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研究最前線 2023年4月4日

耕作適地の拡大に貢献!タンパク質の立体構造解析

世界の陸地の三分の一は、ほとんどの植物が根から鉄を吸収できずに生育不良を起こすアルカリ性不良土壌です。研究開始から11年を経た2022年、植物が鉄を吸収する詳細なメカニズムがついに解明されました。ブレークスルーとなったのは、最先端のクライオ電子顕微鏡による鉄輸送タンパク質「Yellow stripe1(YS1)」の立体構造解析でした。

山形 敦史の写真

山形 敦史(ヤマガタ・アツシ)

生命機能科学研究センター タンパク質機能・構造研究チーム 上級研究員

食糧危機を救うタンパク質を解き明かせ

山形 敦史 上級研究員が、公益財団法人サントリー生命科学財団の村田 佳子 特任研究員から「YS1の構造を明らかにしたい」と依頼されたのは2010年だった。

アルカリ性不良土壌では多くの植物は鉄を吸収できないが、オオムギは根からムギネ酸(DMA)を分泌し、YS1を介して鉄を取り込む(図1左)。ならば、ムギネ酸を土壌に散布すればよさそうだが、天然のムギネ酸を大量に得ることも安価に合成することも難しく、しかも土壌で分解されやすい。そこで、ムギネ酸の代替物質が探索されており、そのためにはYS1の正確な立体構造が必要だった。

鉄の取り込みの図

図1 鉄の取り込み

(左)根から出すムギネ酸(DMA)で難溶性の鉄を水溶性のムギネ酸鉄に変えて、細胞膜に存在する膜タンパク質YS1を介して鉄を取り込む。(右上)YS1の立体構造。(右下)YS1にムギネ酸類が結合する。

2011年当時、YS1のようなタンパク質の構造は、結晶化してX線で解析するのが、最も一般的かつ有力な手法だった。しかし、精製したタンパク質が多量に必要なうえ、YS1は結晶化も難しく、なかなか研究は進展しなかった。それでも、YS1は同じ分子パーツが二つの二量体を形成していること、ヘミコハク酸が入り込むと二量体が安定して単離精製ができることなどの成果が積み重ねられていった。

転機は2020年に訪れた。高解像度でタンパク質の構造を把握できる最先端のクライオ電子顕微鏡が導入された。クライオ電子顕微鏡ならタンパク質の結晶化は不要だ。溶液ごとタンパク質を-196℃で瞬間的に凍らせて観測する。電子線でタンパク質を傷つけることを最小限に抑えることができる。

手探りの立体構造解析

「今は、アミノ酸配列から立体構造を推測する良いソフトウエアがありますが、クライオ電顕で解析を始めた2020年初期にはまだ一般的ではありませんでした。私は、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の並び順と他のタンパク質の立体構造を照らし合わせて、678個のアミノ酸がどのように立体的に配置しているか、ブロックを組むように解き明かしていきました」。似た構造のタンパク質は知られておらず、まさに手探り状態だったが、ついにYS1の立体構造が明らかになった(図1右上)。

社会に役立つタンパク質を追い続ける

立体構造の解明は研究を加速させた。徳島大学の難波 康祐 教授が、安価に合成できるムギネ酸に似た構造のプロリンデオキシムギネ酸(PDMA)を合成していた。このPDMAもムギネ酸同様にYS1に結合可能なことを山形 上級研究員が確かめた(図1右下)。アルカリ性不良土壌にPDMAと鉄を散布すると、イネが元気に生育することも確認できた(図2)。

アルカリ性不良土壌でのムギネ酸(DMA)およびPDMAによるイネの生育改善の図

図2 アルカリ性不良土壌でのムギネ酸(DMA)およびPDMAによるイネの生育改善

画像提供 愛知製鋼株式会社

「継続して研究できたことに感謝しています。PDMAを改良する際にもYS1の立体構造は役立つはずです」と山形 上級研究員。今後も、薬など社会で役立つタンパク質の構造解析に取り組む予定だ。「細胞の中で機能を発揮しているタンパク質をそのまま構造解析する研究にも挑戦していきたいですね」と抱負を語る。

(取材・構成:大石 かおり/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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