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研究最前線 2023年12月19日

有袋類、爬虫類…モデル動物新時代

2021年、世界で初めて有袋類の遺伝子改変に成功した理研の研究チーム。次にチャレンジしたのは遺伝子改変が極めて難しいとされる爬虫類です。ゲノム編集技術を用いて遺伝子改変ヤモリを作製しました。モデル動物の開発や技術支援を通じて、さまざまな生命現象の解明に貢献しています。

清成 寛、阿部 高也、金子 麻里の写真

生命機能科学研究センター 生体モデル開発チーム

  • (中央)清成 寛(キヨナリ・ヒロシ) チームリーダー
  • (右)阿部 高也(アベ・タカヤ) 技師
  • (左)金子 麻里(カネコ・マリ) テクニカルスタッフⅠ

有袋類で世界初の遺伝子改変

特定の遺伝子を欠損させたノックアウトマウスなどの遺伝子改変動物は、生命科学研究に欠かせない。理研にはモデル動物の作製・飼育・管理から適正な動物実験を推進するための教育訓練、遺伝子改変技術の開発まで行い、理研内外の研究者たちをサポートするプロフェッショナル集団がある。その一つが、生命機能科学研究センター 生体モデル開発チームだ。

これまでに樹立した遺伝子改変マウスは2800系統以上。さらに近年は新たなモデル動物の開発にも積極的に取り組んでいる。2021年には、世界で初めて有袋類の遺伝子改変に成功。有袋類の中で最初に全ゲノムが解読されたハイイロジネズミオポッサムに対してゲノム編集技術を用いた遺伝子改変を行った(図1)。

ハイイロジネズミオポッサムの図

図1 ハイイロジネズミオポッサム

  • (左)出生直後のハイイロジネズミオポッサム。有袋類だがカンガルーのような育児嚢(袋)を持たず、仔は母親の乳首にしがみついて成長する。生まれた時点では母乳を飲むための顎や舌、前肢など、生きるために不可欠な器官は発達しているが、未発達の器官も多い。
  • (右)ゲノム編集技術により色素合成に関わるTry遺伝子を完全に欠損させたところ、色素のないアルビノの個体(真ん中の白い仔ども)が生まれた。

有袋類は、他の哺乳類(有胎盤類)であればまだ胎内にいるような非常に未熟な段階で仔どもを産む。オポッサムの仔も肺が未熟なまま生まれ、しばらくは皮膚呼吸をしている。こうした未発達な器官は生まれてから発達するため、そのプロセスを体外で生きたまま追跡観察できる。つまり、哺乳類の発生研究に適したモデル動物なのだ。遺伝子改変が可能になったことで、長く謎とされてきた有袋類の発生メカニズムや、哺乳類の発生に関わる遺伝子の解明に貢献できるようになった。

「生まれるまでに発達させなければいけない器官と、未熟なままでも問題ない器官とをコントロールする遺伝子を見つけることができれば、器官ごとの発生を人為的にコントロールする技術にもつながるかもしれません」と清成 寛 チームリーダー。

不可能と思われていた爬虫類の遺伝子改変

有袋類に続いてトライしたのが爬虫類だ。爬虫類は、鳥類や哺乳類とともに有羊膜類の進化や発生を知る上で重要な研究対象だが、遺伝子改変は極めて困難とされてきた。

それはなぜか?ゲノム編集を行うには受精直後の初期段階に、必要な薬剤(遺伝子の配列の中で狙った部分だけを的確に書き換えるためのハサミの役割をする酵素やガイド役のRNA)を注入する必要がある。ところが、ヤモリは体内にしばらく精子を貯めて(貯精)から受精するため、受精時期を特定できないのだ。さらに、たとえそのタイミングが分かったとしても、受精後の卵は殻に覆われていて薬剤を注入しにくい。

「やはり爬虫類の遺伝子改変は無理ではないか」、そう思われていたが、2019年に海外の研究グループがアノールトカゲの未受精卵を用いてゲノム編集に成功したという論文を発表し、一気に道が開かれた。清成 チームリーダーらは、このグループの手法を参考に、実験動物として以前から利用されてきたソメワケササクレヤモリの遺伝子改変を行ったのだ。

アルビノ個体の誕生

手法は分かっても、実際に行うにはさまざまな困難があった。まず、雌ヤモリの体内にある未受精卵(卵母細胞)にどうやって薬剤を注入するか。マウスなどの場合は、体外に取り出した受精卵を顕微鏡下で見ながらマイクロマニピュレーターという装置を使って直接注入し、別の雌マウスの卵管に戻すことで発生を継続させる。ところが、ヤモリの場合は未受精卵の段階で行うので、麻酔をかけて腹部を小さく切開して未受精卵に注入し、傷をふさいでそのまま卵を成熟させる。体内にある未受精卵に対しての作業のため自由度は少なく、卵や他の組織を傷つけないよう細心の注意が必要であった。

加えて、ヤモリの未受精卵はマウスと比べると極めて大きい。オポッサムの場合、受精卵は200~300マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。100μm以下のマウスの受精卵よりは大きいが、マウスに用いる技術で対応できた。だが、ヤモリの未受精卵は1~2.5mmもあり、大きすぎるからこそ適切な針の太さや薬剤の注入量が分からず、卵へのダメージを抑え、かつ、遺伝子改変を効率よく起こす条件を満たすことができるのか、不安がある中で実験を行うことになった。(図2)

遺伝子改変ヤモリ作製のプロセスの図

図2 遺伝子改変ヤモリ作製のプロセス

  • (上)ソメワケササクレヤモリの受精卵にゲノム編集をする流れ。雌ヤモリの卵巣近くを麻酔下で切開(➊)し、受精前の卵母細胞に必要な因子を注入して傷口を縫合(➋➌)。ヤモリの体内で受精して産卵(➍)、ふ化した卵から狙った遺伝子が欠損した個体が誕生(➎)。
  • (下写真)卵母細胞(左)とその拡大画像(中、星印はゲノム編集試薬を注入するのに適した発生段階の未受精卵)、成長したアルビノの個体(右)。

原論文情報:Developmental Biology, 2023 DOI:10. 1016/j.ydbio.2023.02.005

針の太さや差し込む深さを変えてみるなどの試行錯誤を繰り返した結果、ようやく成功。雌ヤモリの卵巣内にある卵母細胞で色素合成に関わるチロシナーゼ(Try)遺伝子をノックアウトすることによって、色素を持たないアルビノの個体が生まれた。2022年のことだ。

そもそも爬虫類を扱うことが初めてで、何もかもが手探りだったと話すのは、実験の多くの部分を担当した金子 麻里 テクニカルスタッフⅠ。「普段から実験動物を扱うときは、できるだけ動物の体にダメージを与えないよう細心の注意を払っています。しかし、ヤモリの体調の変化をどうやって把握すればいいかも分かりませんでした。そこで論文や図鑑を調べたり、爬虫類を扱っているお店に行って生態や飼育方法を教えてもらうところから始めました」

スペシャリストたちの高い技術を集結

研究チームの技術面を主導する阿部 高也 技師は、モデル動物作製に関して圧倒的な実績を持つ。普段は研究者たちの依頼を受けて遺伝子改変のための戦略立案などの研究支援を行いつつ、最先端サイエンスに基づいた技術開発などの研究にも取り組んでいる。

チームを率いる清成 チームリーダーも、遺伝子改変動物によってサイエンスに貢献したいと話す。「新しい生物種を通して、それまで知りたくても知り得なかった生命現象が解明できるかもしれない。それこそが、私たちのチームのモチベーションです。ここは高い技術力を持つ人材が集まる技術者集団です。個々の技術を結集して、新たな技術を開発していきます」

(取材・構成:牛島 美笛/撮影:大島 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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