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特集 2023年9月4日

量子コンピュータ開発に挑む若手研究者たち

希釈冷凍機の白い容器の中には、金色に輝く複雑な装置。超伝導量子ビット64個が配置されたチップの底部からマイクロ波の配線が無数に延び、さまざまな部品と結合しています。2023年3月にクラウド公開した量子コンピュータの本体です。実機の組み立て、デバイスの開発、回路設計など、それぞれの側面から携わった、量子コンピュータ研究センター(RQC)の3人の研究者を取材しました。

希釈冷凍機と64量子ビットコンピュータの写真
  • (左)量子コンピュータを収めた希釈冷凍機
  • (右)希釈冷凍機内部の64量子ビットコンピュータ

全ての部品を組み上げる

独自の「垂直配線パッケージ」を採用

今回の開発では、64個の超伝導量子ビット(64ビット)を配置した2㎝角の基板、配線、減衰器、増幅器など全ての部品を、内部温度10ミリケルビン(mK、約-273℃)の冷凍機内に収めるため、直径と高さがおよそ50㎝の空間に組み上げることを主に担当しました。

開発した量子コンピュータは、4個の量子ビットをつないだ基本ユニットが平面に16個配置された64ビットの「2次元集積回路」となっています。量子ビットの制御にはマイクロ波を用いるのですが、そのマイクロ波を導くケーブルを基板の横からではなく、底面から垂直につなげています。この「垂直配線パッケージ」が理研の超伝導量子コンピュータの大きな特長です。最低でもビット数の1.5倍ほどの数の配線が必要になるため、ビット数が増えると、基板の横からでは配線しきれなくなる可能性があります。その点、底面には当面賄えるだけの余地があります。

64量子ビット集積回路チップの図

64量子ビット集積回路チップ

  • (左)量子計算を行う64量子ビット2次元集積回路チップ。4量子ビットからなる基本ユニットを16個並べた設計で、超伝導体である窒化チタン膜により金色に輝く。
  • (右)四つの量子ビットからなる基本ユニットの模式図。正方形四隅に量子ビットが並び、中央に読み出し回路を配置している。

図面通りにつくるのは結構大変です。例えば、図面の配線では手が入らない場合にスペースをつくったり、壊れた部分だけを外せるようにするなど、一筋縄ではいかない苦労がありました。こうして自分の手でつくり上げたシステムが、64ビット全体として量子力学の重ね合わせの原理で動いていると思うと、「オッ、すごいな」と素直に感動しますね。

世界基準で挑む課題の数々

当面の目標は144量子ビットのコンピュータの実現です。これも組み立てを担当します。今のペースだと毎年1台は立ち上げることになりそうです。

ビット数の拡張、高性能化を図るのは、RQCの中村 泰信 センター長が研究代表を務めるプロジェクトの方針です。科学技術振興機構(JST)の「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」(2018年度~2029年度)の「量子情報処理」プログラムの一つで、慶應義塾大学の伊藤 公平 塾長がプログラムディレクターです。実は、私は伊藤研究室の出身で、そこで量子コンピュータ開発への第一歩を踏み出しました。

量子ビットの数を増やしていくのは、ある意味分かりやすい指標です。しかし、今の量子ビットは、まだまだ非力でエラーも多い。そのため、基礎的な研究をおろそかにすることはできません。量子ビットの品質向上や素子の小型化、そして量子ビットの数を増やすための量子要素技術の研究開発が必要です。米国IBMの量子コンピュータは理研と同じ超伝導方式です。しかし、着実にビット数を増やしてきただけでなく、品質を上げることにも力を注いでおり、性能がすごい。それと競り合っていくために、量と質の向上の一端を担えればと思っています。

書き込み、読み出しを行うマイクロ波発生装置の開発

田渕 豊の写真

田渕 豊(タブチ・ユタカ)

量子コンピュータ研究センター 超伝導量子計算システム研究ユニット ユニットリーダー

中村センター長との出会いが研究のきっかけ

超伝導量子ビットとの出会いは2011年、大阪大学の博士課程在学中に、茨城県つくば市にある日本電気 株式会社(NEC)のグリーンイノベーション研究所でインターンシップに参加したときです。同年3月に東日本大震災が起きて途中で大阪大学に戻ることになりましたが、NECでの中村 泰信 先生たちとの出会いが今に至る原点です。学位取得後はポスドクとして、東京大学の中村研究室に進みました。そしてJSTのERATO「中村巨視的量子機械プロジェクト」(2016年~2022年)に参加し、超伝導量子コンピュータの基礎的な研究に携わりました。

中村研では、マイクロ波を使ってきちんと制御できる超伝導量子ビット(超伝導量子ゲート)の原型づくりに取り組みました。そして、ERATOが始まると、今度はこれをどうやって並べていくか、いかに2次元の集積回路にするか、その検討を始めました。そのうちに、回路設計が得意な玉手さん(後出)が加わったので、回路設計は彼に全部お任せして、私は量子コンピュータのハード回り、例えばマイクロ波の精密な制御装置などの研究開発を進めました。

超伝導量子コンピュータは、マイクロ波の周波数と照射時間を制御して、各量子ビットへの演算を行います。また、計算結果も、マイクロ波を超伝導量子ビットに当てて、その反射波の状態から読み出します。ですから正確かつ、小型化・集積化が可能なマイクロ波の発生装置の開発はとても重要です。今回の64ビットの実機は、ERATOでの研究開発の成果が土台になっていますね。

いずれは誤り訂正に取り組みたい

今回の実機にはまだ足りないものがあります。「誤り訂正」です。環境中のいろいろな雑音により、量子ビットのデータに誤りが生じます。従来のコンピュータにも誤り訂正の機能はありますが、量子コンピュータでは量子特有の性質から誤り訂正が難しいのです。

量子ビットでは0と1の間の全ての値を採れますが、誤りの有無を探ろうとそれぞれのビットを観測すると、0か1かに決まってしまいます。そこで量子もつれという現象を使います。各量子ビットのペアをつくり、ペア相手の状態から量子ビットの状態を知る手法です。さらに面白い考え方を使います。「トポロジカル量子相」という不思議な秩序を持つ安定な相を観測によって動的につくろうとするものです。量子ビットを観測してもつれをつくり、安定なトポロジカル量子相をつくっていく。するとエラーになっているところに素励起(=エラー情報)が対で生じます。これをうまくペアリングしてやると、誤りが訂正されるのです。最近の研究はこの方向で進んでいます。

誤り訂正の根本は符号理論で、情報科学です。私は、高専時代は情報工学専攻でした。大学以降は物理、電子工学が主領域ですが、いずれは情報に戻って誤り訂正に取り組めればと思います。

数学的な解を探す回路設計に魅了されて

パズル的な面白さが原動力

量子コンピュータとの関わりは一直線とは言えません。2007年、京都大学 工学部の北野 正雄 教授(当時)の研究室に学部4年生のときに入り、量子光学の実験研究で学位を取りました。ですが、北野研に入った当時は量子光学の研究に特別興味を持っていたわけではありませんでした。学部時代に北野先生の著書『電子回路の基礎』を読んで、数学的に厳密に回路素子の動作をモデル化し、その上でデバイス設計をするというスタイルに興味を引かれていました。手を動かすことが好きだったので工学部に入りましたが、数学も大好きでした。一言で言えば、「パズル的な面白さ」が好きで、それが私の研究開発の原点になっています。

大学院では2年上の物理工学科の藤井 啓祐さん(現 RQC 量子計算理論研究チーム チームリーダー)たちと議論を重ね、理論的な部分を鍛えられました。当時、藤井さんは日本で唯一と言っていいほど、誤り訂正に打ち込んでいた方で、量子コンピュータ開発に興味を持ったのは、量子誤り訂正符号のパズル的な面白さに引かれた部分が大きいです。

学位取得後の2013年からポスドクとして理研の山本 喜久 グループディレクター(創発物性科学研究センター 量子光学研究グループ、当時)のところで、光量子コンピュータの実験を行い、その後、東大の中村研に特任助教として移って、超伝導量子コンピュータの研究開発に携わるようになりました。以後ずっと回路設計担当で、北野 先生の著書に惹かれた興味の原点に回帰できました。そして約2年前にまた理研に戻ってきたのです。

フィルター回路で高速に読み出す

今回の64量子ビットでは、とにかく多くの配線を限られた空間内にどう収めるかを考え、さらに新しい素子の設計開発も行いました。それが、計算結果の読み出し効率を上げるためのフィルター回路の設計です。量子ビットに当てたマイクロ波の反射波から計算結果が0か1かを高速に測定する必要がありますが、マイクロ波をあまり強く結合させると量子ビットの状態が壊れることがあります。量子ビットの状態を保ちつつ、測定操作を高速化させるためには、読み出し用のマイクロ波をきちんと通し、しかも量子ビットからの輻射は逃さないようなフィルターを間に設置する必要があります。64ビットでの設計業務は、始めはほとんど一人でやっていましたが、途中でこういった回路設計に長けている助っ人が現れました。オックスフォード大学からきたポスドクのピーター・スプリングさんで、最終的なものは一緒に設計しました。

目標の144ビットについては、回路設計をどうやって単純化できるかを考えているところです。また、4量子ビットのユニットセルを並列に並べていったらどういう性能が出るのか、評価方法についても検討しています。このような評価は大規模化には必要不可欠です。大学院時代に面白さを知った誤り訂正も少し追いかけていますが、そちらの"原点回帰"はもっと先になりそうです。

(取材・構成:由利 伸子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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