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研究最前線 2021年12月27日

ゼブラフィッシュから迫る、ヒトの心や行動制御の原理

メダカほどの小さな魚、ゼブラフィッシュ。脳は、つまようじの先くらいの大きさしかありませんが、動作原理はヒトの脳と共通しています。ゼブラフィッシュを使って、学習に基づく適応的行動や社会的上下関係をめぐる闘争行動を制御する脳のメカニズムを研究している岡本仁チームリーダー(TL)に、なぜ魚でヒトの脳を研究するのか、魚でどんなことが分かってきたか、話を聞きました。

岡本 仁の写真

岡本 仁(おかもと ひとし)

脳神経科学研究センター
意思決定回路動態研究チーム
チームリーダー
1958年愛媛県生まれ。東京大学医学部医学科卒、医師。東京大学大学院理学系研究科生物化学専門課程修了。博士(理学)。ミシガン大学研究員、岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所助手、慶應義塾大学講師、助教授を経て、1997年より理研脳科学総合研究センターで研究室を主宰、2018年より現職。

なぜゼブラフィッシュ?

岡本TLはこれまでにゼブラフィッシュを用いてさまざまな脳と情動や行動の仕組みを解明してきた。近年は、ゼブラフィッシュを使って、意思決定や情動などヒトの高度な脳機能の仕組みを調べる研究が世界的に増えている。

「魚とヒトの脳は全く違うと考えられていましたが、2000年代初めに思考や記憶などをつかさどる終脳という部位が魚にもあることが明らかになり、脳の基本的な構造や機能は魚とヒトでかなり共通していることが分かってきました。ゼブラフィッシュの脳は哺乳類と比べて圧倒的に小さいため、脳全体の神経活動を観察でき、心や行動を生み出す脳の動作原理を調べるのに適しているのです」と岡本TL。

空腹だと粘り強くなる"ハングリー精神"を魚で実証!

水槽の中で戦うゼブラフィッシュの写真

図1 水槽の中で戦うゼブラフィッシュ

現状に満足せずさらに上のレベルへ這い上がろうとする人を「ハングリー精神がある」と言ったりするが、文字通り、空腹の動物は食べ物を得ようと闘争心が高まることが知られている。岡本TLはゼブラフィッシュの実験によって、空腹が魚の行動に影響を与えていることを実証し、2020年に論文発表した(動画)。こうした闘争行動に関わる神経回路(手綱核-脚間核神経回路)には、勝者の回路と敗者の回路の2種類があり、空腹になると勝者の回路が強化されて粘り強くなり、闘いに負けにくくなることが分かった。

さらに、勝った魚は水槽の中を自由に泳ぎ回り、負けた魚は水槽の底でじっとするという行動のパターンも見られた。「勝者の回路は自分の状態に注意を向ける"自分本位なモード"、敗者の回路は周囲の状況を気にする"他人本位なモード"をつくり出すことが分かってきました。このことが勝った魚と負けた魚の行動に反映されているのかもしれません。今後はこのメカニズムの全貌を明らかにしていきます」

動画 「腹が減っては戦に負けぬ -空腹の魚が闘争に敗北しにくくなる神経メカニズムを解明-」

空腹が動物の闘争行動にどのような影響を及ぼすのか、神経伝達の仕組みを解説。(5分09秒)
動画テキストファイル

VRを魚に見せて、意思決定の脳メカニズムを探る

脳の機能の中でも、未来を予測して次にどう行動すべきかを判断することは、生きる上で特に重要だ。例えば、私たちは火災が起きたとき、避難口までの経路を思い浮かべ、目の前の状況と照らし合わせて、どう逃げるかを判断する。こうした意思決定ができるのは、脳内に未来の状況をシミュレーションする神経機構(内部モデル)が形成されるためと考えられている。現実の状況と内部モデルとを照合することによって、次にどう行動すべきかを導き出しているのだ。

岡本TLはこの内部モデル形成の仮説を裏付ける実験結果をゼブラフィッシュで確認した。そして、内部モデルと現実の状況との違い、つまり予測誤差が、特定の神経細胞集団の活動として脳内に表現されていることを明らかにし、2021年9月に発表した。

実験では、水中を泳ぎ回るゼブラフィッシュの脳の神経活動をリアルタイムで観察するため、仮想現実(VR)を魚に見せるというユニークな手法をとった(図2)。この実験システムを用い、見える色(赤と青)の違いによって魚が行動を変える課題を学習させた。

仮想現実空間実験システムの図

図2 仮想現実空間実験システム

魚が尻尾を振ると、前方のディスプレーに映された景色が後ろに流れ、魚は前に進んでいると感じる。頭部は固定されているため、リアルタイムで脳の神経活動を観察できる。動画「Zebrafish "swims" in virtual reality」(0分17秒)

その結果、全体の3割ほどの魚に、脳の内部モデルと現実の状況との間の誤差を認知して、それを最小化しようと一生懸命泳ぐ行動が見られた。一方、現実の状況しか認知しない魚は、休み休み泳ぐのだという。

「これらの魚の差を人間で例えると、夏休みの宿題をするにも、頭の中で計画を立てて予定通りに進んでいるかどうかを常にチェックしながら着実に進める人と、休みが終わるまでに済ませれば良いと高をくくって適当に休みながら、夏休みが終わるまでに辛うじて仕上げる人でしょうか。ヒトの脳は複雑なのでまだ解明されていませんが、内部モデルが形成される仕組みや、脳内で予測誤差がどう導き出されるかといった基本的な原理を、ヒトの脳と共通点の多いゼブラフィッシュを使って明らかにしていきます」

"人間らしい心"の解明、そしてAIへの展開も

こうした研究は、共感や思いやりといった"人間らしい心"の解明にもつながる。他者の心の動きをシミュレーションする内部モデルを脳に構築し、目の前の相手の表情や言動をその内部モデルと照合して、相手が今どんな気持ちなのかを類推しているとすれば、これが共感や思いやりを生み出す脳の仕組みの正体ということになる。

内部モデルの構築や予測誤差の算出は、「大脳皮質・基底核・視床ループ」という神経回路で行われており、ヒトの脳ではこのループが、いわゆる深層学習(ディープラーニング)で使われている回路網とは異なる形で、何層も重複した階層構造を形成している。このような回路を模した人工知能(AI)をつくることによって、AIに"人間らしい心"を持たせるという次の展開も期待できる。

「『疲れた』と言うと『大変だったね』と答えてくれるようなAIはすでにつくられていますが、これはビッグデータから規則を見いだし、好ましい答えを導き出しているだけ。共感に基づいたものではありません。内部モデルや予測誤差によって生み出される心の仕組みを解明すれば、これをAIに実装することで、人間らしい心を持ったAIができる可能性があります。SFのような話ですが、心の友となるロボットが実現する日はそう遠くないかもしれません」

(取材・構成:秦千里/撮影:相澤正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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