「今こそ研究者はその専門性を生かして状況の打開に当たるべき」。国難とも言えるコロナ禍に当たり、和田智之チームリーダー(TL)は光技術による安全安心な空間づくりを目指して、2020年3月には研究をスタートさせました。独自の光計測技術を使って、飛沫が拡散する様子の可視化やマスクの性能評価の手法を開発。さらに、レーザー光による「コロナ不活性化光カーテン」も開発しました。
和田 智之(わだ さとし)
光量子工学研究センター
光量子制御技術開発チーム
チームリーダー
1963年埼玉県生まれ。東京理科大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。1992年、理研基礎科学特別研究員を経て、2013年より研究室を主宰、2018年より現職。
ウイルスの可視化とマスクの性能評価
新型コロナウイルスは、口から出る飛沫を介して感染が広がる。そのため感染予防には、人との間に十分な距離を取り、マスクで口と鼻を覆う。しかし、コロナ禍が始まった当初は、どれほどの距離を取れば良いのか、マスクの感染予防効果はどの程度なのか、よりどころとなる科学的な情報がなかった。
「飛沫は唾液が細かく散ったものですから、水分です。大気中を気流に乗って漂う"水分を簡単に見る"ことができる方法を開発しました」。和田TLが開発したライダー技術では、対象に向かって光を照射し、跳ね返ってきた光を観測することで対象を"見る"ことができるのが特長だ。このライダーを使い、まず人の口から出る飛沫の数とサイズ、スピードを計測するシステムを開発した。計測結果から、どの程度のサイズの飛沫が、気流に乗ってどこまで飛ぶかを可視化できるのだ(図1)。
図1 ライダーによる飛沫の可視化
口から飛んだ飛沫の軌跡。約1m先まで飛んでいることがわかる。
これを発展させて、飛沫がマスクをどれだけ透過するかを計測する装置もつくり、さまざまなマスクの性能を比較した(図2)。「医療用マスクはもちろん、一般的な不織布や布のマスクも飛沫を99%通していません。一方で、一部のウレタンマスクはほとんど透過しているので、マスク選びが重要です」と結果について説明する。さらに、「感染力の強いデルタ株の出現で、より少量のウイルス、すなわち、より小さくて遠くへ飛ぶマイクロ飛沫にも注意が必要になりました。一時はどうなることか心配でしたが、この結果から不織布マスクをしていればまず安全だと言えます」と和田TL。
図2 マスクを透過する飛沫のサイズと数の比較
ウレタンマスクの飛沫の透過度は高いが、不織布マスクは医療用マスク同様、透過度は低い。
紫外線カーテンでウイルスを不活性化
光でできることは、飛沫の可視化や計測だけではない。新型コロナウイルスは、紫外線によって不活性化させることで、感染力が減少することが分かっていた。そこで和田TLは、紫外線を使った「コロナ不活性化光カーテン」を開発した。
「装置の基本技術は公開できませんが、人に害を及ぼさないと考えられている波長230ナノメートル(nm、1nmは10億分の1m)以下の紫外線ビームを発生させて、それをカーテンにしました」と和田TL。トンネルなどのコンクリート構造物の非破壊検査や宇宙観測など、これまでライダーで培ってきた、目的にあった光源をつくり制御する技術が、コロナ対策技術にも生かされている。実用化に向け、波長230nm以下の紫外線の安全性確認も行われていく。
飛沫に関するデータや開発した紫外線発生技術は、すでに企業で利用され始めている。そこから、また多くのコロナ対策が提案されるだろう。
(取材・構成:池田亜希子/撮影:浦野翔一/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2021年7月5日プレスリリース「紫外線照射による新型コロナウイルス不活化のメカニズム-ウイルスRNAの損傷が原因だった-」
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