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私の科学道 2024年2月22日

マウスゲノムからヒトを知る

生命科学において重要なバイオリソースの一つがモデル動物のマウスです。バイオリソース研究センター(BRC)の城石 俊彦 センター長は長年、マウスのゲノム解読や遺伝機能の解析に携わり、数々のモデルマウスの系統を樹立してきました。マウスゲノムを通してヒトの成り立ちを理解しようとする探究の道を語ります。

城石 俊彦の写真

城石 俊彦(シロイシ・トシヒコ)

バイオリソース研究センター センター長

欧州由来の実験系統に残る日本産マウスのゲノムの謎

マウス研究の世界的な大家であり、後にBRC初代センター長を務めた森脇 和郎 先生が私の恩師です。国立遺伝学研究所の教授だった先生は1970年代から野生マウスの系統化を進めていました。1984年から先生のもとで働いた私も、飼育ケージ代わりのポリバケツでマウスを世話しながら遺伝的に均一な系統の樹立を手伝ったものです。

1987年にデンマークで森脇 先生が黒ぶち模様の"パンダマウス"と出会った話は有名です。体の小ささなどの特徴から日本産ではないかと考え、持ち帰ってJF1という系統を樹立。早速遺伝子を詳しく調べると、やはりJF1は日本産由来と確認されました。やがて、欧州産由来で広く実験に用いられるマウス系統C57BL/6の全ゲノムが解読されたので、私たちもJF1の全ゲノム解読にとりかかりました。C57BL/6と比較したところ、全ゲノム配列で1%の違いがあること、そして、なんとC57BL/6のゲノムのあちこちに、JF1のゲノムが散在していることも明らかになったのです。

これは私の推測ですが、19世紀後半の欧州に巻き起こった"ジャポニズム"ブームをきっかけに、日本の美術品や工芸品と一緒に、愛玩用としてJF1の祖先が欧州に渡ったのではないかと思います。さらに、20世紀初頭「メンデルの遺伝法則」の再発見により交配実験が盛んに行われる中で、特徴のあるマウスとして頻繁に交配に用いられ、そのゲノムがC57BL/6に組み込まれていったのでしょう。世界中の研究者が扱うマウスの中に、江戸時代の日本人がかわいがってつくった系統のゲノムが入っていることは、感慨深いですね。

パンダマウスとネアンデルタール人

JF1由来のゲノムは、C57BL/6のX染色体には存在せず、常染色体だけに存在します。これは極めて興味深いことです。ヒトにも同じようなことが起こっているからです。

2022年のノーベル生理学・医学賞は、現代人のゲノムにネアンデルタール人のゲノムが残っていたというスバンテ・ペーボ 博士の発見に対して贈られました。実は、ネアンデルタール人のゲノムもまた、現代人(ホモ・サピエンス)のX染色体には含まれていません。私がこの類似性に気が付いたのは、ノーベル賞よりずっと前、ペーボ 博士の論文を読んだ頃です。「パンダマウスは"生きたネアンデルタール人"だ!」それは、湯船につかってぼんやりしている時に、ふっと浮かんだアイデアでした。

今から4万年前、地上からネアンデルタール人は消滅しました。でも、JF1は生きています。

私たちヒトはネアンデルタール人との交雑種の子孫であり、交雑種であることがどういう意味を持っているか知る必要があります。そのための"生きたネアンデルタール人"のモデルこそJF1です。その特徴を理解して研究に臨まないともったいない。BRCを担う立場として、これからもそういうメッセージをどんどん発信していきたいですね。

(取材・構成:秦 千里/撮影:古末 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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