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研究最前線 2023年12月4日

進化する、疾患モデルマウスの最前線

生命科学の研究において、代表的なモデル動物であるマウス。世界最高水準の5種類のバイオリソース(生物遺伝資源)で生命科学研究を支えるバイオリソース研究センター(BRC)は、遺伝子改変したマウスやその解析データを世界中の研究者に提供しています。最近は、ヒトの病気を再現したマウスを開発し、病気の発症メカニズムの解明や治療薬の開発にも貢献しています。その最前線を田村 勝 室長と天野 孝紀 チームリーダーに聞きました。

田村 勝と天野 孝紀の写真

バイオリソース研究センター
(右)田村 勝(タムラ・マサル)
マウス表現型解析技術室 室長
(左)天野 孝紀(アマノ・タカノリ)
次世代ヒト疾患モデル研究開発チーム チームリーダー

遺伝子機能の"百科事典"をつくる

見た目は全く異なるヒトとマウスだが、ゲノム解析の結果、両者は遺伝子的に驚くほど似ていることが分かってきた。「ヒトとマウスはともにおよそ2万程度の遺伝子を持っており、それらはほぼ1対1で対応しています。そのため、ある病気の患者さんで見つかった遺伝子の変異をマウスに導入して、そのマウスがどのような病態を示すかを調べることで、病気の原因や発症メカニズムの解明につなげることができます」と語るのはマウス表現型解析技術室の田村 勝 室長だ。

現在、哺乳類の遺伝子機能を解析してカタログ化しようというプロジェクト 「IMPC(国際マウス表現型解析コンソーシアム)」が世界の24研究機関により共同で進められている。BRCのある理研は日本で唯一の参加機関であり(図1)、田村 室長らは遺伝子ごとに作製したノックアウトマウスの表現型解析を担当する。データは全て公開され、「この遺伝子の機能を知りたい」というときに、百科事典のように誰でも自由に調べることができる。いまや、世界中の多くの研究者が利用する、生命科学研究に欠かせないプラットフォームだ。

IMPCの国際体制の図

図1 IMPCの国際体制

世界の24研究機関が、マウスの全遺伝子機能の解析を進めている。遺伝子の重複がないよう、国際分担による連携がとられている。

ヒトの疾患をマウスで再現

「同じように疾患と遺伝子を扱ってはいますが、私たちはそこからモデルマウスをつくるほうに特化しています」と語るのは次世代ヒト疾患モデル研究開発チームの天野 孝紀 チームリーダー。最近はゲノム編集の発展により、新たな展開が生まれている。「従来の技術では、遺伝子を構成する塩基配列のうち、狙った1塩基だけを別の塩基に置き換えることはできませんでした。ゲノム編集ではこうした緻密な遺伝子改変が可能です」

取り組んでいるのは指定難病や加齢性疾患、生活習慣病を再現するモデルマウスの開発だ。

「近年、同意を得た患者さんのゲノムデータがたくさん蓄積されてきていますが、そこから見つかった遺伝子変異が本当に病気の原因になっているかどうかは、なかなか分かりません」。実際、患者から見つかった数多くの変異の中で、病原性変異であると断定されたものは数パーセントしかないのだという。

天野 チームリーダーらは臨床の医師から情報共有された患者の変異を、相当するマウスの遺伝子に同じ変異として組み込む。「それによって、病態が再現されるかどうかを確かめるのです」。そして、それら疾患モデルマウスの解析を行うのが、田村 室長らが運営する「日本マウスクリニック」だ。

マウス版人間ドック「マウスクリニック」

ここでは、血液や尿の検査、X線検査、骨密度の測定、行動・精神の検査など、1匹のマウスに対して700項目以上の検査を行う。いわば人間ドックのマウスバージョンだ。

これらの検査結果と患者の臨床データを突き合わせ、一致すれば、その遺伝子変異は病気の原因になっていることが分かる。このようなマウスは疾患モデルマウスとして、病気の発症メカニズムを解明したり、治療薬を開発したりするための研究に大いに役立つ。「マウスの寿命は約2年なので、ヒトの老化を短縮して見ることができます。老化とともに患者さんにどのような症状が現れるかがマウスで事前に分かれば、早めに予防や治療を施すことができます」

「IMPCで整えられた国際標準のマウス表現型解析法を国内研究者に提供し、その研究を支援するために生まれたのがマウスクリニック」と田村 室長は説明する。そこに人の希少疾患の知見が入ったことで、医療機関との連携も強化されている。

新規解析法の例:軟組織micro-CTイメージング法の図

図2 新規解析法の一例:軟組織micro-CTイメージング法

従来の方法では困難であった軟組織の高解像度イメージングが可能。3D画像のため、サンプルを破壊することなく、さまざまな断面を詳細に観察できる。

網羅的なデータがもたらすもの

田村 室長らは、X線CTを使って構成された画像の解析(図2)など、新たな解析技術の開発にも力を入れる。精神疾患に特化した表現型を調べる行動解析もその一つ。遺伝子を壊したマウスの行動を自動で追尾・機械学習する画像解析法(マーカーレスモーションキャプチャー)など、新しく開発した手法をIMPCに提案することもある。

IMPCで進むマウスの全遺伝子解析は、あと数年で完了する予定だ。そして、次に注目されているのが"ダークゲノム"だという。タンパク質をつくるための情報を持つ(コードする)遺伝子はゲノムのたった2%に過ぎず、残りの98%は謎に包まれた非コード領域、いわゆるダークゲノムだ。これらの変異も疾患に関わることが分かってきている。「二つの変異が重なって初めて病気を引き起こす場合もあり、それが行動解析によって明らかになった例もあります」

天野チームリーダーは、こうした非コード領域の変異を組み込んだマウスの作製にも取り組んでいる。「技術的には課題が多くても、特に患者数が少ない希少疾患などでは、その疾患モデルマウスをつくることが強く望まれています。私の研究のスタートは医療の現場。そこにお返しできるよう、基盤づくりに力を注ぎ、いずれ試薬開発や創薬につなげることが最も大きな目標です」

(取材・構成:秦 千里/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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