1. Home
  2. 広報活動
  3. クローズアップ科学道
  4. クローズアップ科学道 2023

研究最前線 2023年12月7日

アーキアの分子モーターが動く仕組みを探究

大腸菌などのバクテリア(細菌)は、ナノサイズの"モーター"でべん毛を回転させて泳ぎ回ります。一方、バクテリアとは異なる進化系統にあるアーキア(古細菌)に関しては、運動機構の研究が進んでいませんでした。木下 佳昭 研究員は、独自のアプローチでアーキアの分子モーターの観察に成功しました。

木下 佳昭の写真

木下 佳昭(キノシタ・ヨシアキ)

開拓研究本部 渡邉分子生理学研究室
研究員

ナノサイズの分子モーターを観察

大腸菌やマイコプラズマなどのバクテリアは、らせん繊維状の長い尻尾(べん毛)を回転させて水中を泳いだり、物体表面を滑るように移動する。これらの動きをつくり出しているのが、機械のモーターのように回転する"分子モーター"と呼ばれるタンパク質複合体だ。

バクテリアと同じく細胞核を持たない原核生物のアーキアも、べん毛を回転させて水中を泳ぐ。ただ、一口にべん毛と言っても、バクテリアとアーキアでは分子モーターに使われている部品(構成タンパク質)が異なり、どんな動きをしているのか分かっていなかった。

その動きを初めて視覚的に捉えたのが、大学院時代の木下 研究員だ。中東の死海で見つかったハロバクテリウム・サリナラムというアーキアは、6本の長いべん毛を動かして水中を泳ぐが、このべん毛は10ナノメートル(nm、1nmは10万分の1mm)ほどと極めて細いため、高精度の光学顕微鏡でも見ることはできない。そこで、蛍光標識が難しいアーキアべん毛を光らせる手法を編み出し、光学顕微鏡での観察を可能にした。そして、光るべん毛の画像を1秒間に500枚の高速撮影で捉えることに成功したのだ(図1)。

また、アーキアべん毛の回転を計測し、分子モーターが1秒間に23回転していることを明らかにした。これはバクテリアの10分の1程度と、かなり遅い回転だ。

アーキアべん毛の蛍光イメージングの図

図1 アーキアべん毛の蛍光イメージング

  • 左図:アーキアべん毛の蛍光染色の方法。アーキアべん毛のタンパク質に、狙った分子に反応する抗体(ビオチン)と、そこに蛍光物質を付ける(標識)するためのタンパク質(アビジン)をそれぞれ最適なタイミングで用いることで蛍光染色を実現。
  • 右写真:蛍光顕微鏡下における運動観察の動画。時間分解能:5ミリ秒。μm:マイクロメートル(1μmは0.001mm)。
    原論文情報:Nature microbiology ,2016 DOI:10.1038/nmicrobiol.2016.148.(図版は一部改変して引用)

実験手法「ゴースト」で駆動源を特定

世界で初めてアーキアべん毛の動きを捉えたことは重要な第一歩だが、目指すところはもっと先、分子モーターの運動機構の解明だ。

アーキアべん毛を動かしている分子モーターの駆動源は、ATP(アデノシン三リン酸)だと考えられてきた。エネルギーの貯蔵や利用に使われるATPは、「生命のエネルギー通貨」として生物の教科書でもおなじみの分子で、ATP分解酵素といわれるタンパク質と結合すると加水分解反応が起きてエネルギーを放出する。こうして化学エネルギーが運動エネルギーに変換され、分子モーターが動く。ATP分解酵素の遺伝子を欠損させて、分子モーターが動かなくなることを確かめた海外研究グループもある。特筆すべきは、ATPを回転の運動エネルギーに直接変換するのは数多くの原核生物の中でもアーキアだけ、ということだ。

しかし、何でも実際に見るまで満足できない木下 研究員は、アーキアべん毛の駆動源がATPであることを確かめる手法をつくり上げた。

アーキアを微細なガラスチューブに固定して界面活性剤を流し込むと、細胞の中身が全て溶け出して駆動するエネルギーがなくなるので、べん毛の動きは止まる。そこにATPを流し込んでやると、分子モーターが再度活性化して回り始める。これが「アーキアべん毛の分子モーターはATPを原動力に動く」ことの証拠になった「ゴースト」という実験系だ。

さらにATPがどれくらい運動制御に関わっているかを調べるため、ATPの濃度を変えてみたところ、ATP濃度が高いほど回転が速くなり、濃度が低いほど回転が遅くなった(図2)。

実験手法「ゴースト」の様子の図

図2 実験手法「ゴースト」の様子

  • 左写真:生きたアーキアの細胞が入ったガラスチューブに界面活性剤を入れて、細胞の表層構造を部分的に破壊して不要な細胞の中身を流出。アーキアは死んでいるが細胞の形を保ったまま動きを観察できることから「ゴースト化」と呼ぶ。べん毛には回転運動を検出するため微小な樹脂ビーズ(写真内の黒い丸)をつけた。
    原論文情報:PNAS ,2020 DOI:10.1073/pnas2009814117(図版は一部改変して引用)
  • 右図:ゴーストによる観察の流れ。
    • ATPはADP(アデノシン二リン酸)とPi(無機リン酸)に分解される過程でエネルギーを産出する。

根気と工夫で微生物の「歩み」を可視化

「ゴースト開発で何より大変だったのは、いい界面活性剤、つまりいい石けんを見つけること。約20種類の石けんを試しましたが、どれも細胞本体を壊してしまうのです。最終的に、運よく、細胞の形を保ったまま、空っぽの細胞とべん毛だけが残る石けんを見つけることができました」

「運よく」とはいうものの、根気強く、いろいろな手法にチャレンジし続けられるのは木下 研究員の強みである。アーキアのモーター運動を初めて可視化したときも、試行錯誤の末に蛍光標識に成功している。

そんな強みを象徴する研究成果の一つに、真核生物に寄生し、時に病原菌となるバクテリアのマイコプラズマが"歩く"様子を初めて可視化した研究がある(2014年)。この研究もかなりの根気と工夫を要するもので、400本あるマイコプラズマの足のうち1本だけが動くようにして、1本の足が動く歩幅と時間を計測。これまでマイコプラズマは物体表面を"滑る"と捉えられてきたが、実は、400本の足をシャカシャカと動かして"歩く"ことを観察によって明らかにした。

微生物の分子モーター研究で感染予防に貢献

「真核生物やバクテリアの分子モーターに比べてアーキアの分子モーターは研究が進んでいなかったこともあり、分子モーター研究者の間で、私は"アーキアの人"と認識されているようです(笑)。バクテリアなども研究対象ですが、自分としてもアーキア研究に注力していきたい」

研究成果は、将来的に医療応用されることも考えられる。感染症の原因となるバクテリアには、宿主に毒素を注入する注射針のような分泌装置を持っているものもあるが、この機構がアーキアの持つ分子モーターの構造とかなり近いのだ。

「バクテリアや微生物が宿主に感染するときの運動機構を解明して、その動きを阻害すれば、感染症を予防して人々のQOLの向上に貢献できます。そうした中でも日々、研究者として大事にしているのは『研究対象を愛する』ということ。アーキアや分子モーターが好きだからもっと知りたいと思うし、どんな苦労もいとわずがんばれるのだと思うのです」

(取材・構成:牛島 美笛/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

この記事の評価を5段階でご回答ください

回答ありがとうございました。

Top