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私の科学道 2023年8月28日

「システム生物学」で分子生命科学に革新を

生命現象をシステムと捉える「システム生物学」。柚木 克之 チームリーダーは、生物のビッグデータや既存のデータベースを基に細胞内分子のネットワークを解明し、生命科学の方法論を刷新したいと考えています。生命システムを俯瞰的に眺める発想の源は、子どもの頃からの知的好奇心でした。

柚木 克之の写真

柚木 克之(ユギ・カツユキ)

生命医科学研究センター 統合細胞システム研究チーム チームリーダー

自分に合った理科を見つける

子どもの頃、算数や数学は得意だったのですが、正直、理科は嫌いでした。特に生物。植物各部の名称を覚えることなどが性に合わなかったのです。しかし中学3年生の頃、物体の落下が2次関数で表されることを知り、自然法則と数学がつながっていると分かった時に、理科の中には自分の性に合う分野もあるのだと気付きました。

科学者には新種を発見して分類するのが好きな博物学者タイプと、法則を発見して複数の現象を統一的に説明したいと考える自然哲学者タイプがいると思います。私の場合は後者でした。とくに惑星と地上の物体の運動法則を統一したニュートンを「すごい」と思う気持ちは年々強まっています。

辺境から俯瞰する

システム生物学では、生命現象を「化学反応から成るシステム」と捉えて数式で表現します。大学ではこれに関心を持ち、肺炎の原因菌であるマイコプラズマの中で起きている化学反応や、ヒトをはじめとする真核生物の呼吸に関わる細胞小器官であるミトコンドリアの代謝をコンピュータ上に再現することに没頭しました。

この頃、システム生物学はまだ一つの分野として確立しておらず、学会でも「新技術・その他」のようなくくりで発表は会場の隅でした。いわば辺境からスタートした研究だからこそ、俯瞰的な見方で生命科学に革新をもたらす存在になり得るとも思っています。「これまでは生物のハードウェアを調べることに重点が置かれていた。しかしこれからは生物のソフトウェアを解明しなければならない―」。当時の指導教授の言葉です。今もたまに思い出して、「ハードウェアに偏っていないだろうな?」と自己点検しています。

細胞の中にある分子の地図をつくる

ヒトゲノムが解読されて20年、いまだに多くの遺伝子の機能がよく分かっていません。一つ一つを解明するには膨大な時間とコストがかかるので、システムの本質に迫るための大局的な方法論をつくりたいと考え、生物のビッグデータや既存のデータベースを基にした細胞内の分子ネットワークの地図づくりを進めています。この地図があれば治療の標的になる遺伝子や分子を効率的に見つけられるはずです。

競争相手のいない市場を、経済用語でブルー・オーシャンと呼びますが、私の研究テーマにもそういうところがあります。人が群がっている流行テーマにはなんとなく背を向けたくなるんですよ(笑)。競争相手が少ないと理解者も少ないので、「既にあるデータを集めて統合しただけでは?」と言われたこともありましたが、これに答えることは、自分の研究を高めることにつながりました。尊敬する実業家の稲盛和夫さんの「能力は自分のためだけでなく世のため人のために使いなさい」という言葉を胸に、生命システムの根底にあるニュートンらの法則を信頼して、研究を進めています。痛快なサイエンスを突き詰めて、結果が世のため人のためになれば言うことなしですね。

(取材・構成:池田 亜希子/撮影:古末 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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