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研究最前線 2023年12月12日

100年前の数式を見直し、酵素の働きを最大に

酵素は生体における化学反応を促す働きがあり、生命維持に重要な役割を担っています。大岡 英史 研究員らは、この酵素の働き(酵素活性)を最大にする理論的な条件を発見し、2023年に発表しました。100年以上も前の古典的な式を見直し、物理化学的な知見を加えることで新しい理論を導き出したのです。

大岡 英史の写真

大岡 英史(オオオカ・ヒデシ)

環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム 研究員

"くっつきやすさ"の条件を探る

私たちは生きるために体内に取り込んだ栄養素からエネルギーを取り出し、必要な物質を合成している。このような生体内で起こる一連の化学反応を代謝という。体内のように温度や酸性度が穏やかな条件では起こりにくい化学反応も多いが、そんな体内でもスムーズに反応が進む。これは酵素のおかげだ。酵素とは、代謝という化学反応の過程で"触媒"として機能するタンパク質のことである。触媒は、特定の化学反応の速度を速める能力があり、反応の前後でも自身は変化しない。

大岡 研究員が今回の研究を始めたきっかけは、人工触媒の研究だ。水の電気分解などの化学反応では金属表面などの無機化合物が触媒として使われ、さまざまな材料が開発されている。触媒を使った化学反応では、まず反応が起こる前の物質である基質と触媒が結合する必要がある。活性の高い触媒を開発するには、触媒と基質が結合するときの吸着エネルギーを最適にすることが重要と考えられてきた。吸着エネルギーが大きすぎると反応が起こりにくく、小さすぎると反応後の生成物が触媒から離れにくくなるからだ。「触媒の活性を高めるには、程よいくっつきやすさが大切です」。そこで、自然界ではどうなのかと考えたとき、酵素反応も触媒反応の一種なら、活性も吸着エネルギーに依存しているのではないか、ということに着目した。そこで、人工触媒の理論を参考に、酵素活性を最大にする条件を探してみようとした。

古典的な理論式を見直す

酵素反応は、まず酵素と基質が結合して複合体ができ、その後、酵素から生成物が離れることで進む(図1)。酵素の反応速度と基質濃度の関係はミカエリス・メンテン式で表され、酵素と基質の親和性(くっつきやすさ)は、ミカエリス・メンテン定数(Km)で評価することができる。この式は100年以上前に導かれたが、現在でも酵素反応を理解する基本式として広く利用されている。

酵素と触媒の働きの図

図1 酵素と触媒の働き

酵素と触媒の類似性(上):基質が結合し、反応後、生成物が離れる。
酵素のモデルとなった反応機構(下):酵素(E)と基質(S)がまず複合体(ES)をつくり、その後、酵素から生成物(P)が外れるようにして反応が進む。矢印の上下にあるk1,k1r,kcatは速度定数であり、親和性を表すミカエリス・メンテン定数(Km)は(k1r+kcat)/k1で定義される。

酵素反応では、酵素と反応させる物質(基質)が程よくくっつき、生成物が酵素から程よく離れることが活性最大化につながると考えられる。そこで、大岡 研究員らは「程よい」とはどういうことなのか、その条件を探すことにした。しかし、従来のミカエリス・メンテン式では酵素と基質が強くくっつくと、生成物が酵素から離れにくくなることが考慮されていなかった。そこで、これを考慮した新たな数式を物理化学の法則を用いて導いた。そして、この数式を微分すると「Kmと基質の濃度が同じ時に酵素活性が最大になる」という解が得られた。数値シミュレーションでも同様の結果となった。

「物理化学の研究をしていたことが役に立ちました。この結果は、Kmを基質濃度に調節すれば酵素と基質の結合と生成物放出のバランスがとれ、活性を最大にできることを意味します」

実験データと比較する

次の課題は、改良した計算式で導いた結果が実際の酵素反応でもその通りになるかどうかだ。そこで、大岡 研究員らは、既存の論文で報告されている実験データを解析した。「ヒトやマウス、酵母、大腸菌とさまざまな生物の酵素の実験データを比較したところ、多くの酵素のKmが基質濃度と等しいところに集まっていることが示されました(図2)」。

さまざまな天然酵素におけるKmと基質濃度の関係の図

図2 さまざまな天然酵素におけるKmと基質濃度の関係

さまざまな天然酵素について、Kmが基質濃度[S]に対してどの程度異なるかを調べ、データ件数を棒グラフにした。中心の点線はデータ分布の中心を表す。分布の中心がゼロに近いことから、自然界でもKmは基質濃度とほぼ等しくなるように調節されてきたと考えられる。

ミカエリス・メンテン式はどんな生化学の教科書にも載っているほどよく知られている式だが、見方を変えることで新しい発見があった。「今後はもっとたくさんの実験データを集めて、理論と実験の整合性がどう変わるのかを見ていきたいです。理論が予測した通りの分布に近づくかもしれませんし、どこかでこの理論が破綻し、実験と乖離するかもしれません。でも、それは新しい理論が生まれるきっかけになるので、楽しみです。ぜひこの成果を広めて、いろいろな人に試してもらいたいですね」

「複数の生物の種類でもKmと基質濃度に相関が見られたので、進化の過程で基質濃度に近いKmを持つ酵素が選択されたのかもしれません」と大岡 研究員。「幅広い生物種が抜群に活性の高いスーパー酵素を共有する進化だって考えられるのに、実際にはそうはなっていません。皆ばらばらの酵素を使っています。つまり、それぞれの生物にとって最適な酵素が違うわけです。今回は酵素活性に着目しましたが、他の条件も考慮することで、生物にとって何が最適かを模索したいと思います。将来的には、最適条件の理解を積み重ねていき、進化の方向性を決める法則を見つけたいと考えています」

酵素は食品加工や医薬品の製造など産業にも利用されている。産業利用では、目的の物質を速く、たくさん得るために、酵素活性が最大になるような反応条件を選ぶことが必要で、そのためには試行錯誤が必要だった。この理論が指針にもなるだろう。

(取材・構成:佐藤 成美/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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