分子の間に相互作用があれば、発光スペクトルに変化が生じる。

(b)試料のSTM像と、フタロシアニン(H2Pc)分子の分子模型。青い丸が窒素原子、黒い丸が炭素原子、白い丸が水素原子を示している。H2Pcの分子模型は、4個のフタル酸が環状に結合した構造をしている。

局在プラズモンと分子の相互作用を示すスペクトルの図

図2 局在プラズモンと分子の相互作用を示すスペクトル

局在プラズモンの位置(STM探針位置)を分子に対して変化させ測定した発光スペクトル。各スペクトルの右側の番号と右図の番号が対応している。1(5.0nm)から11(1.4nm)まで順にSTM探針を分子に近づけていくと、ブロードなピークの上に分子に由来するシャープなピークやディップが観測された。

スペクトル解析結果とエネルギーダイアグラムの図

図3 スペクトル解析結果とエネルギーダイアグラム

(a)上は、STM探針をH2Pc分子に近づけて測定したスペクトルを、分子から離して測定したスペクトルで割って規格化して得たスペクトル。局在プラズモンと分子の相互作用によって生じたスペクトルの変化を示している。下は、1.81eVに観測された非対称ディップをFano関数でフィッティングし、実験データとの差をとったもの。スペクトルの微細構造が見えやすくなり、分子振動由来の小さなディップやピークがはっきりと確認された。

(b, c)プラズモンと分子の間のエネルギー移動の概念図とエネルギーダイアグラム。さまざまな分子の状態間遷移が観測された。

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