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研究最前線 2021年9月6日

休眠中の卵胞が目覚める必要条件を発見

ほとんどの哺乳類では、卵子のもとになる卵母細胞は出生前につくられ、その後新たにつくられることがありません。卵母細胞は成長を開始するまで、周りを特殊な細胞に囲まれた「原始卵胞」の状態で卵巣内で眠っています。高瀬比菜子研究員らは、眠っている原始卵胞が目覚めて活性化するのに必要なシグナルを発見しました。不妊治療などに役立つ可能性があると期待されています。

高瀬 比菜子の写真

高瀬 比菜子(たかせ ひなこ)

生命機能科学研究センター
個体パターニング研究チーム
研究員
1983年富山県生まれ。東京大学理学系研究科博士課程修了、博士(理学)。米スタンフォード大学留学後、東京医科歯科大学医歯学総合研究科テニュアトラック助教を経て、2018年より現職。博士課程在学中より、さまざまな細胞のもとになる未分化な「幹細胞」やその周りの微小環境(ニッチ)について研究している。

卵子は周りの細胞と歩調を合わせて成長

卵母細胞は一つずつ、その成長を助ける特殊な細胞に包まれており、卵胞と呼ばれる構造をとっている。ヒトの場合、初潮の頃には卵巣に約30万個の原始卵胞があると考えられており、その中から毎月数百個が目覚め、成熟に向けて成長を始める。途中で成長が止まるものなどもあり、成熟した卵子になって排卵されるのは基本的に毎月1個だ。

卵母細胞を包む細胞は「顆粒膜細胞」と呼ばれる母体側の体細胞であり、次世代をつくる卵母細胞に栄養分などを供給する。原始卵胞の時点では、まだ顆粒膜細胞になっていない前顆粒膜細胞の状態で、扁平形をしている。

前顆粒膜細胞は、活性化し成長すると立体的なころんとした形へと姿を変え、卵母細胞の成長を助けることができるようになる。卵母細胞と前顆粒膜細胞の活性化や成長のタイミングが合わないと、成熟した卵子はできない。しかし、どのように前顆粒膜細胞が活性化されるのか、これまで分かっていなかった。

目覚めにはWntタンパク質が必要

高瀬研究員らは、マウス実験で、「Wnt」という分泌型タンパク質のうちの3種類が前顆粒膜細胞の活性化に寄与する可能性を発見した。マウスの卵巣でこれらのWntタンパク質が働かないようにしたところ、前顆粒膜細胞は扁平なままで成長せず、卵母細胞の成長も遅くなり、不妊になった(図1、2)。調べると、血液中のホルモンの状態がヒトの「早発卵巣不全」の状態と似ていた。これは、さまざまな理由で卵巣の働きが低下するために無月経となる病気で、不妊の原因の一つだ。40歳未満の女性の約1%に発症するとみられている。

マウスの卵巣の図

図1 マウスの卵巣

Wntタンパク質が働かないマウスの卵巣(右)と正常なマウスの卵巣(左)。ピンク色に染まっているのは卵子のもとになる卵母細胞、緑色が顆粒膜細胞。Wntタンパク質が働かない場合、大きく育った卵胞が観察されず、そのため卵巣の大きさ自体も非常に小さい。

Wntシグナルを抑制した場合の卵巣の表現型の図

図2 Wntシグナルを抑制した場合の卵巣の表現型

正常なマウス(上段)とWntタンパク質が働かないマウス(下段)の卵巣内の卵胞の比較。Wntタンパク質が働かないと、顆粒膜細胞は扁平なまま成長できない。卵母細胞はある程度大きくなるが、顆粒膜細胞からの支えがないため、最終的には成熟しない(10㎛は100分の1㎜)。

Wntタンパク質が働かないマウスの卵巣の培養実験では、既存のWnt活性化剤を投与すると扁平な前顆粒膜細胞が立体になり、卵子も成熟した。高瀬研究員は「ヒトの不妊のうち顆粒膜細胞の機能不全に原因があるものは、Wnt活性化剤を使った治療法で改善する可能性があります」と話す。

中学生時代に、環境中の微量の化学物質が生命にもたらす深刻な影響について警鐘を鳴らした、レイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』を読んで研究の道を志したという高瀬研究員は、「生物の根本的な営みを明らかにしたくて研究しています」と語る。生命が次世代に受け継がれていく仕組みを解き明かすため、原始卵胞が活性化する最初のきっかけなど、まだ不明な点の多い、卵母細胞と顆粒膜細胞の成長過程についての研究に力を入れる予定だ。生殖メカニズムの基礎研究を通じて、臨床にも役立つ知見を提供することを目標としている。

(取材・構成:大岩ゆり/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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