アト秒はとても短い時間の単位で、0.000000000000000001(1×10-18)秒です。物の動きを捉えるには、ストロボを使って連続写真を撮る方法がありますが、もし電子のように素早く動く物を捉えようとすると、アト秒レベルの短い間隔の光が必要です。300アト秒だけ光っては消えるパルス光をつくった鍋川康夫専任研究員(以下、研究員)に、アト秒の世界の光の話を聞きました。
鍋川 康夫(なべかわ やすお)
光量子工学研究センター
アト秒科学研究チーム
専任研究員
1966年千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科物理及応用物理専攻博士課程前期(修士)修了。博士(工学)。2001年理研入所、2018年より現職。
世界一の短パルス光のつくり方
アト秒レベルで短く光り、しかも計測に使えるほど強いパルス光は、どのようにつくるのだろうか。光の研究の面白さについて「光には波の性質があり、波の山と山が重なって強まったり、山に谷が重なって強さを打ち消したりと、干渉します。そして電子などの粒子に当たっても、その性質は引き継がれます」と鍋川研究員。つまり、干渉をいかに使いこなすかが鍵となる。
反応を起こしにくい不活性ガスに、強いレーザー光(基本波、図1の赤線)を当てると、基本波の波長の奇数分の1の波長の光(高次高調波)が発生する。それらの光は精密に干渉しているので(図2)、さらに波長の短いアト秒のパルス光(APT:アト秒パルス列、図1の青線)となっている。この時点では基本波が混ざっているが、シリコン反射鏡に当てるとシリコン反射鏡に吸収され、APTだけを取り出すことができる。
図1 APT(アト秒パルス列)の計測装置
実験では不活性ガスとしてキセノン(Xe)を、検出にはアセチレン(C2H2)を用いた。
図2 光の干渉から生まれるAPT
元の光の波長の奇数分の1の波長の光(上段 5本)を精密に干渉させるとAPT(最下段)をつくり出せる。
1パルスの時間をどうやって測るのか
しかし、アト秒という短い光の時間幅を計測できる機器はないため、生成したAPTの時間幅はAPT自身で計測するしかない。これを自己相関計測という。シリコン反射鏡は上下に分かれており、入射したAPTの半分を上の鏡で、残り半分を下の鏡で反射する。そして、下の鏡だけを数ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)単位で後ろに動かすと反射にわずかな時間差が生じ、上下の反射光の波形が重なったときは光強度が高まり、離れたときは光強度が低くなる。その光をイオン検出器内でアセチレン分子(C2H2)に当ててイオン化する(図1)。
「光強度が高まるとイオンの生成量が多くなり、低くなると少なくなります。鏡を少しずつずらしながらイオンの生成量の増減を調べることでAPTの時間幅を計測できるのです」と鍋川研究員。この装置を使って、自己相関計測で世界最短の300アト秒を記録した(図3)。
図3 アセチレン分子(C2H2)から生じた炭素イオン(C+)のAPT自己相関波形
1フェムト秒は1,000アト秒。炭素イオン(C+)以外にも、メチンイオン(CH+)、水素イオン(H+)の自己相関波形を得ている。これまでの研究では単一イオンしか発生しない単純な分子を用いてきた。複数のイオン種を検出に用いたことも本研究の特長だ。
温度管理の重要性
この成果には、鍋川研究員のある工夫があった。シリコン反射鏡は基本波を吸収すると発熱して位置がずれてしまう。そこで、シリコン反射鏡の温度を一定に保つ装置(図4)を導入し、影響を最小限に抑えたところ、図3のグラフが得られた。鍋川研究員は「これほど鋭いピークのグラフを見たことがなかった」とデータを得たときの興奮を振り返る。
さらなる発展のために、強い単一アト秒パルスを生成したり、高次高調波で検出イオン種を自在に制御したりするなどの新たな試みが注目されている。
図4 温度調整器(赤枠内下部)に乗ったシリコン反射鏡(黄枠部分)
(取材・構成:大石かおり/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2021年8月19日プレスリリース「1京分の3秒の分子応答」
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