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研究最前線 2024年2月16日

自己免疫疾患の発症原因をゲノムから紐解く

関節リウマチをはじめとする自己免疫疾患は免疫システムに異常が生じる病気で、いまだに発症メカニズムが明らかになっていません。リウマチ内科の医師でもある石垣 和慶 チームリーダーは、新たな治療法開発につなげることを目指し、自己免疫疾患を発症するリスク因子を解明しました。

石垣 和慶の写真

石垣 和慶(イシガキ・カズヨシ)

生命医科学研究センター ヒト免疫遺伝研究チーム チームリーダー

正常と異常の境界が見えにくい疾患

厚生労働省の報告によると、現在国内に80万人の患者がいるとされる関節リウマチは、本来自分の体を守るための免疫システムが暴走し、関節の骨や軟骨を破壊する病気だ。20年ほど前に炎症分子をターゲットとする薬が登場すると患者の症状は劇的に改善し、早期に治療すれば寛解(症状が落ち着いて安定した状態)を望めるようになった。それでもいまだに発症メカニズムは明らかになっていない。

「がんならがん細胞、感染症ならウイルスや細菌というように、ほとんどの病気は原因を特定できます。ですが、関節リウマチをはじめとした自己免疫疾患は、それができません。正常と異常の境界があいまいで、遺伝子レベルで調べても分からないことばかりなのです」

そんな状況にもどかしさを感じていた石垣 チームリーダーは、自己免疫疾患の発症に関わる遺伝子変異(リスク変異)を可能な限り明らかにしようと、ゲノム(全遺伝情報)研究に取り組んでいる。もともとは多くの患者を診療してきたリウマチ内科医だ。「沖縄県石垣島の出身なので離島診療を志していたのに、気がついたらここにいた」と笑うが、あらゆる方向に進む可能性を持つ基礎研究に意義を感じてこの道を歩むことに決めた。研究チームのメンバーも全員が医師免許を持ち、臨床医の意識を持ちながら研究に取り組んでいる。

世界5人種、28万人の網羅的ゲノム解析

自己免疫疾患の発症には多くの遺伝子の変異が関わっているが、一つ一つの影響は極めて小さい。また、発症との関連が明確な原因遺伝子を特定できないため、創薬にもつなげにくい。

そこで世界的に進められてきたのが、さまざまな疾患に影響するゲノム上の変異(ゲノムマーカー)を網羅的に調べるゲノムワイド関連解析(GWAS)だ。GWASは疾患に関連する遺伝的な特徴を抽出するため、サンプル数が多いほど精度が高くなる。また、人種によってゲノムの構造が異なることが分かっているので、人種間の比較を行うことも今後の治療標的を考える上で重要となる。

石垣 チームリーダーは国内外の多くの機関が関わる国際共同研究の一員として、欧米人集団、東アジア人集団、アフリカ人集団、南アジア人集団、アラブ人集団の五つの人種集団からなる約3万6,000人の関節リウマチ患者と約24万人の健常者、合計約28万人のゲノムを対象にGWASを実施した。その結果、関節リウマチの発症に関わる34個のリスク変異を新たに明らかにした(図1)。

「関節リウマチのGWASはこれまでも実施されてきましたが、これほどの規模のものはありません。また、従来のGWASのほとんどが欧米人のサンプルである中、東アジア人で多数のサンプルが集められたことの意義はとても大きい」

解析した人種集団ごとのサンプル数の図

図1 解析した人種集団ごとのサンプル数

五つの人種集団の患者群・健常群でのサンプル数で、関節リウマチを対象としたGWASとしては過去最大規模。東アジア人集団の大半は日本で収集された。このGWASを実施したことで合計124個の発症に関わるリスク変異が同定され、そのうち34個は新規の発見だった。

免疫が自己を攻撃する仕組みを探る

石垣 チームリーダーは、免疫システムが暴走して自己免疫疾患を発症する仕組みについても独自のアプローチで解明しようとしている。着目したのは、免疫の司令塔ともいわれるT細胞の表面に存在するT細胞受容体だ。

抗原を認識するT細胞受容体は、胸腺で分化(成熟)するときに遺伝子がランダムに組み換えられ、それぞれのT細胞に固有のものとなる。そして、T細胞受容体がヒト白血球型抗原(HLA)と結合し、自己組織ではないものを認識すると、T細胞が攻撃する仕組みになっている。ところが、HLAの遺伝子領域に何らかの変異が起こると、HLA遺伝子の個体差(多型)の影響を受けてT細胞受容体の構造が変化し、自己組織を攻撃対象だと認識してしまう(図2)。

HLA遺伝子の個体差(多型)がT細胞受容体に影響を与えるの図

図2 HLA遺伝子の個体差(多型)がT細胞受容体に影響を与える

健常者検体を用いた解析による推定。分化の過程で、自己免疫疾患を発症するリスクを持つHLA遺伝子の個体差(多型)と結合したT細胞受容体は、自己組織を攻撃対象(自己抗原)だと誤認してしまうと推定された。

そこで石垣 チームリーダーをはじめとした国際共同研究チームは、独自に考案したアルゴリズムを用いて、HLA遺伝子のさまざまな多型の中でT細胞受容体の構造変化への影響が最も大きい領域を網羅的に調べた。その結果、関節リウマチのリスク変異と考えられてきたHLA遺伝子領域の多型がT細胞受容体に強い影響を与えていることが分かった。さらに、これらの変化が、特定の自己組織に対する攻撃(免疫反応)を促進していることも確認された。

「この研究はGWASのように大量のサンプル数で精度を上げるのではなく、すでに公開されている数百程度の公的データから解析アルゴリズムを工夫することで導き出せます。このような研究手法を取ることができるのは、大学院生時代のT細胞受容体の研究、留学中のHLAの研究という下地があったからであり、ゲノム研究をしていく上での自分の強みだと思っています」

世界の研究者たちの協力で一歩前進

こうした研究により自己免疫疾患が発症する仕組みの一部が解明され、診断や治療法の選択に役立つバイオマーカーや新たな治療法の開発などへの期待が高まる。しかし、石垣 チームリーダーが目指す"臨床への貢献"にはまだまだ遠いという。「私たちのチーム名はヒト免疫遺伝研究チームです。ヒトを対象とする以上、臨床を目指した研究でなければ価値はありません」と、思いの強さをのぞかせる。

GWASもHLA遺伝子の研究も「お世話になった多くの先生方も名を連ねる国際共同研究」と語る石垣 チームリーダーは、世界中の研究者、臨床医たちが協力し合うからこそ、これだけの成果を上げることができたと強調する。「今後は医療現場の研究者との連携も強め、臨床サンプルを使った研究も展開していきたいと考えています」と話を結んだ。

(取材・構成:牛島 美笛/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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