1. Home
  2. 広報活動
  3. クローズアップ科学道
  4. クローズアップ科学道 2023

研究最前線 2023年8月21日

ゲノムの未開拓領域を切り開く!

岩崎 由香 チームリーダーが取り組む研究テーマは、ゲノム(全遺伝情報)の「非コード領域」です。生物のゲノムには、その生物を構成するためのタンパク質の情報が書かれて(コードされて)います。非コード領域とは、ゲノムの中でタンパク質をコードしていない領域のこと。役に立たないと思われていたこの領域こそが、実はヒトのような複雑な生物で重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあります。

岩崎 由香の写真

岩崎 由香(イワサキ・ユカ)

生命医科学研究センター 非コードゲノム機能研究チーム チームリーダー

ヒトと線虫は遺伝子数では変わらない?

すべての生物は、細胞の中に生命の設計図を持っている。それが「ゲノム」だ。ゲノムの情報は、DNAを構成する4種類の塩基(A/G/C/T)の配列によって記されている。ゲノムには私たちの体を構成するタンパク質をつくるための情報「遺伝子」が含まれている。遺伝子には、例えば筋肉を構成するタンパク質をつくるためにはどのアミノ酸をどんな順番でつなげればよいかといった情報が塩基配列として「コード」されているのだ。遺伝子の情報に基づいてタンパク質がつくられる過程では、まず、DNAをもとにRNAが合成される。これを転写と呼ぶ。そして、RNAをもとにタンパク質が合成される。これを翻訳と呼ぶ。

ただし、ゲノムの全領域にタンパク質のつくり方がコードされているわけではない。ヒトゲノムの場合、「コード領域」はわずか1~2%に過ぎない。それ以外の98~99%、つまりほとんどはタンパク質の情報が書かれていない「非コード領域」なのである。しかしタンパク質にならない非コード領域にも、実はDNAからRNAへの転写までは行われている領域がたくさんある。ここでつくられたさまざまな種類の「非コードRNA」が、タンパク質を発現するための調整を行っているということが近年分かってきた。

「ヒトの遺伝子の数は約2万だと言われています。遺伝子の数だけ見れば、線虫のようなもっと単純な生物と大きく変わりません。両者のゲノムで何が違うかといえば、ヒトは線虫より圧倒的に非コード領域が大きいのです。こういったことからも、ヒトのような複雑な生物を成立させる上で、実は非コード領域が重要な役割を果たしているのではないかと考えています」

「動く遺伝子」を追って

ヒトのゲノムの中で最大の割合(50%弱)を占めるのが「トランスポゾン」と呼ばれる非コード領域の塩基配列である。トランスポゾンは「動く遺伝子」とも呼ばれる。なぜなら塩基配列自ら、ゲノム上を移動することができるからだ。トランスポゾンは、移動するだけでなく、時に自分の配列をコピー&ペーストしながら増殖していく(図1)。

ヒトと線虫のゲノムの構成とトランスポゾンの制御の図

図1 ヒトと線虫のゲノムの構成とトランスポゾンの制御

  • (上)ヒトおよび線虫ゲノムのタンパク質コード遺伝子領域(赤)、トランスポゾン領域(青)、その他の非コードゲノム領域(灰)の割合を示す。数字はおおよそのゲノムサイズ。
  • (下)ヒトゲノムの大きな割合を占めるトランスポゾンはさまざまな機構により制御されている。

かつてトランスポゾンは、無秩序な動きでゲノムの構造を変えてしまう厄介者のように考えられていた。しかし、研究が進み、トランスポゾンは特定の遺伝子発現のスイッチ、つまりタンパク質をつくるかどうかのオン・オフを切り換える役割などを果たすこともあることが分かってきた。また、その役割を果たすために多様なRNAが関与していることも分かってきている。

「私の研究では、トランスポゾンの発現が非コードRNAをはじめとしたさまざまな抑制機構によってどのようにコントロールされているかを明らかにすること、さらにはそういった非コード領域で起こる制御が生体にとってどのような意義を持つかを解明していくことを目指しています」

これまで、トランスポゾンを抑制する小分子RNAを研究してきた岩崎 チームリーダーは、2023年1月、理研で自身が主宰する研究室をスタートさせた。

実験に使用している細胞の図

図2 実験に使用している細胞

マウスES細胞を基にゲノム編集技術を用いて、トランスポゾンの活性が高い状態をつくり出した。

理研のゲノム研究の系譜

理研には、ゲノム研究の長い歴史がある。例えば、現在の特定の病気や体質の特徴などと関連する遺伝的な特徴を見つけ出すために行われる手法「ゲノムワイド関連解析(GWAS)」は、2002年に理研が世界に先駆けて報告した成果である。

また、RNAの機能解明を目的とした理研の国際コンソーシアム「FANTOM」では、2003年の第3期(FANTOM3)に非コード領域を含むDNA全体の70%以上がRNAに書き写されるが、そのほとんどがタンパク質をつくらずRNAのままで機能していることを示し、RNAという重要な研究分野が世界的に発展するきっかけとなった。とはいえ、非コード領域はまだまだ分からないことだらけであり、今なおゲノムの未開拓領域なのだ。

岩崎 チームリーダーは「日本で理研ほど恵まれた研究環境は他にない」と話す。「共同で使える実験設備や解析装置が充実していて、他のチームの研究者ともフランクに話し合えます。早速、私も他のチームとの共同研究を立ち上げようと準備しています。研究の種を見つけてから育てていくうちに、当初は思いもよらなかったものになっていくことも多く、それがとても楽しいです。理研でも新しいデータを生み出したり、さまざまな人とインタラクションしたりすることで、面白い研究を育てていきたいです」

トランスポゾンを病気の治療につなげたい

今後、トランスポゾンの機能を解明し、ヒトの病気のメカニズム解明や治療につなげていきたいと語る。「例えば生殖組織でトランスポゾンの発現がうまく抑制されない動物は不妊になることが報告されています。この制御機構を理解することで、不妊の原因の解明やその先の治療につながる可能性があります。トランスポゾンがさまざまな遺伝子の発現や生体機能にどのような影響を及ぼすか理解し、さらにその制御技術を確立することができれば、他の病気の治療への応用も期待できると考えています」

研究者を続けてきた中で、少し寂しく思っていることがあるという。それは同世代の女性研究者が少ないことだ。「研究者ほど自由度が高く創造的な仕事はなかなかないと思っています。自身がこれまで蓄積してきたテクニックや知見によって、初めて世界の新しい側面が見えるってロマンチックですよね。ライフイベントを経て仕事を続けやすい社会になってきていますし、アカデミアは頑張って面白いことをしようとしていると助けてくれる人がたくさんいます。学生のときに研究が好きだと思ったら、ぜひ女性も研究者を仕事にしてほしいですね」

(取材・構成:福田 伊佐央/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

この記事の評価を5段階でご回答ください

回答ありがとうございました。

Top